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1 王女殿下の魔猫編
2-1
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美味しいお昼が終わってから、キッカリ三十分後。
「困ったわね」
私は王女殿下が持つ庭園の、すぐ近くまで連れてこられていた。
けっこう遠い。
この辺は近衛騎士団の担当だし、借り出されるとしても第一騎士団なので。第三騎士団の私とは縁もゆかりもない。
ちなみに、王女殿下の庭園については、王宮内の施設や建物の配置を覚えたときに知っただけであって、近くに来たことすらなかった。ましてや中になんて入ったこともない。
そんな場所にいきなり連れてこられて、困惑しない人なんていないと思う。
「困ってないで、どうにかしていただけないかしら」
「第一騎士団は私の所属じゃないんだけど? それに、平民が貴族に刃向かっても、ろくな事にならないし」
そう。困惑の原因は、何も王女殿下の庭園近くに連れてこられたことだけではない。残念だけど、その程度で困るような、か弱い神経は持ってないし。
困惑の原因は他でもない。
目の前にずらっと並んでいる第一騎士団の騎士のせいだった。
なんだか、睨まれている。しかも、微妙に困ったような雰囲気。
私の返しに対して、第一騎士団付き魔術師のソニアがすかさず突っ込む。
「あなたは魔導爵持ちでしょう。れっきとした貴族ですわ」
ソニアは、学院時代、私と同期のご令嬢だ。確か実家は公爵家だったはず。
フルネームはソニアラート・カエルレウスと長い。長いので短く『ソニア』と呼べと、ソニア本人から脅された。
カエルレウス公爵は血統主義ではなく実力主義で人を見る。高位貴族には珍しい人だった。
子どもに対しても実力を求めるような人だったようで、最初はソニアからライバル視されて、よく睨まれたものだ。
そのソニアも学院終了後は、騎士団付きの魔術師として第一騎士団へ。今は、第三隊を担当していたはず。
ということは、ここにずらっと並んでいる第一騎士団は第三隊の騎士か。
うん、微妙なヤツらだわ。
第一騎士団は爵位持ち家門の騎士。
第三隊となると、爵位だけ高くて実力がない騎士ではなく、ちょっとは実力があってちょっとは爵位が高い。微妙すぎる。
魔術師もある程度の実力があれば、魔導爵という、騎士爵のような爵位が与えられるんだけど。
こういう微妙なポジションにいるヤツらは、実力で魔導爵を取った魔術師をよくバカにする。
だから、
「魔導爵って、にわか貴族とかエセ貴族とか呼ばれてるけど?」
「はっ。陛下の裁量に異を唱える輩など、無視しておしまいなさい」
「ソニア、眼が怖い」
ソニアも実力主義を幼い頃から叩き込まれているので、魔導爵をバカにする騎士の反応に対しては、かなり辛口。
「気持ちは分かるな。騎士爵は一代爵位でも貴族扱いなのに、魔導爵は偽貴族扱いだなんて。まったく、ふざけたことをする」
私をここに連れてきた第三騎士団の騎士で第一隊の副隊長、フェリクス・ヴォードフェルム卿も、ソニアと同様な反応をする。
かくいうヴォードフェルム副隊長も、貴族でクラウドと同じ騎士家系のフェルム一族。
そしてやっぱり、クラウドと同じで親兄弟みんな騎士。
名門家系ってのも大変そうだ。
…………じゃなくて。
「あの、同意はいらないから、あちらをどうにかして欲しいんですけど」
