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1 王女殿下の魔猫編
3-6
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やたらと興奮する王女殿下は、自分の杖を呼び出した。
「リグヌムも聞いたでしょ!」
五強リグヌム。王女殿下の杖だ。
アキュシーザよりはるかに強力で、格が違う。属性の相性もリグヌムの方が優勢だし、王宮内では二番目に強い杖だった。
その杖が人型で顕現していて、目の前で王女殿下に絡まれている。ちょっと困った顔。
背の高さは平均的な男性のものだが、顔つきは少年と青年の中間くらい。緑がかった金髪に翡翠色の瞳。王女殿下と同じ色の組み合わせだった。
容貌は王女殿下よりリグヌムの方が優しげ、というか儚げ。王女殿下が大輪のバラだとすると、リグヌムは蔓バラ。整っているのに地味な印象を受ける。
顕現したリグヌムの前で、王女殿下は自由気ままに話し始めた。リグヌムはさらに困った顔になった。
「エルシア嬢は杖持ちなんだわ! あ、エルシア嬢と、名前で呼んで良いわよね?」
「それはご随意に」
チラッとリグヌムを盗み見て、さっと眼を伏せ、お茶を飲む私。
リグヌムがもの凄く困った顔になった。どう見ても、うろたえている。
「わたくしのことは、デルティウンと呼んで!」
「それはちょっと」
うん。困るんだよね、そういうの。
「主、向こうが困っている。王女を名前で呼ぶ仲というのは、対外的に厄介事を招く恐れもある」
リグヌムは慌てて、私と王女殿下の間に入った。私の顔を何度も窺っている。
私がうっかり嫌そうな表情を出してしまったので、気を遣っているようだ。
とはいえ、リグヌムの言うように、王族と名前で呼び合う仲というのは、何かにつけて厄介なんで。
ここはリグヌムに頑張ってもらおう。
「あら、逃げた魔猫を捕獲してくれた功労者よ。わたくしだけではなく、あのカス王子だって、存分にお礼を言うべきだわ」
「それは間違ってないけど、普通に接するのが親切なときもある」
「あら、大々的に宣伝したいのに」
「それはむしろ迷惑なので」
お願いだから止めて。
リグヌムも遠慮しないで、主を止めて。
「あら。おもしろいわね、あなた」
フフフと笑っていた王女殿下の表情が、一瞬で真顔になった。
「でも、杖持ちだなんて。どうして騎士団配属なのかしら?」
「さぁ?」
私はとぼけることにした。
どうしても何も、王宮魔術師団は「嫌なので」断ったから。
前年の採用が多かったからと、今年は募集枠もなかったしね。
採用枠はあってないようなもの。
地位やツテがある家門なら、希望すれば採用されるし。強力な魔術師なら、希望しなくても声がかかるし。
私は一番最初に候補から外したし、保護者の意向もあって、第三騎士団になったというわけ。
「エルシアの後ろ盾家門からの要請、という噂を聞いたことがありますわ」
ソニアが説明してくれる話も、噂じゃなくて事実なんだよね。
「でなければ、わたくしが第一騎士団で、同期最強のエルシアが第三騎士団になる理由がありません」
同期最強、強調しなくていいから。面倒だから。そもそも、ソニアが自慢げにする意味が分からない。
「ねぇ、エルシア嬢。あなたの杖を見せてもらいたいんだけど」
ほらほら、面倒なこと言い出す人がいるし。
「主!」
「あら。わたくしはリグヌムを見せてるんだから、構わないでしょう?」
困った顔を通り越して、命の危機に瀕しているような顔になるリグヌム。リグヌムの死にそうな表情を見ても、王女殿下は意に介さない。
さすが王族。神経が太い。
この状況で、お茶とお菓子のお代わりを頼む私も図太い方だけど。
「見せ物じゃないんで」
「ソニアラート嬢は見てるのに、わたくしはダメなの?」
両手を組んで顎の辺りに当て、目をウルウルさせる。
うん、かわいいね。かわいいけどね。
