351 / 384
7 帝国動乱編
2-9 新人は怒る
しおりを挟む
今日は式典の日。
わたしみたいな普通の人間にはまったく無関係な日。でも、この日ばかりは、いつもと違っていました。
「なーーーーんでナルフェブル補佐官は、行かなかったんですか?!」
わたしが普通の人間なことをこれほど悔しく思うなんて。後にも先にもおそらくこの日だけだったでしょう。
「クロエル先輩が、同じ部屋の仲間が大変なんですよ! この部屋で参加する権利があるのは塔長とナルフェブル補佐官だけじゃないですか!」
そう。今回の式典にはクロエル先輩が参加します。しかも、クロエル先輩は囮に使われるようなことを聞きました。
なのに。
魔種でもあるナルフェブル補佐官はついていかなかったのです! 信じられます?
「そう言われても。僕はイリニみたいな上位ではないし、魔力だって普通種より少し多い程度だし。クロエル補佐官の足を引っ張るよりは、留守番していた方がいいだろうなぁと思って」
「それだから、ナルフェブル補佐官はダメなんですよ!」
ゴニョゴニョと言い訳がましいことしか、口にしないし。
「ナルフェブル補佐官は魔導具のエキスパートですよね? 向こうにはメダルの開発者がいるんです。魔導具には魔導具。十分、対抗できるじゃないですか!」
「混沌の樹林では対抗できなかったんですよ。エレバウト補佐官の機転で足手まといにはならずに済んだそうですが」
わたしの剣幕に圧されるナルフェブル補佐官を見かねたのか、フィールズ先輩が横から割って入ってきました。
「なんですってぇぇぇ!」
けど、火に油を注ぐだけ。わたしの気持ちはヒートアップする一方的。
なんで皆、こんなに落ち着いているのかしら?
「ノルンガルス補佐官、落ち着いてくれ。塔長も行ってるんだから、大丈夫だよ」
「あのものぐさ、昔から運だけは強いので大丈夫ですよ」
「それ、何の慰めにもなりませんけど!」
塔長がいるから大丈夫って。
確かに塔長は超級の鑑定技能持ちで精霊魔法も使えてと、かなり万能な人ですけど。
確かにものぐさで、自分では動かず、あそこのイスにふんぞり返るように座ってあれこれ指示出しするだけの人ですけど。
そんなものぐさ塔長が動いたと改めて思うと、わたしの中の興奮が少し落ち着いてきました。
「塔長は普通種の中では大神殿の神官長に次いで、始まりの三神の加護が強い人間なんだ。万が一なんて、起こる訳ないさ」
あぁ、運がいいのは加護なんですね。
その加護、抜き取って、クロエル先輩に差し上げればいいのに。
「グリモさんは呑気で良いですね。わたしはこんなにも心配なのに。わたしが今、こうして働けるのも、クロエル先輩のおかげなんです。だから」
目の前が滲んできました。
わたしは一度、死にかけたんです。
クロエル先輩が必死になって時間を止めて、第四塔長の応急処置が間に合うようにしてくれていなかったら。
わたしはここで、バカのように泣くことも出来なかったんですよね。
「まぁまぁ、ノルンガルスさんの心配は分かるわよぉ。でもねぇ」
下を向くわたしの肩を、マル姉さんが優しく叩きました。
「今回は、クロエル補佐官の夫である第六師団長、銀竜の第五師団長、紫竜の第四師団長と、上位竜種が三人も揃っているしぃ。バーミリオン様やカーマイン様と、赤種が二人も揃っているしぃ」
「それにうちからは塔長、王族として第八師団長、クロエル補佐官の護衛の二人も同行している」
「もの凄いほどの豪華メンバーなのよぉ。それで心配するのはあの方々に失礼ってものよぉ」
それは分かってます。分かっていても心配なんです。
「それに塔長からも、ノルンガルス補佐官を安心させるようにと言われているしな」
「なんですか、それ。わたしが心配して暴れ回るような言い方、止めてください」
わたしの心配よりもクロエル先輩の心配でしょ!