「エルシアの頼みなら身体を張ってでも、どうにかしてあげたいんだが。俺ひとりでどうにかできるレベルを超えている」
なんだ、こいつ。開き直ったぞ。
ぎょっとする私の様子を見て、ソニアはヴォードフェルム副隊長に対しても、辛辣な言葉をぶつける。
「エルシア、この男のことも無視なさい」
「さすがにそれは。同じ第三騎士団だし」
「隊は違いますでしょ」
「今回は第一隊付き魔術師の代理だから」
私はここに連れてこられる前、騎士団長に呼び出されたときのことを思い起こした。
「はぁぁぁあ? 私が第一隊とですか?」
クラウドとの会話の後、身支度を整えてヴァンフェルム団長の執務室へ向かった。
ヴァンフェルム団長の口から飛び出したのは、臨時の配置換えの件。
「今回だけ、第一隊付きの魔術師として、任務に当たって欲しいんだよ」
「え? 冗談ですよね」
配属されてまだ半月の新人魔術師が、第一隊の担当だなんて、何かの冗談に違いない。
「それとも、新手の嫌がらせですか?」
「不満そうだなぁ。第一隊も良い隊だよ」
「良い隊というか、第一隊は第三騎士団の精鋭ですから」
団長と、なぜかこの場に同席しているパシアヌス魔術師長がこぞって第一隊を推し始める。
がしかし。
私が第一隊の担当になれない理由があった。それは、先輩魔術師の存在。
「第一隊はユリンナ先輩の担当ですし」
ユリンナ先輩は第一隊のカニス隊長が大のお気に入りだということは、新人の私でも知っている。
そのユリンナ先輩を差し置いて、私がカニス隊長と任務をこなすなどとは、あってはならないのだ。うん、きっと。
私は拳を握りしめて力説した。
そんな私に対して、団長はフフゥと気の抜けた笑いを返す。
「そのユリンナ・ダイモス君が、ルベラス君を強く推薦したんだよねぇ」
「は?!」
嘘でしょ、ユリンナ先輩!
「私には通常業務があるんですよ!」
三聖の展示室は今日の午後も見学者の予約が入っている。こんな突然、言われても、予約を断る事なんて出来ないのに。
焦った私の顔をおもしろそうに眺める、私の上司二人。
「それなら心配いらないなぁ」
「ですね。さきほど、ダイモス君が三聖の展示室に走っていきましたので」
マジか。
「何その素早さ」
二人の表情を窺うに、冗談でも嘘でもなさそうだ。
はぁ。
オール案内係の私が、精鋭第一隊の任務だなんて。しかもユリンナ先輩が逃げ出すほどの任務だなんて。
嫌な予感しかしない。
かくんと肩を落とす私に、団長がのんびりとした声をかけてきた。
「いいかい、ルベラス君」
「はい」
「これはお願いじゃなくて、命令だ」
「…………はい」
「第一隊付きの臨時魔術師として、第一騎士団と第三騎士団合同での捜索に同行すること」
うん、なんか今、面倒なのがさらに加わったよね?!
単独任務じゃなくて合同任務? しかも第一騎士団と?!
「心配することはないさ。同行するだけの簡単な仕事だよ」
「えーっと、その、第一隊について行けばいいんですね?」
「任務に全力で協力してくださいね」
「……………………はい」
魔術師長から有無を言わさず、念を押され、しぶしぶ頷いた。しぶしぶなので、間が長いのは勘弁してもらいたい。私だって好きで引き受ける訳じゃないし!
「「……………………。」」
しばらくの沈黙。
待っても何も言われないので、しぶしぶ尋ねてみた。あくまでもしぶしぶ。私は乗り気じゃないし。
「それで、これからどうすれば?」
コンコン
私が口を開くと同時に、執務室の扉が外から叩かれた。
上司二人の表情が動く。
うん、これを待っていたとか?
