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6 討伐大会編
4-9 三番目の現状
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僕は今、スヴェートの王宮にいた。
王宮とは言っても、外部の人間が出入りするような場所ではなく王族のみが住まう区域。
それなりの煌びやかさと高級感はあるが、基本的には質素で重厚感がある作りとなっている。
とはいえ、僕は王族ではない、赤種だ。この国では赤種だからと、王族並みの待遇を用意するような慣習はないはずなのに。いったいどういうことだろう。
ここに移る前にいたレストスの遺跡の方が、僕の生活には合っていた。少し荒れてはいたけど、変に気を使わなくて良い。何より自由だった。
最近、ここでの生活に慣れたせいか、ぼーっとしたり、うとうとすることが増えたような気がする。
一番目が平穏平穏、口癖のように言っていたけど、平穏のせいで体調がおかしいんだろうか。
きっとそのせいだよな。僕の身体に平穏は合わないんだ。だって僕は変化だから。
そう。ここへ来て、僕は黒猫ではなく本来の人間の姿でいることが増えた。ここでは人間の姿でないと何かと不便だから。
今までは、猫に姿を変えて、隠れるようにして生きてきたのにな。ここでは隠れる必要がない。
僕は今までの生活を振り返った。
表舞台に立てる一番目や二番目と違って、僕は裏側の赤種。人の目を気にして、こそこそ生きなければならない。
一番目や二番目は好きに出歩いているのに。あちこちでそれなりの待遇も得ているのに。
僕は大神殿にいるときでさえ、隠れるようにしていなければならなかった。
僕はそんな生活が嫌だった。
変える権能を持つのに、自分の運命は変えられない。なんとも嫌な権能だろう。
それがここではどうだ。
小さな獣の姿になる必要もなく、普通に生活ができる、このありがたさ。
食べ物だって、温かくて味がいい。猫の食べ物ではない、ちゃんとした人間の食べ物だ。
「それで、皇太子の件は了承してもらえるのかな」
僕はハッとなった。
目の前には穏やかに微笑む男が、ティーカップを手にして、僕をじっと見ている。
また、頭がぼーっとしていたか。
「大丈夫かな?」
この男はこの国の皇配。つまり、女帝の夫だ。
というのは表向きで、この男がこの国の真の支配者だ。表情は穏やかでも、目がギラギラしている。
現スヴェート皇帝のリトアルは、不老不死を欲しがって、名もなき混乱と感情の神に近づいた。
そして、不老不死の代償として、この国を神に売り渡したのだ。表向きは、暴政を敷く前皇帝をクーデターで倒した、ということにして。
そして適当な男を見繕って身体を奪い、感情の神が皇配としてこの国を支配していた。
リトアルは名ばかりの皇帝。本人も政治より、美容に力を入れているような人物だしな。
「あー、大丈夫だ。それで皇太子の件とはいったい?」
僕は、目の前の男に返事をした。一見、優しそうな笑みを浮かべる目の前の男は、ネチリとした口調で話を進める。
「君が私とリトアル陛下の子、第一皇子になって、継承するという話だよ」
「僕が?」
「そうだよ。本物の第一皇子は能力も低い上、すっかり魔獣化していて、何の役にも立たないしね。次の…………にするなら、君の方が適しているしね」
「次のなんだって?」
「あぁ、皇太子だよ。国は誰かが治めないといけないだろう?」
「それを僕に?」
僕は赤種だ。国を治めるのは僕の役割ではない。
「大丈夫。国は私が治めるから。君は君自身を提供してくれればいい」
人間の皮をかぶった神は僕に囁く。
「悪い話ではないだろう。いずれ彼女もここに来る。皇太子妃にすればいい」
「四番目が僕の妃か」
「欲しいんだろう、破壊の赤種が」
「あんただって欲しがってただろ、四番目を」
そうだ。感情の神は四番目を自分の物にしたがっている。なのに、僕に勧めるとはいったいどういうことだ?