思わず、顔をあげると、わたしを囲む皆の顔。
心配そうな顔でした。わたしの心配もしているでしょうけど、クロエル先輩の心配もしています。
なぜだか、皆、塔長の心配はしていなさそうな気がして、少しおかしくなってきました。
「今、まさに暴れ回ろうとしていただろ、ナルフェブル補佐官相手に」
「うっ」
「ほらほら、遅くても今日の夕方には帰ってくるんだからぁ。お疲れ様会の準備でもしておいた方がいいんじゃないのぉ?」
そう。式典は午前中。お昼までには終わる日程だと聞いています。何かが起こったとしても、夕方には帰ってくるんです。
「マル姉さん、それって、本気で言ってるんですか?」
「え? ええ、本気だけどぉ?」
「大仕事を終えてきたクロエル先輩を、あの粘着質のドラグニール師団長が離すと思います?!」
「思わないわねぇ」
「でしょ?!」
「だよなぁ」
「だから、お疲れ様会の準備は帰ってきて一週間後くらいでちょうどいいんです!」
まだ、心の隅に心配の種は残っているけど、仕事を終わらせないわけにはいきません。
「とにかく。いつ、塔長とクロスフィアさんが帰ってきてもいいように、溜まった仕事はきっちり終わらせておきましょう」
「はい!」
そう。ここの人たちが言うほどの豪華メンバーなんだから!
クロエル先輩に万が一でも大変なことなんて起きるわけがないです。
そもそも、クロエル先輩に大変なことが起きたら、それこそ、ドラグニール師団長が大変なことになっちゃうでしょうし。
わたしはクロエル先輩の心配を心の隅に封じ込め、目の前の溜まりに溜まりまくったナルフェブル補佐官のデータ整理に取りかかりました。
まったく。
本当にこの人はバカなんでしょうか。
毎回毎回、同じようにデータが溜まりまくって大変な事態に陥って。それをわたしが手伝うという。
とにかく。
このデータ整理が終わらないと、気持ちよくクロエル先輩のお疲れ様会ができませんわ!
わたしは腕まくりをして、データの山に手を伸ばし、作業に没頭していきました。
このときのわたしは、クロエル先輩が無事に帰ってくることに、なんら疑問を持たなかったのです。
だって、皆、大丈夫だって言っていたのですから。
それなのに。
まさか、クロエル先輩があんなことになるだなんて。
わたしがクロエル先輩のまさかの事態を聞くことになるのは、半日以上先の話でした。
わたしみたいな普通の人間にはまったく無関係な日。でも、この日ばかりは、いつもと違っていました。
「なーーーーんでナルフェブル補佐官は、行かなかったんですか?!」
わたしが普通の人間なことをこれほど悔しく思うなんて。後にも先にもおそらくこの日だけだったでしょう。
「クロエル先輩が、同じ部屋の仲間が大変なんですよ! この部屋で参加する権利があるのは塔長とナルフェブル補佐官だけじゃないですか!」
そう。今回の式典にはクロエル先輩が参加します。しかも、クロエル先輩は囮に使われるようなことを聞きました。
なのに。
魔種でもあるナルフェブル補佐官はついていかなかったのです! 信じられます?
「そう言われても。僕はイリニみたいな上位ではないし、魔力だって普通種より少し多い程度だし。クロエル補佐官の足を引っ張るよりは、留守番していた方がいいだろうなぁと思って」
「それだから、ナルフェブル補佐官はダメなんですよ!」
ゴニョゴニョと言い訳がましいことしか、口にしないし。
「ナルフェブル補佐官は魔導具のエキスパートですよね? 向こうにはメダルの開発者がいるんです。魔導具には魔導具。十分、対抗できるじゃないですか!」
「混沌の樹林では対抗できなかったんですよ。エレバウト補佐官の機転で足手まといにはならずに済んだそうですが」
わたしの剣幕に圧されるナルフェブル補佐官を見かねたのか、フィールズ先輩が横から割って入ってきました。
「なんですってぇぇぇ!」
けど、火に油を注ぐだけ。わたしの気持ちはヒートアップする一方的。
なんで皆、こんなに落ち着いているのかしら?