ノックの後から聞こえてきたのは、若い騎士の声。
「第一隊のヴォードフェルムです」
「相変わらず、良いタイミングだよなぁ」
入室が許可されて、入ってきたヴォードフェルム副隊長はキビキビとした動作で一礼する。
「迎えに来ました」
「あぁ、お疲れ。ルベラス君をよろしく頼むよ」
「いえ、協力をお願いするのはこちらですので」
最初から、私が命令を受けないという選択肢はなかったようだ。私の知らないところで話が進んでいる。
「ルベラス君、第一隊のヴォードフェルム副隊長についていってくれ」
「はい」
いまさら拒否したところで却下されるだけ。致し方ない。私は素直に返事をする。
「それで、何を捜索するんですか?」
「まぁ、行ってみれば分かるから」
団長はあくまでも呑気だった。
それから。
ふだん関わりが少ないにしては、やけに親切なヴォードフェルム副隊長に案内され、私はここに連れてこられた。
「で、いったい、どうなってるの?」
おとなしく来てあげたんだから、そろそろ誰か、任務について説明してほしい。
私が心の底から願っているところへ、複数の足音が近づいてきた。
「困ったわね」
私は王女殿下が持つ庭園の、すぐ近くまで連れてこられていた。
けっこう遠い。
この辺は近衛騎士団の担当だし、借り出されるとしても第一騎士団なので。第三騎士団の私とは縁もゆかりもない。
ちなみに、王女殿下の庭園については、王宮内の施設や建物の配置を覚えたときに知っただけであって、近くに来たことすらなかった。ましてや中になんて入ったこともない。
そんな場所にいきなり連れてこられて、困惑しない人なんていないと思う。
「困ってないで、どうにかしていただけないかしら」
「第一騎士団は私の所属じゃないんだけど? それに、平民が貴族に刃向かっても、ろくな事にならないし」
そう。困惑の原因は、何も王女殿下の庭園近くに連れてこられたことだけではない。残念だけど、その程度で困るような、か弱い神経は持ってないし。
困惑の原因は他でもない。
目の前にずらっと並んでいる第一騎士団の騎士のせいだった。
なんだか、睨まれている。しかも、微妙に困ったような雰囲気。
私の返しに対して、第一騎士団付き魔術師のソニアがすかさず突っ込む。
「あなたは魔導爵持ちでしょう。れっきとした貴族ですわ」
ソニアは、学院時代、私と同期のご令嬢だ。確か実家は公爵家だったはず。
フルネームはソニアラート・カエルレウスと長い。長いので短く『ソニア』と呼べと、ソニア本人から脅された。
カエルレウス公爵は血統主義ではなく実力主義で人を見る。高位貴族には珍しい人だった。
子どもに対しても実力を求めるような人だったようで、最初はソニアからライバル視されて、よく睨まれたものだ。
そのソニアも学院終了後は、騎士団付きの魔術師として第一騎士団へ。今は、第三隊を担当していたはず。
ということは、ここにずらっと並んでいる第一騎士団は第三隊の騎士か。
うん、微妙なヤツらだわ。
第一騎士団は爵位持ち家門の騎士。
第三隊となると、爵位だけ高くて実力がない騎士ではなく、ちょっとは実力があってちょっとは爵位が高い。微妙すぎる。
魔術師もある程度の実力があれば、魔導爵という、騎士爵のような爵位が与えられるんだけど。
こういう微妙なポジションにいるヤツらは、実力で魔導爵を取った魔術師をよくバカにする。
だから、
「魔導爵って、にわか貴族とかエセ貴族とか呼ばれてるけど?」
「はっ。陛下の裁量に異を唱える輩など、無視しておしまいなさい」
「ソニア、眼が怖い」
ソニアも実力主義を幼い頃から叩き込まれているので、魔導爵をバカにする騎士の反応に対しては、かなり辛口。
「気持ちは分かるな。騎士爵は一代爵位でも貴族扱いなのに、魔導爵は偽貴族扱いだなんて。まったく、ふざけたことをする」
私をここに連れてきた第三騎士団の騎士で第一隊の副隊長、フェリクス・ヴォードフェルム卿も、ソニアと同様な反応をする。
かくいうヴォードフェルム副隊長も、貴族でクラウドと同じ騎士家系のフェルム一族。
そしてやっぱり、クラウドと同じで親兄弟みんな騎士。
名門家系ってのも大変そうだ。
…………じゃなくて。
「あの、同意はいらないから、あちらをどうにかして欲しいんですけど」
「エルシアの頼みなら身体を張ってでも、どうにかしてあげたいんだが。俺ひとりでどうにかできるレベルを超えている」
なんだ、こいつ。開き直ったぞ。
