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3 武道大会編

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 さらにその次の日。

 本来は丸一日、第一塔の塔長室勤務だったのが、午前中だけの半日勤務に変更になった。

 フィールズ補佐官も同様に第一塔での勤務が半分となった。フィールズ補佐官の場合は毎日半日勤務が、週三日の半日勤務。

 今回の騒動で師団が手薄になるための特例措置だそうだ。

 私は第六師団、フィールズ補佐官は第八師団所属。どちらも、第四師団の穴埋めを担当することになる。人手は多い方がいい。

 それに塔長室の方は、大ケガを負ったノルンガルス補佐官が復職して、人数が増えた。
 ナルフェブル補佐官のサポートに回ってくれるので、特級補佐官が少し減っても問題ないようだ。

 ナルフェブル補佐官といえば、

「また、樹林のデータを溜めちゃったんですか?!」

「ひぃぃぃ、すまない」

「ノルンガルスさんが補佐してくれますよね?」

「つい、いつもの癖で」

 また樹林のデータ整理が溜まってしまっている。

 じーっとナルフェブル補佐官を見たところで、データの山はなくならない。
 今日の半日はこの整理で終わりそうなくらいの量だ。

 データの紙を端から取って整理しながら、同じように作業をしているノルンガルスさんに声をかけた。

「それで、ノルンガルスさんはもう大丈夫なの?」

「はい、おかげさまで」

「良かったね。危なかったものね」

「あの時、クロエルさんに止血されてなかったらこの世にいなかった、と第四塔長さんから言われました!」

「…………ミアンシルザ様、言い方」

「けっきょく、処遇もお咎めなしになりましたし」

「だって、ノルンガルスさんは何もしてないって、証明されたんでしょ?」

 ノルンガルスさんが大ケガを負った事件。

 スヴェート皇女が騒乱を起こし、カーシェイさんは皇女を伴侶認定。
 第四師団のノルンガルスさんもスヴェート皇女に同調して離反したと聞いた。

 最終的に、この事件の関係者が誰一人いなくなったので、うやむやになってしまったけれど。

『ノルンガルスさんがふらついて、スヴェート皇女にぶつかりそうになったのを、カーシェイさんが過剰防衛した』

 という、ノルンガルスさん側の主張に対して、スヴェート皇女側は、

『ノルンガルスさんが、貴賓のスヴェート皇女に危害を加えようとしたので、カーシェイさんが対処した』

 という主張だった。

 主張的には三対一。ノルンガルスさんの分が悪い。

 ところが、これが起きた場所というのが、正門から入って第一塔に向かう通路上だったのが、幸いした。

「はい。映像記録のおかげで!」

 そう。

 なんと、私がふだん使う動線上には、

 すべて映像記録の魔導具が配置されていた!

 何その過保護。

 そんなことする人はひとりしかいない。

 赤種の四番目である私の安全のため、という理由で先月頭に設置されたらしい。

 あれかな。先々月の終わり、元妹のマリージュにばったり出くわしたのが原因かな。
 確かに、元父や元兄は師団にも所属している。どこでばったり出会っても不思議ではない。

 元父や元妹は私に危害を加えはしないだろうし、元兄に至っては私を覚えているかも怪しい限りだ。
 だから、こんなに過保護にしなくてもいいのに。

 でも、その過保護のおかげで、ノルンガルスさんの無実が証明できたんだから、良しとするか。

「カレナに押されたことにも、わたしは気がつきませんでした」

 ノルンガルスさんが記録映像を思い出したのか、シュンとなった。データ整理の手が一瞬止まる。

 ノルンガルスさんは、自分の姉が自分を陥れようとしたことに衝撃を受けたそうだ。

「前から、わたしが技能なしなのが気に入らないみたいでした。
 でも、厳しくされることはあっても、今回みたいなことはなかったんですよ!」

 精霊技能がないだけで、なんで、こんな扱いをしてくるんだろうね。
 精霊技能がない人には、何をしても許されると思ってるのかなぁ。

 ノルンガルスさんの落ち込んだ表情がとても痛々しく見えた。

 けっきょくのところ、今回の傷害事件はどうなったのか。
 記録映像、監視の証言、様々な観点からの検討をまとめた結果、

『姉に押されて転びそうになったノルンガルスさんに、カーシェイさんが大ケガを負わせた』

 となった。

 姉に押された以外にも、不審な点はあった。

 まず、押されてふらついたところで、スヴェート皇女とはかなりの距離があったのだ。
 監視の証言と、記録映像からも、これは確認された。
 害されると間違うはずはないし、念のためならば、防御だけでいい。

