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1 王女殿下の魔猫編

6-0 終わり

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 王女殿下とマリーアンが参加するという、あり得ない見学会を終えた翌日。

 三聖の展示室の案内係が減ったおかげで、今日の午前中は実践演習、午後は隊長を手伝っての書類整理。

 私が第五隊のみ担当となり、定期的に書類関係の手伝いをするようになった。
 口うるさいクストス隊長が、口うるさく感謝の言葉を言ってくれるのはちょっと嬉しい。口うるさくなければもっと嬉しい。

 そもそも、書類関係の手伝いといっても大したことはやってないので、大げさに感謝する必要はないのに。

 その点、クストス隊長は真面目なんだよね。

 そんなことを考えながら、今日もお昼に日替わりスープを頼んだ。

 今日は豆と芋と刻んだ野菜が溶け込んだトマトスープに、チーズを挟んで焼いた薄焼きのパン。
 パンは一つだけにしてもらう。アツアツをちょっと千切って、スープに浸しながら食べるのが美味しい。とても美味しい。

「美味しいって最高」

 私が美味しい幸せを噛みしめていると、

「エルシア、本当に本当に第三騎士団のままでいいのか? 実力的には王宮魔術師団に配属されてもいいくらいなんだよな?」

 と、この前と同じ事を繰り返す第一隊のフェリクス副隊長と、

「フェリクス、エルシアが良いって言ってる話なんだろ。蒸し返すなよ。
 それともお前、所属がエルシアと離れてもいいのか? 良くないだろ?」

 と、同じく、同じ事を繰り返すフェリクス副隊長を押しとどめるクラウドが、私の席の目の前に陣取って、いっしょにお昼を摂っていた。

 二人とも日替わりスープではなく、日替わりのおかずの方。大盛のサラダに大盛の揚げた鶏肉、そして私と同じ薄焼きのパン。
 見ているだけで、お腹がいっぱいになりそうな量である。

 みるみるうちに少なくなっていく二人のお皿を見て、私も慌てて、スープを口に運ぶ。

「所属が同じ方が顔を合わせる機会は多いから。俺的には、エルシアが第三騎士団のままでいてくれた方がいいけどな。
 でも、実力に見合ったところに行きたいとは思わないのか?」

 会話しながらよくバクバク食べられるよな、二人とも。

 そう思いつつ、聞かれたことに答える。

「あそこ、トップがクズだから」

 王宮魔術師団なんて、お願いされたって行く気はないし。お願いがきた日には、私の家庭の裏事情をよく知る保護者が怒りまくるだろう。たぶん。これが一番怖い。

「奥さん絡みでなければ、もの凄く優秀な魔術師なんだけどな」

「まぁ、王室が隠蔽するくらいだからな。いないと困るだろうしな」

「それに運命の恋の主人公だから、人気もあるしな」

「だな」

 私の目の前なのに、主人公の話で盛り上がる二人。クラウドだけでなく、フェリクス副隊長も運命の恋のファンか。ふん。

「優秀だろうが人気者だろうが、クズはクズだから」

 ムシャクシャしながら、スープを口に運ぶ。美味しいスープが美味しくない話で台無しだ。

「エルシア、筆頭殿に厳しいよな」

「エルシア、筆頭殿はああ見えても、けっこう凄い人なんだぞ」

 二人して主人公の肩を持つ。だから、なおさら気に食わない。

「王都が整備されて暮らしやすいのも、筆頭殿が生活向けの魔導具を開発したおかげなんだ」

「そうそう。生活で使う水や火なんて、地方に比べて凄く便利だろ?」

 まぁ、確かに。王都でも下街はともかく、王宮一帯と新旧市街はもの凄く便利だ。

 クラウドとフェリクス副隊長の話は、さらに加熱する。

「それに、生活で出た排水やゴミのことまで考えて仕組みが作られているし。おかげで、王都の流行病はかなり減ったんだよ」

「それそれ、治療施設や薬用植物の普及にも力を入れてくれたしな。医療研究に力を入れるようになったのも、筆頭殿の進言だと聞いてるぞ」

「施設の普及といえば、道路も整備されて、物資の運送や手紙の配送もだいぶスムーズになって。これも筆頭殿のおかげなんだ」

「あー、はいはい。筆頭殿、凄い凄い」

 クズの自慢話はいらないんだけどね!

