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3 武道大会編

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 翌朝。

 私は息苦しさを感じて目が覚めた。
 まだ起きるには、少し早い時間だ。

「ゴホッ、ゴホッ」

 息苦しさに思わず咳き込む。

 私は頭の後ろを押さえられ、顔が何か硬いものに押し付けられていた。

 て、私にそんなことをするのは、この世にひとりしかいないよね。

「……………………ラウ」

 この硬いのは胸筋だよね。それ以外ないよね。だいたい、寝る前はちゃんと寝衣を着てたよね。

 なんで、上半身、裸なのかなー?

 私は上半身裸の夫にガッチリと抱き締められ、さらに、後頭部を夫の胸に抱え込まれるという、非常に危険な状態で眠っていたらしい。

「本能に従って生きている」

 テラの言葉を思い出す。

 ラウは私といっしょが大好きで、ギューギューも大好きだ。
 ラウらしいといえば、ラウらしい。

 でも、奥さんを抱きしめ殺さないでほしい。かなり苦しい。前も注意したのにな。

「ラウ、苦しいよ」

 ラウの胸をトントン叩きながら抗議すると、寝ぼけたラウがとんでもなく寝ぼけたことを言ってきた。

「くっついてよ、だって?」

「え?」

「あぁ、フィア。たっぷりくっつくから」

「え? ぜんぜん違うんだけど」

「あぁ、フィア。中までしっかりくっつくから」

「え、中? ラウ、変なこと言ってないで起きて!」

 本能に従って生きる夫を止めるべく、私は全力で声をあげた。




 すんでのところで寝ぼけたラウを叩き起こし、身支度を整える。

 昨日の今日なので、職場は大混乱のはずだ。
 事実上、第四師団が半壊している。
 その穴を埋めるのに、おそらく、第六師団も関わる。きっと今日は朝から忙しい。

「テラ、ラウは嬉しくても伴侶を絞め殺そうとするんだよ」

 今度、テラに訂正しておかないとな。

 そんなことを考えながら、昨夜のことを思い出す。

 私はデュク様の鳴き声ひとつで時空の狭間の神殿から追い出され、現実の身体に戻ってきた。

 けっきょく、三番目のことは調べられなかった。
 デュク様はテラの話を聞いて、怒っているようだったし。それに、私だけ追い出されたようにも思えたし。

 あの時のデュク様の囁き声が、まだわたしの耳に残っている。

 デュク様は本当に不思議な存在だ。

 神様だから、計り知れないほどの力を持っているはずなのに。自分の力を使いたがらないような感じがした。
 何か制約でもあるんだろうか。訊いたら教えてくれるかな。

「フィア、どうかしたのか?」

「え?」

 突然、ラウが話しかけてきた。

 テラと三番目とデュク様のことを考えていたら、ラウの呼びかけにまったく気付かなかったようだ。

 私が朝食の準備をしている間、ラウは食卓について、会議の資料を見ながらお茶を飲んでいた。
 資料を手にしたまま、眉尻を下げ、私の様子を窺っている。

「なんだか、ボーッとしているようだったから」

「あぁ、うん」

「体調は問題なさそうだし、魔力の乱れもなさそうだよな」

 赤種の鑑定眼に負けず劣らず、ラウは、私の体調に関しては、恐ろしく詳しい。
 なんだか、詳細さがどんどん進化しているような気もする。

 そのうち、居場所さえもピタリと分かるようになるんじゃないだろうか。

 現実になりそうで怖い。
 身体がブルッとなった。

 ともかく、体調は問題ないから、あまり心配しないようにしてもらわないと。

 ラウが考え込みすぎて、明後日の方向に暴走したら、とんでもないことになる。

「熟睡できなかったみたいで」

 当たり障りのない返事を返すと、ラウからは見当違いな返事が戻ってきた。

「ベッドが良くなかったか? それとも布団か? 新しくするか?」

「いや、締め上げられて、息苦しかったのが原因だと思うけど」

「うっ。原因は俺か」

 どうやら自覚はあったようだね。

「次から気を付けてよね」

「あぁ、分かった」

 ようやく自重するようになったよね。

「フィアは食べないのか?」

「ジュースだけでいいわ。熟睡できなかったせいか、あまりお腹が空いてなくて」

 食卓に、ラウの分だけ並べたのを見て、さらにラウが眉尻を下げた。心配が顔に思いっきり出ている。

 実は、朝起きたときから、食欲がない。
 なんというか、気持ち悪くはないのに、食べたい気がしないというか。

 体調は本当に悪くはないのにね。
 デュク様に会った影響なのかな。

「本当に体調が悪い訳じゃないからね」

「それは分かってるんだが」

「心配してくれてありがとう、ラウ」

 ラウのお茶を新しくしてから、私は自分の席に着いた。

「ラウは朝食、済ませちゃって」

 さて、私も、ジュースだけでも飲んでおかないと。今日は忙しくなるはずなので、お昼まで身体が保たない。
 胃が受け付ける気はしないけど、目の前のコップを手にとって、口を付けた。

 ラウの方は、相変わらず心配そうな顔で、ノロノロと朝食を口に運んでいる。

「お昼はしっかり食べられるだろうから、いっしょに食べようよ。師団長室に持ってきてもらって二人で食べても良いし」

「あぁ、そうだな。そうするか」

 いっしょに、二人で、という言葉を聞いて、どうにかラウに笑顔が戻ってきた。

 ラウは私といっしょが大好きだからね。

 笑顔になったラウを見つめながら、私はジュースを飲み干すのだった。
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