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7 帝国動乱編

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 赤種会議から数日後。

 フィアの週一回の第一塔勤務日という、とても憂鬱な日。こんな日に限って、俺は朝から憂鬱な来客に応対していた。

 まぁ、フィアのいない日で良かった、と言うべきかもしれない。

「いやー、俺も正式な師団長だからさー」

「お前の師団は第九だろ、ここは第六だ」

「落ち着け、ドラグニール」

 ザイオンの腐れ魔種、黒魔のイリニ・ナルフェブルのやつが、正式に第九師団長に就任し、各師団への挨拶回りに来ていたのだ。

 もちろん、こいつ一人だけでは不安だということだろう。

 元第九師団長で今は副師団長に降格となったブリットと、人事班のトップも兼任している第一塔長のレクスもいっしょだった。

 三人でどっかりとソファーに座っている。なんだか、気にくわない。

 扉のところで挨拶を済ませて、追い返そうと思ったのに。

「オモシロソーじゃないのー!」

 と、エルヴェスのやつに引き止められ、補佐一号二号が細々と接待用の茶やら茶菓子やら用意して、完璧なおもてなし準備が整えられてしまった。くそ。

「だから、これで挨拶は終わっただろ。さっさと帰れ」

「いやいや、まだまだ。第六師団の輝く紅い宝石、クロスフィアに挨拶してないからさー」

「まぁ、フィアの美しさは輝く紅い宝石と評しても、表現しきれないくらいだがな」

 フィアを良く言われて悪い気はしない。

 そんな俺の背後に控えるカーネリウスが余計な一言を発した。

「輝く紅い宝石というより、輝く紅い死神ですよね?」

 誰が死神だ?!

「カーネリウスさんはおだまんなさい」

 エレバウトの声も聞こえる。

「ドラグニール師団長。エルヴェス副官もいらっしゃいますので、あたくし、余計なお荷物を片付けてまいります」

「お、おう」

「それでは失礼したします。行きますわよ、カーネリウスさん!」

「片付けないといけないお荷物なんて、ありましたっけ?」

 あぁ。十中八九、お荷物とはカーネリウスのことだな。

 本人に自覚がないのがなんとも残念。だが、これでもだいぶマシにはなってきてはいるが。

 エレバウトは、そんなカーネリウスに余計な口を挟ませることなく、無理矢理引きずって退室していったのだった。

 さて、それより問題なのは、副官が出ていったのに帰るそぶりもみせず、目の前の茶や茶菓子に手を出している腐れ魔種だ。

「フィアはいないぞ」

 俺は冷たく告げる。

「執着の黒竜がクロスフィアを手放すなんて、珍しいな。なんだ、別れたのか?」

「別れるものか! 今日は第一塔勤務の日だ!」

「なんだって? そんな話聞いてない!」

 だろうな。

 俺はレクスに視線をやった。俺の視線を追って、腐れ魔種もレクスを見る。

 竜種と魔種にじろっと見られ、居心地の悪そうな顔をするレクス。
 ただ、口から出てきたのは悪びれる様子を微塵も感じさせない言葉だった。

「面倒なことになりそうだったから、言わなかった。周知の事実だし、報告義務もないしなぁ」

 フィアが同席するかしないか。

 レクスは後者の方が面倒ではないと思ったようだ。

「お前、騙したな。第六師団への挨拶は今日が良いって言ってたじゃないか」

「つまり、今日はフィアが第六師団にいないから、面倒な事態にならなくて、レクス的には良い日だってことだな」

「どういう基準だよ、まったく」

 腐れ魔種のやつは、声をいったん荒げたものの、すぐにおとなしくなる。

「すぐ暴れるやつだと告げ口されたくないから、まぁ、おとなしくしておくさ」

 そうだな。告げ口という手もあったな。




 それから、腐れ魔種は、エルヴェスが手配した茶や茶菓子に手を着けて、他愛もない話を一通りし終える。
 その間に、こっちも幹部を紹介し終えた。

 これで、一師団に対しての挨拶回りは終了だ。

「で、ここが最後か?」

 何気に俺は思ったことを口にすると、レクスが丁寧に応じる。

「あぁ、第七師団は十月の頭に大集合したときでいいだろ。第七のベルンヴィント師団長にも許可を取ってある」

「第七か。そういえば、あそこの副師団長。ここで退任だな」

 金竜率いる第七師団は辺境師団。

 ふだんは王都にはいない唯一の騎士団だった。飛竜ですぐだとはいえ、奥さんを置いて頻繁にやってくることもない。

 その金竜をずっと支えていた副師団長がここで退任となる。
 訓練所時代からの同期で、ずっといっしょに戦ってきた腐れ縁だとか。

 レストス旅行で寄った際に、金竜が言ってたな。

 金竜は伴侶を得た上位竜種なので、四十台入ったばかり程度の見かけだが、その実、六十を超えるじじい。

 同期がこうやって一人また一人と退任していくのを、寂しく見送っている。

 普通種よりも遥かに寿命が長い上位竜種ならではの寂しさだろう。その寂しさは伴侶がしっかり埋めてくれるはずだ。

 そして師団の穴埋めとして、第六師団で副師団長を勤めるミラマーに話が来たというわけか。

 レクスも何か感じるところがあったのか、遠い目をしている。

「ベルンヴィント師団長がやりやすい人間を送るつもりでいる。だから、すまないな、ラウゼルト」

「仕方ないさ。優秀なやつを送らないと、金竜が暴れるぞ。あいつは暴怒の金竜だからな」

 俺もレクスも寂しく笑い合い、腐れ魔種の挨拶回りは終わりとなった。




 その日の午後。

 第九師団長が腹痛で倒れたとの一報が、補佐たちから入った。

「あいつ、エルヴェスに盛られたな」

 エルヴェスの用意するものは口にしないこと。これは、第六師団だけでなく、全師団の鉄則だ。

 なのに、腐れ魔種のやつ。エルヴェスが手配した茶や茶菓子を平気で口にしていった。
 上位竜種や赤種には効かないので、俺やフィアはとくに問題ないんだが。エルヴェスの用意したもの、というだけで食う気がうせる。

「エルヴェス副官、日頃から『魔種で試してみたい』と言ってたっす」

「ついに念願が叶って喜んでいました」

 怖いことをサラッと話す双子の補佐。
 手配したのはエルヴェスだが、準備を整えたのはこいつらだ。同罪だろ、同罪。

「しかしまぁ、こればかりは身体で覚えるしかないよな」

 俺の言葉に頷く双子たち。

 第六師団の変な噂がたたないことを祈りながら、俺は仕事を続けるのだった。
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