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5 出張旅行編

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 その日の夜。

 夕食の後片付けが済んだ後、いつものまったりとした時間。
 ソファーに並んで座ってお茶を飲みながら、私はラウに塔長室での話を切り出した。

 嫌な顔をされるかもしれない。
 それでも、お互い思ってること考えていることは伝えあわないといけない。

 勇気を出して、レストス観光のことと、フィールズさんのことも合わせて話してみた。

 ラウは静かに私の話に耳を傾ける。

 そしてポツリとつぶやいた。

「レストスか」

「ラウ、ダメ?」

「中立エリアにあるところだろ?」

「それは分かってるんだけど」

 ラウは嫌な顔というより、苦いお茶を間違えて飲んでしまったような、そんな渋い顔をしていた。

 中立エリアのどこかに三番目は潜んでいる。これは間違いないらしい。そして、小さいメダルの開発者も。

 今まで、開発者本人は表立った動きは見せていなかった。王都から遠ざかるように移動していて、ようやく現在地が掴めたという状況。

 その現在地が、旅行先にしたいエリアになる。

 ラウが渋るのも仕方ない。

「レクスのやつ、フィアをうまく乗せやがって」

 塔長が私を囮にして三番目を炙り出そうとしていることには、ラウも気付いているようだ。

 もしかしたら、私のいないところで、直接塔長から何か言われたのかも。

「やっぱり、何が起きるか分からないから、他のところにした方がいいよね」

「でも、フィアは行ってみたいんだろ?」

 お茶のカップを手に、下を向く。
 下を向いているのでラウの表情は見えない。
 でも、ラウの声はとても穏やかだった。渋い表情をしていた人の声とは思えないくらいに。

「うん。フィールズさんの実家があるんだって」

 私は顔を上げた。

 そこには渋い表情のラウではなく、目を細めニッコリと微笑むラウがいた。

「フィールズさん、レストスの話を聞かせてくれて。すごくすごく、おもしろそうだったの」

「なら行くか、レストス」

「いいの?」

「奥さんのお願いを全力で叶えるのが、良い夫というものだからな」

 そう言って、ギュッと私を抱きしめた。
 ラウの温かさが私の全身に伝わってくる。

「だけど」

「国王からも言われただろ。仕事が絡んだお忍びという形で、って」

「うん、言われた」

 なんだかんだ理由を言ってたけど、確かにそんなことを国王は言っていたっけ。

 だから余計に旅行先の選定が難しいなと思っていたのに。

「レストスなら『開発者と変化の赤種の捜索』で出張、つまり仕事だと言い訳ができる」

 そうなのだ。

 レストスなら、国王からの条件も難なく満たすことができる。

 それに私の護衛は隠密技能持ちばかり。諜報ができる護衛でもある。私の護衛と称して、本物の諜報が混じっても分からないくらいだ。

 うん? ちょっと待って。

 まさか、塔長。私の護衛に混じった配下に諜報活動させて、さらに私を囮にさせて、良いこと尽くしを狙ってたとか?

 いやいやいやいや、考えすぎだ、きっと。

 嫌な予感を追い払い、私はラウに質問をした。

「仕事なのに観光してても大丈夫なの?」

「レストスは中立エリアだから、あからさまな捜索はできない。捜索するにしても、観光客のフリが必要だ」

「本物の観光客のように観光してても、仕事してないと思われないってことだね」

「そういうことだ。ま、俺たちは本物の観光客だけどな」

 お忍びで仕事をしにきているので観光客のフリをする、というのを装った本物の観光客。

 うん、ややこしいことになった。

 それでも、ラウの同意は得たので、レストスに決定だ。

「楽しみだな、レストス」

「うん、楽しみだね」

「俺が全力で楽しい計画を立てるからな、フィア」

 そう言ってさらに良い笑顔になるラウ。

 ヤバい夫が立てるヤバい計画にならないことを祈るのみ。

「計画ができたら、私にも教えてね」

 祈るだけでは心配なので、目を通せるようにしておこう。

「もちろんだ、フィア」

 とか言って、ラウのことだ。サプライズとか仕掛けてくるんだよな。




 そして翌日。

 出勤すると、師団長室のテーブルに一冊の本が置かれていた。
 手の込んだ煌びやかな装丁で、どう見ても限定版だ。けっこう分厚い。

「で、凄いのあるんだけど」

「ホホホホホホ。自信作ですわ!」

 限定版らしき本を持ち込んだのは、言わずとしれたルミアーナ・エレバウトさん。

 ラウの副官カーネリウスさんの、苦手部分をキッチリカッチリ補完してくれる、頼りがいがありすぎる補佐官だ。

 推し活技能神級のおかげで、推し=私に関係することなら万能だという。

 そのルミアーナさんが、この凄い本を持ち込んで、本の横に立って高笑いを続けている。

「いったい、何の本だ?」

「ホホホホホホ。ガイドブックですわよ、レストスの」

「「え!」」

 思わず声をあげる、わたしとラウ。

 昨日の今日で、レストスのガイドブックを見つけてきたの? それもこんな凄いのを?

「クロスフィアさんがレストス旅行を考えていると、小耳に挟みまして」

「それ、昨日の話だよね?」

「参考になるようなガイドブックを大急ぎで作りましたの」

「「え!!」」

 この人、見つけてきたじゃなくて、作ったって言ったよ、今。

 本を見つめる私。ラウも同じように本を見つめる。

「昨日の今日でこれができたの?」

「ホホホホホホ。当然ですわ!」

「エレバウト。お前、夜は寝てるよな?」

「ホホホホホホ。当然ですわ、師団長。寝不足は美容にもよろしくございませんもの」

 高笑いを続けるルミアーナさんをそのままにして、私とラウはページを捲った。パラパラと。

「クオリティ、ヤバい」

「これが神級推し活技能のなせる技か」

 二の句が継げないとはこういうことなのかな。私もラウもそれ以上の言葉が出てこない。

「ホホホホホホ」

 そこにあったのは『完全ガイドブック』といっても過言はないほどの、ヤバい代物だった。
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