そんな不可解さが頭の中を駆け巡る。
訝しむ気持ちを思いっきり表情に出し、目の前の男に僕は訊ねた。
「あんたの方こそ、妃にしたいんじゃないか?」
「まさか。私はリトアル陛下の伴侶だ」
訳が分からない。
名もなき混乱は終焉の赤種を、名もなき感情は破壊の赤種を得ようとして、思い上がった行動が自分たちの破滅を導いた。
破滅した後も、破壊と終焉を執念深く追い求めていたはずだ。
それなのに、破壊の赤種を僕に譲るだなんて、信じられるか?
まぁ、僕としても、黒トカゲと敵対するのにちょうど良いパートナーだったから、感情の神の側についただけ。
あくまでも対等なパートナーだ。
完全に取り込まれる訳にはいかない。
この神の前で気を抜いてはいけない。
僕は眠い頭に喝を入れながら、慎重に会話を続ける。
「その身体は、だろ? 中身は紛れもなく、名もなき感情の神だ。赤種の眼をごまかせると思うなよ」
こっちはそっちの正体を知っている。
あえて、それを突きつけてやると、
「確かにそうだ。この身体はリトアル陛下の伴侶。だから、この身体で破壊の赤種を娶ることなどできないだろう?」
あっさりと肯定された。まるで、つかみ所がない。
「それはそうだけどな」
「だから、皇太子の君が破壊の赤種を娶らないと、な」
目の前の男が心を刺激するような言葉を並べた。
僕が皇太子で四番目が皇太子妃か。お姫様のような姿をする四番目を想像する。
いやいや、騙されるな。何か裏があるんだ、絶対に。
「何を企んでいる?」
僕は額に手を当てた。眠くて頭が痛い。
「深く考えるな。君が心の底から望んでいた『変化』を手にすることができるんだ」
「僕の望み」
最初はあれだ。破壊が目を覚ましたら、僕の世界がおもしろくなる、そう思ったところから始まったんだ。
皇太子になれば僕は表舞台の人間。
そう。僕の世界が変わる。
「変わりたかったんだろう、他の何かに」
そう。僕自身も変わりたかったんだ。
「ああ、そうだ。だから欲しかったんだ。すべてを壊す破壊の力を」
そこで僕の目の前が真っ暗になった。
王宮とは言っても、外部の人間が出入りするような場所ではなく王族のみが住まう区域。
それなりの煌びやかさと高級感はあるが、基本的には質素で重厚感がある作りとなっている。
とはいえ、僕は王族ではない、赤種だ。この国では赤種だからと、王族並みの待遇を用意するような慣習はないはずなのに。いったいどういうことだろう。
ここに移る前にいたレストスの遺跡の方が、僕の生活には合っていた。少し荒れてはいたけど、変に気を使わなくて良い。何より自由だった。
最近、ここでの生活に慣れたせいか、ぼーっとしたり、うとうとすることが増えたような気がする。
一番目が平穏平穏、口癖のように言っていたけど、平穏のせいで体調がおかしいんだろうか。
きっとそのせいだよな。僕の身体に平穏は合わないんだ。だって僕は変化だから。
そう。ここへ来て、僕は黒猫ではなく本来の人間の姿でいることが増えた。ここでは人間の姿でないと何かと不便だから。
今までは、猫に姿を変えて、隠れるようにして生きてきたのにな。ここでは隠れる必要がない。
僕は今までの生活を振り返った。
表舞台に立てる一番目や二番目と違って、僕は裏側の赤種。人の目を気にして、こそこそ生きなければならない。
一番目や二番目は好きに出歩いているのに。あちこちでそれなりの待遇も得ているのに。
僕は大神殿にいるときでさえ、隠れるようにしていなければならなかった。
僕はそんな生活が嫌だった。
変える権能を持つのに、自分の運命は変えられない。なんとも嫌な権能だろう。
それがここではどうだ。
小さな獣の姿になる必要もなく、普通に生活ができる、このありがたさ。
食べ物だって、温かくて味がいい。猫の食べ物ではない、ちゃんとした人間の食べ物だ。
「それで、皇太子の件は了承してもらえるのかな」
僕はハッとなった。
目の前には穏やかに微笑む男が、ティーカップを手にして、僕をじっと見ている。