 これによって、明らかに、ノルンガルスさんを害そうとする目的があった、と認定された。

 ノルンガルスさん、完全に被害者だ。
 処罰なんて受けるはずがない。

「ご両親や、第八師団の方のお姉さんは、技能なしだからと何か言うわけではないんでしょう?」

「はい。というか、逆パターンですね」

「逆パターン?」

「技能なしだから、誰かに何かされるんじゃないかって、すごく心配してました。だから、逆に甘くって」

「あぁ、そういうパターン」

 私にはなかったパターンだな。

 もしかしたら、元父には何か考えがあったのかもしれない。
 技能なしでも良いと言ってくれるところとの縁談だとか、探していたみたいだから。

 あれ? ラウが私への縁談を潰していたとも聞いたな。

 もしかしなくても、元父はちゃんと考えていてくれたのかも。

 ノルンガルスさんはといえば、ちょっとだけ元気そうな笑顔をみせながら、家族の話をしてくれた。

「マギナも、すごく心配してたのは両親と同じですが。
 甘くするだけじゃ、わたしの為にならないって。とても細かい性格なので、うるさかったですね」

「あぁ、確かに。私、嫌われてるのかと思ってた」

「マギナは、嫌いな人には話しかけませんよ」

 話しながら作業をして、あっという間にデータの山がひとつなくなった。

「はいはい。適当なところで、お茶よぉ」

 次の山に手を伸ばしたところで、マル姉さんから休憩の合図が入る。




「補佐官の職と、第一塔勤務を勧めたのもマギナです」

 お茶を飲みながら、ノルンガルスさんはお姉さんの話をしてくれた。

「ここは他より技能なしの比率が多いし、皆、自分の仕事に誇りを持って働いているって」

 第一塔に限った話ではないかも。
 どの塔も技能なしかどうかではなく、実力主義で職人気質の傾向がある。

 技能なしが働くには、いい環境だと思う。差別はやっぱりあるけどね。

「それに、技能なしでも補佐官のトップで働いてる人がいるって」

 ノルンガルスさんは、そう言って、赤紫の目をキラキラさせながら、私とナルフェブル補佐官を交互に見た。

 うぅっ、かわいいなぁ。

 ふぐっ。

 私の向こう側では、ナルフェブル補佐官が、ノルンガルスさんのキラキラ感に負けて呻いている。

「だから、第一塔のような環境で働いた方が、家にこもっているより、私の為になるだろうって」

 ううぅっ、やっぱりかわいいなぁ。

 嫌な目にあったばかりだというのに、健気が溢れていて、希望に満ちている。

「若いっていいなぁ」

「そうだな、若いっていいよな」

 私の言葉にナルフェブル補佐官も同意した。
 異を唱えたのが意外にもマル姉さん。

「うーん、そう? ナルフェブル補佐官がそう言うのは、分からなくもないけどぉ」

「私が言うのはマズいんですか?」

 首を傾げてマル姉さんを見る。
 そんな私にマル姉さんは困ったような顔をした。

「だって、クロエルさん。ここではあなたが一番年下よぉ」

「えぇ?」「嘘だろ?」

 くるっと振り向いて、ノルンガルスさんを視る。

 あ。

「わたし、十七になりました!」

「私、まだ十六だ」

「嘘だろ!」

 鑑定眼でもノルンガルスさんの年齢は十七。私は十六。私の方が下だった。

「クロエルさんは既婚者だからねぇ。最初から、キャピキャピ感なかったわねぇ」

「そうだったな。若い女性特有のキャピキャピした感じはなかったな」

「えー、私、若さが足りないの?!」

 あまりの衝撃に、その後のデータ整理はちっとも身が入らず。
 午前の業務が終わってラウに回収されるまで、衝撃の余波が残った。
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