ぎょっとする私の様子を見て、ソニアはヴォードフェルム副隊長に対しても、辛辣な言葉をぶつける。
「エルシア、この男のことも無視なさい」
「さすがにそれは。同じ第三騎士団だし」
「隊は違いますでしょ」
「今回は第一隊付き魔術師の代理だから」
私はここに連れてこられる前、騎士団長に呼び出されたときのことを思い起こした。
「はぁぁぁあ? 私が第一隊とですか?」
クラウドとの会話の後、身支度を整えてヴァンフェルム団長の執務室へ向かった。
ヴァンフェルム団長の口から飛び出したのは、臨時の配置換えの件。
「今回だけ、第一隊付きの魔術師として、任務に当たって欲しいんだよ」
「え? 冗談ですよね」
配属されてまだ半月の新人魔術師が、第一隊の担当だなんて、何かの冗談に違いない。
「それとも、新手の嫌がらせですか?」
「不満そうだなぁ。第一隊も良い隊だよ」
「良い隊というか、第一隊は第三騎士団の精鋭ですから」
団長と、なぜかこの場に同席しているパシアヌス魔術師長がこぞって第一隊を推し始める。
がしかし。
私が第一隊の担当になれない理由があった。それは、先輩魔術師の存在。
「第一隊はユリンナ先輩の担当ですし」
ユリンナ先輩は第一隊のカニス隊長が大のお気に入りだということは、新人の私でも知っている。
そのユリンナ先輩を差し置いて、私がカニス隊長と任務をこなすなどとは、あってはならないのだ。うん、きっと。
私は拳を握りしめて力説した。
そんな私に対して、団長はフフゥと気の抜けた笑いを返す。
「そのユリンナ・ダイモス君が、ルベラス君を強く推薦したんだよねぇ」
「は?!」
嘘でしょ、ユリンナ先輩!
「私には通常業務があるんですよ!」
三聖の展示室は今日の午後も見学者の予約が入っている。こんな突然、言われても、予約を断る事なんて出来ないのに。
焦った私の顔をおもしろそうに眺める、私の上司二人。
「それなら心配いらないなぁ」
「ですね。さきほど、ダイモス君が三聖の展示室に走っていきましたので」
マジか。
「何その素早さ」
二人の表情を窺うに、冗談でも嘘でもなさそうだ。
はぁ。
オール案内係の私が、精鋭第一隊の任務だなんて。しかもユリンナ先輩が逃げ出すほどの任務だなんて。
嫌な予感しかしない。
かくんと肩を落とす私に、団長がのんびりとした声をかけてきた。
「いいかい、ルベラス君」
「はい」
「これはお願いじゃなくて、命令だ」
「…………はい」
「第一隊付きの臨時魔術師として、第一騎士団と第三騎士団合同での捜索に同行すること」
うん、なんか今、面倒なのがさらに加わったよね?!
単独任務じゃなくて合同任務? しかも第一騎士団と?!
「心配することはないさ。同行するだけの簡単な仕事だよ」
「えーっと、その、第一隊について行けばいいんですね?」
「任務に全力で協力してくださいね」
「……………………はい」
魔術師長から有無を言わさず、念を押され、しぶしぶ頷いた。しぶしぶなので、間が長いのは勘弁してもらいたい。私だって好きで引き受ける訳じゃないし!
「「……………………。」」
しばらくの沈黙。
待っても何も言われないので、しぶしぶ尋ねてみた。あくまでもしぶしぶ。私は乗り気じゃないし。
「それで、これからどうすれば?」
コンコン
私が口を開くと同時に、執務室の扉が外から叩かれた。
上司二人の表情が動く。
うん、これを待っていたとか?
ノックの後から聞こえてきたのは、若い騎士の声。
「第一隊のヴォードフェルムです」
「相変わらず、良いタイミングだよなぁ」
入室が許可されて、入ってきたヴォードフェルム副隊長はキビキビとした動作で一礼する。
「迎えに来ました」
「あぁ、お疲れ。ルベラス君をよろしく頼むよ」
「いえ、協力をお願いするのはこちらですので」
最初から、私が命令を受けないという選択肢はなかったようだ。私の知らないところで話が進んでいる。
「ルベラス君、第一隊のヴォードフェルム副隊長についていってくれ」
「はい」
いまさら拒否したところで却下されるだけ。致し方ない。私は素直に返事をする。
「それで、何を捜索するんですか?」
「まぁ、行ってみれば分かるから」
団長はあくまでも呑気だった。
それから。
ふだん関わりが少ないにしては、やけに親切なヴォードフェルム副隊長に案内され、私はここに連れてこられた。
「で、いったい、どうなってるの?」
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