また、頭がぼーっとしていたか。
「大丈夫かな?」
この男はこの国の皇配。つまり、女帝の夫だ。
というのは表向きで、この男がこの国の真の支配者だ。表情は穏やかでも、目がギラギラしている。
現スヴェート皇帝のリトアルは、不老不死を欲しがって、名もなき混乱と感情の神に近づいた。
そして、不老不死の代償として、この国を神に売り渡したのだ。表向きは、暴政を敷く前皇帝をクーデターで倒した、ということにして。
そして適当な男を見繕って身体を奪い、感情の神が皇配としてこの国を支配していた。
リトアルは名ばかりの皇帝。本人も政治より、美容に力を入れているような人物だしな。
「あー、大丈夫だ。それで皇太子の件とはいったい?」
僕は、目の前の男に返事をした。一見、優しそうな笑みを浮かべる目の前の男は、ネチリとした口調で話を進める。
「君が私とリトアル陛下の子、第一皇子になって、継承するという話だよ」
「僕が?」
「そうだよ。本物の第一皇子は能力も低い上、すっかり魔獣化していて、何の役にも立たないしね。次の…………にするなら、君の方が適しているしね」
「次のなんだって?」
「あぁ、皇太子だよ。国は誰かが治めないといけないだろう?」
「それを僕に?」
僕は赤種だ。国を治めるのは僕の役割ではない。
「大丈夫。国は私が治めるから。君は君自身を提供してくれればいい」
人間の皮をかぶった神は僕に囁く。
「悪い話ではないだろう。いずれ彼女もここに来る。皇太子妃にすればいい」
「四番目が僕の妃か」
「欲しいんだろう、破壊の赤種が」
「あんただって欲しがってただろ、四番目を」
そうだ。感情の神は四番目を自分の物にしたがっている。なのに、僕に勧めるとはいったいどういうことだ?
そんな不可解さが頭の中を駆け巡る。
訝しむ気持ちを思いっきり表情に出し、目の前の男に僕は訊ねた。
「あんたの方こそ、妃にしたいんじゃないか?」
「まさか。私はリトアル陛下の伴侶だ」
訳が分からない。
名もなき混乱は終焉の赤種を、名もなき感情は破壊の赤種を得ようとして、思い上がった行動が自分たちの破滅を導いた。
破滅した後も、破壊と終焉を執念深く追い求めていたはずだ。
それなのに、破壊の赤種を僕に譲るだなんて、信じられるか?
まぁ、僕としても、黒トカゲと敵対するのにちょうど良いパートナーだったから、感情の神の側についただけ。
あくまでも対等なパートナーだ。
完全に取り込まれる訳にはいかない。
この神の前で気を抜いてはいけない。
僕は眠い頭に喝を入れながら、慎重に会話を続ける。
「その身体は、だろ? 中身は紛れもなく、名もなき感情の神だ。赤種の眼をごまかせると思うなよ」
こっちはそっちの正体を知っている。
あえて、それを突きつけてやると、
「確かにそうだ。この身体はリトアル陛下の伴侶。だから、この身体で破壊の赤種を娶ることなどできないだろう?」
あっさりと肯定された。まるで、つかみ所がない。
「それはそうだけどな」
「だから、皇太子の君が破壊の赤種を娶らないと、な」
目の前の男が心を刺激するような言葉を並べた。
僕が皇太子で四番目が皇太子妃か。お姫様のような姿をする四番目を想像する。
いやいや、騙されるな。何か裏があるんだ、絶対に。
「何を企んでいる?」
僕は額に手を当てた。眠くて頭が痛い。
「深く考えるな。君が心の底から望んでいた『変化』を手にすることができるんだ」
「僕の望み」
最初はあれだ。破壊が目を覚ましたら、僕の世界がおもしろくなる、そう思ったところから始まったんだ。
皇太子になれば僕は表舞台の人間。
そう。僕の世界が変わる。
「変わりたかったんだろう、他の何かに」
そう。僕自身も変わりたかったんだ。
「ああ、そうだ。だから欲しかったんだ。すべてを壊す破壊の力を」
そこで僕の目の前が真っ暗になった。
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