運命の恋に落ちた最強魔術師、の娘はクズな父親を許さない

SA

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1 王女殿下の魔猫編

3-3

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「アキュシーザ、ミレニアが大変なんだ」

「アキュシーザ、子どもなんて産ませるんじゃなかったよ」

「アキュシーザ、あの子どものせいでミレニアが」

 あのクズ男が、何かにつけて話しかけていた相手がアキュシーザだ。
 あの杖に『氷雪のアキュシーザ』なんていう大層な名前があることは、後になって聞いた。

 年に何回も会わないというのに、クズ男は、必ず、私の前でそんな言葉を繰り返していて。
 アキュシーザは幼い私の前でも人型に顕現はしていたけど、主の娘を気遣ったのか、普通の人間には聞こえない言葉で返事をしていた。

 基本的にアキュシーザは主に従順だったのだ。

「アキュシーザ、すべてが解決する方法が見つかったよ」

 クズ男がそう言って大喜びしていたときも、

《我が主、本当によろしいのですね?》

 と、確認しただけだったから。




 私は、七歳になりたての私の記憶を掘り起こした。

 七歳の誕生日の日に初めての外出。それも偉大な魔術師である自分の父親といっしょに。

 七歳の私と同じく、何も知らない使用人のマリネが私をかわいく着飾らせてくれたっけ。

「さぁ、ついた。アキュシーザ、その子を連れてこい。行くぞ」

「さぁ、行きますよ」

 アキュシーザが、父親の代わりに私の手を握る。

 ひんやり冷たい手。

 アキュシーザが人間ではなく杖精であることは、家庭教師のフィリンナ先生から聞いていたので知っていた。

 このとき初めてアキュシーザの手に触れて、杖精の手は冷たいものだと思い込んでしまったんだっけ。

 嫌な記憶なのに、思いのほか、何も感じない。淡々と思い出せる。

「ここはどこ? お出かけなんて、私、初めてで」

「魔塔ですよ。学院に属さない魔術師が研究や教育を行っているところです」

「魔塔?」

「そうです。魔塔というのは他に役割があって…………」

 初めての外出に思いがけないとこらへ連れてこられた七歳の私。
 アキュシーザは、戸惑う私に冷ややかに説明した。私の父親でアキュシーザの主の呼び声に邪魔されるまで。

「アキュシーザ、遅い」

「さぁ、急ぎますよ」

 アキュシーザはいつも主に従順だったのだ。




 魔塔に入り、ドカドカと勝手に歩き回る父親。
 私はアキュシーザに手を引かれ、小走りにその後をついていった。

 魔塔は円柱状の建物で、上中下で建物の直径が変わる。上の階は細く、下の階は太くなっていた。
 太さが違うだけでなく、階層ごとに役割があり、下階層は生活空間、上階層は研究機関、中階層は管理職や事務職が集まる空間になっている。

 父親が向かったのは、その中階層。

 とある部屋の前に来ると、ノックもせずに扉を開けた。

「ジェイ! 来てやったぞ!」

「なんだ、ディルス。騒々しい。しかし、久しぶりだな」

 そこにいたのは、ジェイ・リベータス。魔塔の塔主だった。

 父親と同年齢で塔主を務めるくらいなので、さぞかし優秀かと思ったら、高齢の先輩が事務職や対外業務を押しつけるために、就任させられたんだと。疲れたように話していた。

 そのリベータス塔主は、父親の突然の訪問にも驚くことなく、穏やかに応対する。

「資金援助はたっぷりしているだろ」

「顔を出すのは久しぶりじゃないか」

「俺の愛するミレニアの体調が優れないんだ。仕事以外の時間はミレニアに使うべきだと思わないか?」

「まったく。溺愛ぶりも相変わらずだな」

「当然だろ。だいたい俺のミレニアはな…………」

 父親と塔主の会話を、私は部屋の隅の方で聞いていた。邪魔だと怒られないように。

 しばらくして、塔主が私の方に目を向けた。穏やかで優しそうな金色の瞳が、私をじっと見つめる。

「そうかそうか、それでそっちはお前の娘だろ? いっしょに連れてくるとはいったいここに何の用だ?」

「あぁ、頼みがあったんだ。アキュシーザ、こっちに連れてこい」

 塔主にじっと見つめられ、居心地の悪さを感じながら、私は頭を下げた。

「初めまして。エルシア・リーブルです」

「頼みってその子のことでか?」

「まさか。愛するミレニアのことでだよ」

「分かった分かった。それで何だ?」

「俺のミレニアは今、療養中でな。ミレニアの療養の邪魔になるから、こいつをここの孤児院で引き取ってほしい」

 元々静かな部屋が、さらに静まり返ったような気がした。

「…………は? 冗談だろ」

「お父さま?」

 私は声を絞り出すのがやっと。

 勝手に喋ったら怒られるかもしれない。そんなことを思うこともなく、声を絞り出した。
 何か喋らないと、本当にここに置いていかれてしまう。そんな恐怖が私を包み込む。

 でも、それ以上の言葉は私の口から出なかった。私はガクガクと震えながら、二人の会話を聞く。

「俺の家にはミレニアがいればいいから」

「あのな、ディルス。魔塔の孤児院は、魔力がある子どもを引き取ってはいるが。それはあくまでも、育てる親がいない子どもだけだ」

「捨てられた子どもも、引き取ってるだろ?」

「いや、それはそうだが。問題を抱えている家庭の子どもとかだし」

「うちも大いに問題があるんだ。俺のミレニアは療養に専念しないといけないんだよ。ミレニアに何かあったら、大変だろ」

「どういう理屈だよ」

 呑気に笑って話をする父親と違い、塔主は穏やかさを捨てて、怒っていた。

「確か、七歳から直接ここに入れるんだったよな。条件は七歳で将来が期待できるくらいの魔力持ち。
 こいつ、やっと今日、七歳になったんだよ」

「お前、本気か?!」

 とうとう、塔主は父親に向かって怒鳴りだした。静かな部屋に塔主の声が響く。

「除籍申請の書類なら、ほら、もう揃ってる。これでこいつは孤児だ。問題ないだろう?」

 アキュシーザが封筒を取り出し、塔主の前で中に入っているものを広げた。
 塔主は広げられた紙をバッとつかみ取ると、一枚一枚、食い入るように眺める。

 そして、ため息をついた。

「お前…………」

「あぁ、寄付金か。それも用意してある」

 アキュシーザが今度は小さな袋を取り出した。中身を確認した塔主はまたもや、ため息をついた。

「お前。これだけの金があれば、誰かに依頼して、子どもの面倒を丸ごとみてもらうことだって…………」

 塔主の話を、父親が遮る。

「ミレニアの療養の邪魔になるって言ってるだろ。僕はミレニアがいればいいんだ。
 それに、黒髪の子どもなんて、僕とミレニアの子どもじゃない」

 説得しても変わりはないと思ったのか、塔主が覚悟を決めたように話を切り出す。

「これの他にも署名してもらう書類があるし、貴族の除籍や親権の放棄は王室へ報告する義務がある。それは分かってるな?」

 塔主がじっくりと念を押すように伝えた言葉は、父親に軽く受け取られた。

「署名すれば、後はやってもらえるんだろう?」

 私はガクガクと震えたまま、二人の会話を聞いていた。
 そんな私の横で、アキュシーザもただ黙って、自分の主の姿を見守るだけだった。
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