 まぁ、クズが普通に凄いことは分かったけど、

「どうせ、ぜんぶ奥さんのためでしょ」

「「……………………。」」

 秒で二人が黙り込んだ。

 しばらくしても返事がないところを見ると、図星のようだ。全部が全部ってわけじゃないだろうけど、奥さん関係が発端なんだろうな。

 はぁ。

「完全に成人したら、家門の領地に移住するんだから。
 ここが凄く便利でも関係ないし。それにここでは、騎士団付きの魔術師の仕事が覚えられれば良いんだよね」

 千切ったパンを口に入れる。

 地方に行けば、この食堂の料理ともお別れだから。今のうちにしっかり食べておかないと。

 もぐもぐもぐもぐ。

 そうだ、作り方を教わっておこうかな。

「地方の騎士団所属も、良さそうだな」

「うん、年二回くらい行ってるけど良いところだよ。王都より、のんびりしていて。
 まぁ、王都の方が便利は便利だけどね」

 もぐもぐもぐもぐ。

 これにハムが入ってるのも美味しいんだよなぁ。

「へー、俺もエルシアと地方に行ってみようかなぁ」

「フェリクス、お前。エルシアが食べるのに夢中になってるからって、どさくさに紛れて何を言ってるんだよ」

「えー、フェリクス副隊長に、地方は無理だと思うけど」

 もぐもぐもぐもぐ。

 うん? クラウドも何か言ってたような気がする。食べるのに夢中で気がつかなかったわ。

「え? ええっと、そんなことはないな。意外と地方向きだぞ、俺」

「即行、振られてる」

「振られてなんかない!」

 食べる手を止めてクラウドを見ると、フェリクス副隊長と何か言い争ってる?

 よく分からないので、私はフェリクス副隊長の方にだけ説明をした。

「確か、フェリクス副隊長は寒いの苦手でしょ。私の移住先、北の方だから。けっこう寒いんだよね」

 あの寒いところにはスープやシチューが合いそうだよね。
 ここの料理長にレシピを教えてもらえないか、今度、聞いてみよう。

 私は心に強く誓った。




 私のパンも残りわずかとなったそのとき。

「エルシア、パッシー、じゃなかった、魔術師長が呼んでるわ!」

 ドタバタガシャンと派手な音を立て、ユリンナ先輩が食堂に現れた。
 魔術師のローブも着ていない。ローブの下に着る制服はブラウスだけだし、そのブラウスも上までボタンをしていない。どれだけラフな格好なんだろう。

 そんなユリンナ先輩の姿に目をぱちくりしていると、

「エルシア、またやらかしたのか?」

「エルシア、今度は何をやったんだ?」

 と、目の前の二人が口を揃える。

 どうして二人とも揃って、そう来るかなぁ。何も説明がないのに、私が何かやった前提で話を進めるのは止めてほしい。

「別に何も」

 二人の疑惑をキッパリと否定するそばで、ユリンナ先輩が、

「エルシアの猫が、王宮魔術師団の魔鳥とケンカしたみたいで」

「勝ちましたよね?」

 私の猫ではないけど。どちらかというと、まだ王女殿下の猫だけど。相手が王宮魔術師団なら話は別。

「そこか? 気になるところはそこか? 他にもあるだろ?」

「勝った、のかしら。アヴィシグニスの羽をむしっちゃったらしいわよ。それで、王宮魔術師団から苦情が入ってて」

「うん、いい気味だわ」

 よくやった、カタディアボリ。今日の活躍は頭の片隅に記憶しておいてあげよう。

「いい気味とか言うな。反省文になるぞ」

「えー、私がやったんじゃないのに」

「そうなんだけど、普通は主の命令だと思うわよねぇ」

「えー、酷い。封印はしたけど契約者じゃないから、主じゃないのに」

「酷くないから。さっさと行くわよ」

 ユリンナ先輩に促され、急いで最後の一口を放り込む。

「ケホケホ」

 見事にむせた。

「ほら、喉、詰まるぞ」

「水飲め、水」

 フェリクス副隊長に背中を叩かれ、クラウドに水を飲まされ、はふぅーと一息つく。

 その間にもユリンナ先輩は私のローブや手荷物やらをまとめて、クラウドたちに指示を出した。

「あんたたち、食器さげといて。エルシア、連れてくから!」

 当たり前のように頷く二人に、当たり前のように連れて行かれる私。

 自分のところの魔術師が連行されていくというのに、周りで微笑ましく眺める第三騎士団の騎士たち。

 成人するまであと二年。経験を積むにしても、ほどよくのんびりしていて良い職場だと思っている。
 それに、ここで魔術師として働く自分を、私はけっこう気に入っていた。

 ここで働き続けるためには、まずは目先のことを片付けないとね。

「まぁ、王女殿下に責任を押し付ければいいか」

 考えながら歩く私の腕をユリンナ先輩が引く。

「ほら、エルシア! パッシーが待ってるから! 急いで!」

 私はユリンナ先輩に腕をとられたまま、パシアヌス様のところへ急ぐのだった。



(王女殿下の魔猫編 完)
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