「ノルンガルス補佐官、落ち着いてくれ。塔長も行ってるんだから、大丈夫だよ」
「あのものぐさ、昔から運だけは強いので大丈夫ですよ」
「それ、何の慰めにもなりませんけど!」
塔長がいるから大丈夫って。
確かに塔長は超級の鑑定技能持ちで精霊魔法も使えてと、かなり万能な人ですけど。
確かにものぐさで、自分では動かず、あそこのイスにふんぞり返るように座ってあれこれ指示出しするだけの人ですけど。
そんなものぐさ塔長が動いたと改めて思うと、わたしの中の興奮が少し落ち着いてきました。
「塔長は普通種の中では大神殿の神官長に次いで、始まりの三神の加護が強い人間なんだ。万が一なんて、起こる訳ないさ」
あぁ、運がいいのは加護なんですね。
その加護、抜き取って、クロエル先輩に差し上げればいいのに。
「グリモさんは呑気で良いですね。わたしはこんなにも心配なのに。わたしが今、こうして働けるのも、クロエル先輩のおかげなんです。だから」
目の前が滲んできました。
わたしは一度、死にかけたんです。
クロエル先輩が必死になって時間を止めて、第四塔長の応急処置が間に合うようにしてくれていなかったら。
わたしはここで、バカのように泣くことも出来なかったんですよね。
「まぁまぁ、ノルンガルスさんの心配は分かるわよぉ。でもねぇ」
下を向くわたしの肩を、マル姉さんが優しく叩きました。
「今回は、クロエル補佐官の夫である第六師団長、銀竜の第五師団長、紫竜の第四師団長と、上位竜種が三人も揃っているしぃ。バーミリオン様やカーマイン様と、赤種が二人も揃っているしぃ」
「それにうちからは塔長、王族として第八師団長、クロエル補佐官の護衛の二人も同行している」
「もの凄いほどの豪華メンバーなのよぉ。それで心配するのはあの方々に失礼ってものよぉ」
それは分かってます。分かっていても心配なんです。
「それに塔長からも、ノルンガルス補佐官を安心させるようにと言われているしな」
「なんですか、それ。わたしが心配して暴れ回るような言い方、止めてください」
わたしの心配よりもクロエル先輩の心配でしょ!
思わず、顔をあげると、わたしを囲む皆の顔。
心配そうな顔でした。わたしの心配もしているでしょうけど、クロエル先輩の心配もしています。
なぜだか、皆、塔長の心配はしていなさそうな気がして、少しおかしくなってきました。
「今、まさに暴れ回ろうとしていただろ、ナルフェブル補佐官相手に」
「うっ」
「ほらほら、遅くても今日の夕方には帰ってくるんだからぁ。お疲れ様会の準備でもしておいた方がいいんじゃないのぉ?」
そう。式典は午前中。お昼までには終わる日程だと聞いています。何かが起こったとしても、夕方には帰ってくるんです。
「マル姉さん、それって、本気で言ってるんですか?」
「え? ええ、本気だけどぉ?」
「大仕事を終えてきたクロエル先輩を、あの粘着質のドラグニール師団長が離すと思います?!」
「思わないわねぇ」
「でしょ?!」
「だよなぁ」
「だから、お疲れ様会の準備は帰ってきて一週間後くらいでちょうどいいんです!」
まだ、心の隅に心配の種は残っているけど、仕事を終わらせないわけにはいきません。
「とにかく。いつ、塔長とクロスフィアさんが帰ってきてもいいように、溜まった仕事はきっちり終わらせておきましょう」
「はい!」
そう。ここの人たちが言うほどの豪華メンバーなんだから!
クロエル先輩に万が一でも大変なことなんて起きるわけがないです。
そもそも、クロエル先輩に大変なことが起きたら、それこそ、ドラグニール師団長が大変なことになっちゃうでしょうし。
わたしはクロエル先輩の心配を心の隅に封じ込め、目の前の溜まりに溜まりまくったナルフェブル補佐官のデータ整理に取りかかりました。
まったく。
本当にこの人はバカなんでしょうか。
毎回毎回、同じようにデータが溜まりまくって大変な事態に陥って。それをわたしが手伝うという。
とにかく。
このデータ整理が終わらないと、気持ちよくクロエル先輩のお疲れ様会ができませんわ!
わたしは腕まくりをして、データの山に手を伸ばし、作業に没頭していきました。
このときのわたしは、クロエル先輩が無事に帰ってくることに、なんら疑問を持たなかったのです。
だって、皆、大丈夫だって言っていたのですから。
それなのに。
まさか、クロエル先輩があんなことになるだなんて。
わたしがクロエル先輩のまさかの事態を聞くことになるのは、半日以上先の話でした。
0
お気に入りに追加
229
あなたにおすすめの小説
【完結】お飾りではなかった王妃の実力
鏑木 うりこ
恋愛
王妃アイリーンは国王エルファードに離婚を告げられる。
「お前のような醜い女はいらん!今すぐに出て行け!」
しかしアイリーンは追い出していい人物ではなかった。アイリーンが去った国と迎え入れた国の明暗。
完結致しました(2022/06/28完結表記)
GWだから見切り発車した作品ですが、完結まで辿り着きました。
★お礼★
たくさんのご感想、お気に入り登録、しおり等ありがとうございます!