同じ年代の女性相手にやっても効果ないと思うわ。
「必要ないのに出しません」
私は最後のお菓子を口に入れた。
すると、王女殿下は標的を変える。
「そうだわ。ソニアラート嬢は、エルシア嬢の杖を見てるんでしょ? どんな感じなの?」
「残念ですが、わたくしの口からはお話しできませんわ」
が、あっさりとかわすソニア。
今度は少し離れたところにいる、近衛の方を見る。
「あなたたちは、見たことがあるの?」
急に話を振られて、ビクッとする近衛の二人。互いに顔を見合わせる。
最初に口を開人。
「三聖の展示室の案内では、黄色い旗のついた棒をお持ちです」
「魔猫殿の探索でも黄色い旗のついた棒を持っていた…………と、弟が言っていました」
次にカイエン卿が口を開く。
クラウドからいろいろ聞いているらしい。そのクラウドも、私の杖については詳しく知らないはずだ。
二人とも、黄色い旗のついた棒の話をしたので、王女殿下が興味を示した。
「黄色い旗のついた棒? うーん。いくらなんでもそんな杖は聞いたことがないわ」
ですよね。
「まさか、そんな冗談みたいな杖があなたの杖なわけ、ないわよね?」
いや、そこまで冗談扱いしなくても。
私はカップを手に、明後日の方を向いた。
王女殿下がさらに私を問いつめようと、身を乗り出す。そのタイミングで、入り口付近がざわつき始めた。
王女殿下が近くの侍女に手で合図をすると、一人がざわざわしている方に向かい、すぐさま引き返してきた。
なんだろう。カス王子でもやってきたのかな。
「デルティウン殿下。急使です」
周りの様子から察するに、王女殿下に急ぎの用事が出来たらしい。
自分が呼び出しておいて……と詫びる王女殿下に対して、お茶会への招待の礼を伝えた。
こちらとしても、いいタイミングで終わりになってくれて、ありがたい。
用があるからと先に庭園を出る王女殿下を見送り、後から私たちが庭園を出る。
残ったカイエン卿に先導され、私たちは庭園を後にしたのだった。
うん。話してばかりで、庭園のバラはじっくり見られなかったな。
「リグヌムも聞いたでしょ!」
五強リグヌム。王女殿下の杖だ。
アキュシーザよりはるかに強力で、格が違う。属性の相性もリグヌムの方が優勢だし、王宮内では二番目に強い杖だった。
その杖が人型で顕現していて、目の前で王女殿下に絡まれている。ちょっと困った顔。
背の高さは平均的な男性のものだが、顔つきは少年と青年の中間くらい。緑がかった金髪に翡翠色の瞳。王女殿下と同じ色の組み合わせだった。
容貌は王女殿下よりリグヌムの方が優しげ、というか儚げ。王女殿下が大輪のバラだとすると、リグヌムは蔓バラ。整っているのに地味な印象を受ける。
顕現したリグヌムの前で、王女殿下は自由気ままに話し始めた。リグヌムはさらに困った顔になった。
「エルシア嬢は杖持ちなんだわ! あ、エルシア嬢と、名前で呼んで良いわよね?」
「それはご随意に」
チラッとリグヌムを盗み見て、さっと眼を伏せ、お茶を飲む私。
リグヌムがもの凄く困った顔になった。どう見ても、うろたえている。
「わたくしのことは、デルティウンと呼んで!」
「それはちょっと」
うん。困るんだよね、そういうの。
「主、向こうが困っている。王女を名前で呼ぶ仲というのは、対外的に厄介事を招く恐れもある」
リグヌムは慌てて、私と王女殿下の間に入った。私の顔を何度も窺っている。
私がうっかり嫌そうな表情を出してしまったので、気を遣っているようだ。
とはいえ、リグヌムの言うように、王族と名前で呼び合う仲というのは、何かにつけて厄介なんで。
ここはリグヌムに頑張ってもらおう。
「あら、逃げた魔猫を捕獲してくれた功労者よ。わたくしだけではなく、あのカス王子だって、存分にお礼を言うべきだわ」
「それは間違ってないけど、普通に接するのが親切なときもある」
「あら、大々的に宣伝したいのに」
「それはむしろ迷惑なので」
お願いだから止めて。
リグヌムも遠慮しないで、主を止めて。
「あら。おもしろいわね、あなた」
フフフと笑っていた王女殿下の表情が、一瞬で真顔になった。
「でも、杖持ちだなんて。どうして騎士団配属なのかしら?」
「さぁ?」
私はとぼけることにした。
どうしても何も、王宮魔術師団は「嫌なので」断ったから。
前年の採用が多かったからと、今年は募集枠もなかったしね。
採用枠はあってないようなもの。
地位やツテがある家門なら、希望すれば採用されるし。強力な魔術師なら、希望しなくても声がかかるし。
私は一番最初に候補から外したし、保護者の意向もあって、第三騎士団になったというわけ。
「エルシアの後ろ盾家門からの要請、という噂を聞いたことがありますわ」
ソニアが説明してくれる話も、噂じゃなくて事実なんだよね。
「でなければ、わたくしが第一騎士団で、同期最強のエルシアが第三騎士団になる理由がありません」
同期最強、強調しなくていいから。面倒だから。そもそも、ソニアが自慢げにする意味が分からない。
「ねぇ、エルシア嬢。あなたの杖を見せてもらいたいんだけど」
ほらほら、面倒なこと言い出す人がいるし。
「主!」
「あら。わたくしはリグヌムを見せてるんだから、構わないでしょう?」
困った顔を通り越して、命の危機に瀕しているような顔になるリグヌム。リグヌムの死にそうな表情を見ても、王女殿下は意に介さない。
さすが王族。神経が太い。
この状況で、お茶とお菓子のお代わりを頼む私も図太い方だけど。
「見せ物じゃないんで」
「ソニアラート嬢は見てるのに、わたくしはダメなの?」
両手を組んで顎の辺りに当て、目をウルウルさせる。
うん、かわいいね。かわいいけどね。
同じ年代の女性相手にやっても効果ないと思うわ。
「必要ないのに出しません」
私は最後のお菓子を口に入れた。
すると、王女殿下は標的を変える。
「そうだわ。ソニアラート嬢は、エルシア嬢の杖を見てるんでしょ? どんな感じなの?」
「残念ですが、わたくしの口からはお話しできませんわ」
が、あっさりとかわすソニア。
今度は少し離れたところにいる、近衛の方を見る。
「あなたたちは、見たことがあるの?」
急に話を振られて、ビクッとする近衛の二人。互いに顔を見合わせる。
最初に口を開人。
「三聖の展示室の案内では、黄色い旗のついた棒をお持ちです」
「魔猫殿の探索でも黄色い旗のついた棒を持っていた…………と、弟が言っていました」
次にカイエン卿が口を開く。
クラウドからいろいろ聞いているらしい。そのクラウドも、私の杖については詳しく知らないはずだ。
二人とも、黄色い旗のついた棒の話をしたので、王女殿下が興味を示した。
「黄色い旗のついた棒? うーん。いくらなんでもそんな杖は聞いたことがないわ」
ですよね。
「まさか、そんな冗談みたいな杖があなたの杖なわけ、ないわよね?」
いや、そこまで冗談扱いしなくても。
私はカップを手に、明後日の方を向いた。
王女殿下がさらに私を問いつめようと、身を乗り出す。そのタイミングで、入り口付近がざわつき始めた。
王女殿下が近くの侍女に手で合図をすると、一人がざわざわしている方に向かい、すぐさま引き返してきた。
なんだろう。カス王子でもやってきたのかな。
「デルティウン殿下。急使です」
周りの様子から察するに、王女殿下に急ぎの用事が出来たらしい。
自分が呼び出しておいて……と詫びる王女殿下に対して、お茶会への招待の礼を伝えた。
こちらとしても、いいタイミングで終わりになってくれて、ありがたい。
用があるからと先に庭園を出る王女殿下を見送り、後から私たちが庭園を出る。
残ったカイエン卿に先導され、私たちは庭園を後にしたのだった。
うん。話してばかりで、庭園のバラはじっくり見られなかったな。
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