中々、感想にお返事を書くことが出来なくてとても心苦しく思っています(;´Д`)全部読ませていただいており、とても嬉しいです!!内容に反映したりしなかったりあると思います。ありがとうございます~!
【R18】ひとりで異世界は寂しかったのでペット(男)を飼い始めました
桜 ちひろ
恋愛
最近流行りの異世界転生。まさか自分がそうなるなんて…
小説やアニメで見ていた転生後はある小説の世界に飛び込んで主人公を凌駕するほどのチート級の力があったり、特殊能力が!と思っていたが、小説やアニメでもみたことがない世界。そして仮に覚えていないだけでそういう世界だったとしても「モブ中のモブ」で間違いないだろう。
この世界ではさほど珍しくない「治癒魔法」が使えるだけで、特別な魔法や魔力はなかった。
そして小さな治療院で働く普通の女性だ。
ただ普通ではなかったのは「性欲」
前世もなかなか強すぎる性欲のせいで苦労したのに転生してまで同じことに悩まされることになるとは…
その強すぎる性欲のせいでこちらの世界でも25歳という年齢にもかかわらず独身。彼氏なし。
こちらの世界では16歳〜20歳で結婚するのが普通なので婚活はかなり難航している。
もう諦めてペットに癒されながら独身でいることを決意した私はペットショップで小動物を飼うはずが、自分より大きな動物…「人間のオス」を飼うことになってしまった。
特に躾はせずに番犬代わりになればいいと思っていたが、この「人間のオス」が私の全てを満たしてくれる最高のペットだったのだ。
今さら、私に構わないでください
ましゅぺちーの
恋愛
愛する夫が恋をした。
彼を愛していたから、彼女を側妃に迎えるように進言した。
愛し合う二人の前では私は悪役。
幸せそうに微笑み合う二人を見て、私は彼への愛を捨てた。
しかし、夫からの愛を完全に諦めるようになると、彼の態度が少しずつ変化していって……?
タイトル変更しました。
義兄に告白されて、承諾したらトロ甘な生活が待ってました。
アタナシア
恋愛
母の再婚をきっかけにできたイケメンで完璧な義兄、海斗。ひょんなことから、そんな海斗に告白をされる真名。
捨てられた子犬みたいな目で告白されたら断れないじゃん・・・!!
承諾してしまった真名に
「ーいいの・・・?ー ほんとに?ありがとう真名。大事にするね、ずっと・・・♡」熱い眼差を向けられて、そのままーーーー・・・♡。
ポンコツ女子は異世界で甘やかされる(R18ルート)
三ツ矢美咲
ファンタジー
投稿済み同タイトル小説の、ifルート・アナザーエンド・R18エピソード集。
各話タイトルの章を本編で読むと、より楽しめるかも。
第?章は前知識不要。
基本的にエロエロ。
本編がちょいちょい小難しい分、こっちはアホな話も書く予定。
一旦中断!詳細は近況を!
【完結】呪いを解いて欲しいとお願いしただけなのに、なぜか超絶美形の魔術師に溺愛されました!
藤原ライラ
恋愛
ルイーゼ=アーベントロートはとある国の末の王女。複雑な呪いにかかっており、訳あって離宮で暮らしている。
ある日、彼女は不思議な夢を見る。それは、とても美しい男が女を抱いている夢だった。その夜、夢で見た通りの男はルイーゼの目の前に現れ、自分は魔術師のハーディだと名乗る。咄嗟に呪いを解いてと頼むルイーゼだったが、魔術師はタダでは願いを叶えてはくれない。当然のようにハーディは対価を要求してくるのだった。
解呪の過程でハーディに恋心を抱くルイーゼだったが、呪いが解けてしまえばもう彼に会うことはできないかもしれないと思い悩み……。
「君は、おれに、一体何をくれる?」
呪いを解く代わりにハーディが求める対価とは?
強情な王女とちょっと性悪な魔術師のお話。
※ほぼ同じ内容で別タイトルのものをムーンライトノベルズにも掲載しています※
神子召喚に巻き込まれた俺はイベントクラッシャーでした
えの
BL
目が覚めると知らない場所でした。隣の高校生君がBLゲーム?ハーレムエンドとか呟いてるけど…。いや、俺、寝落ち前までプレイしてたVRMMORPGのゲームキャラなんですけど…神子召喚?俺、巻き込まれた感じですか?脇役ですか?相場はモブレとか…奴隷落ちとか…絶対無理!!全力で逃げさせていただきます!!
*キーワードは都度更新していきます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる