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3 武道大会編
5-4
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翌朝。
私は息苦しさを感じて目が覚めた。
まだ起きるには、少し早い時間だ。
「ゴホッ、ゴホッ」
息苦しさに思わず咳き込む。
私は頭の後ろを押さえられ、顔が何か硬いものに押し付けられていた。
て、私にそんなことをするのは、この世にひとりしかいないよね。
「……………………ラウ」
この硬いのは胸筋だよね。それ以外ないよね。だいたい、寝る前はちゃんと寝衣を着てたよね。
なんで、上半身、裸なのかなー?
私は上半身裸の夫にガッチリと抱き締められ、さらに、後頭部を夫の胸に抱え込まれるという、非常に危険な状態で眠っていたらしい。
「本能に従って生きている」
テラの言葉を思い出す。
ラウは私といっしょが大好きで、ギューギューも大好きだ。
ラウらしいといえば、ラウらしい。
でも、奥さんを抱きしめ殺さないでほしい。かなり苦しい。前も注意したのにな。
「ラウ、苦しいよ」
ラウの胸をトントン叩きながら抗議すると、寝ぼけたラウがとんでもなく寝ぼけたことを言ってきた。
「くっついてよ、だって?」
「え?」
「あぁ、フィア。たっぷりくっつくから」
「え? ぜんぜん違うんだけど」
「あぁ、フィア。中までしっかりくっつくから」
「え、中? ラウ、変なこと言ってないで起きて!」
本能に従って生きる夫を止めるべく、私は全力で声をあげた。
すんでのところで寝ぼけたラウを叩き起こし、身支度を整える。
昨日の今日なので、職場は大混乱のはずだ。
事実上、第四師団が半壊している。
その穴を埋めるのに、おそらく、第六師団も関わる。きっと今日は朝から忙しい。
「テラ、ラウは嬉しくても伴侶を絞め殺そうとするんだよ」
今度、テラに訂正しておかないとな。
そんなことを考えながら、昨夜のことを思い出す。
私はデュク様の鳴き声ひとつで時空の狭間の神殿から追い出され、現実の身体に戻ってきた。
けっきょく、三番目のことは調べられなかった。
デュク様はテラの話を聞いて、怒っているようだったし。それに、私だけ追い出されたようにも思えたし。
あの時のデュク様の囁き声が、まだわたしの耳に残っている。
デュク様は本当に不思議な存在だ。
神様だから、計り知れないほどの力を持っているはずなのに。自分の力を使いたがらないような感じがした。
何か制約でもあるんだろうか。訊いたら教えてくれるかな。
「フィア、どうかしたのか?」
「え?」
突然、ラウが話しかけてきた。
テラと三番目とデュク様のことを考えていたら、ラウの呼びかけにまったく気付かなかったようだ。
私が朝食の準備をしている間、ラウは食卓について、会議の資料を見ながらお茶を飲んでいた。
資料を手にしたまま、眉尻を下げ、私の様子を窺っている。
「なんだか、ボーッとしているようだったから」
「あぁ、うん」
「体調は問題なさそうだし、魔力の乱れもなさそうだよな」
赤種の鑑定眼に負けず劣らず、ラウは、私の体調に関しては、恐ろしく詳しい。
なんだか、詳細さがどんどん進化しているような気もする。
そのうち、居場所さえもピタリと分かるようになるんじゃないだろうか。
現実になりそうで怖い。
身体がブルッとなった。
ともかく、体調は問題ないから、あまり心配しないようにしてもらわないと。
ラウが考え込みすぎて、明後日の方向に暴走したら、とんでもないことになる。
「熟睡できなかったみたいで」
当たり障りのない返事を返すと、ラウからは見当違いな返事が戻ってきた。
「ベッドが良くなかったか? それとも布団か? 新しくするか?」
「いや、締め上げられて、息苦しかったのが原因だと思うけど」
「うっ。原因は俺か」
どうやら自覚はあったようだね。
「次から気を付けてよね」
「あぁ、分かった」
ようやく自重するようになったよね。
「フィアは食べないのか?」
「ジュースだけでいいわ。熟睡できなかったせいか、あまりお腹が空いてなくて」
食卓に、ラウの分だけ並べたのを見て、さらにラウが眉尻を下げた。心配が顔に思いっきり出ている。
実は、朝起きたときから、食欲がない。
なんというか、気持ち悪くはないのに、食べたい気がしないというか。
体調は本当に悪くはないのにね。
デュク様に会った影響なのかな。
「本当に体調が悪い訳じゃないからね」
「それは分かってるんだが」
「心配してくれてありがとう、ラウ」
ラウのお茶を新しくしてから、私は自分の席に着いた。
「ラウは朝食、済ませちゃって」
さて、私も、ジュースだけでも飲んでおかないと。今日は忙しくなるはずなので、お昼まで身体が保たない。
胃が受け付ける気はしないけど、目の前のコップを手にとって、口を付けた。
ラウの方は、相変わらず心配そうな顔で、ノロノロと朝食を口に運んでいる。
「お昼はしっかり食べられるだろうから、いっしょに食べようよ。師団長室に持ってきてもらって二人で食べても良いし」
「あぁ、そうだな。そうするか」
いっしょに、二人で、という言葉を聞いて、どうにかラウに笑顔が戻ってきた。
ラウは私といっしょが大好きだからね。
笑顔になったラウを見つめながら、私はジュースを飲み干すのだった。
私は息苦しさを感じて目が覚めた。
まだ起きるには、少し早い時間だ。
「ゴホッ、ゴホッ」
息苦しさに思わず咳き込む。
私は頭の後ろを押さえられ、顔が何か硬いものに押し付けられていた。
て、私にそんなことをするのは、この世にひとりしかいないよね。
「……………………ラウ」
この硬いのは胸筋だよね。それ以外ないよね。だいたい、寝る前はちゃんと寝衣を着てたよね。
なんで、上半身、裸なのかなー?
私は上半身裸の夫にガッチリと抱き締められ、さらに、後頭部を夫の胸に抱え込まれるという、非常に危険な状態で眠っていたらしい。
「本能に従って生きている」
テラの言葉を思い出す。
ラウは私といっしょが大好きで、ギューギューも大好きだ。
ラウらしいといえば、ラウらしい。
でも、奥さんを抱きしめ殺さないでほしい。かなり苦しい。前も注意したのにな。
「ラウ、苦しいよ」
ラウの胸をトントン叩きながら抗議すると、寝ぼけたラウがとんでもなく寝ぼけたことを言ってきた。
「くっついてよ、だって?」
「え?」
「あぁ、フィア。たっぷりくっつくから」
「え? ぜんぜん違うんだけど」
「あぁ、フィア。中までしっかりくっつくから」
「え、中? ラウ、変なこと言ってないで起きて!」
本能に従って生きる夫を止めるべく、私は全力で声をあげた。
すんでのところで寝ぼけたラウを叩き起こし、身支度を整える。
昨日の今日なので、職場は大混乱のはずだ。
事実上、第四師団が半壊している。
その穴を埋めるのに、おそらく、第六師団も関わる。きっと今日は朝から忙しい。
「テラ、ラウは嬉しくても伴侶を絞め殺そうとするんだよ」
今度、テラに訂正しておかないとな。
そんなことを考えながら、昨夜のことを思い出す。
私はデュク様の鳴き声ひとつで時空の狭間の神殿から追い出され、現実の身体に戻ってきた。
けっきょく、三番目のことは調べられなかった。
デュク様はテラの話を聞いて、怒っているようだったし。それに、私だけ追い出されたようにも思えたし。
あの時のデュク様の囁き声が、まだわたしの耳に残っている。
デュク様は本当に不思議な存在だ。
神様だから、計り知れないほどの力を持っているはずなのに。自分の力を使いたがらないような感じがした。
何か制約でもあるんだろうか。訊いたら教えてくれるかな。
「フィア、どうかしたのか?」
「え?」
突然、ラウが話しかけてきた。
テラと三番目とデュク様のことを考えていたら、ラウの呼びかけにまったく気付かなかったようだ。
私が朝食の準備をしている間、ラウは食卓について、会議の資料を見ながらお茶を飲んでいた。
資料を手にしたまま、眉尻を下げ、私の様子を窺っている。
「なんだか、ボーッとしているようだったから」
「あぁ、うん」
「体調は問題なさそうだし、魔力の乱れもなさそうだよな」
赤種の鑑定眼に負けず劣らず、ラウは、私の体調に関しては、恐ろしく詳しい。
なんだか、詳細さがどんどん進化しているような気もする。
そのうち、居場所さえもピタリと分かるようになるんじゃないだろうか。
現実になりそうで怖い。
身体がブルッとなった。
ともかく、体調は問題ないから、あまり心配しないようにしてもらわないと。
ラウが考え込みすぎて、明後日の方向に暴走したら、とんでもないことになる。
「熟睡できなかったみたいで」
当たり障りのない返事を返すと、ラウからは見当違いな返事が戻ってきた。
「ベッドが良くなかったか? それとも布団か? 新しくするか?」
「いや、締め上げられて、息苦しかったのが原因だと思うけど」
「うっ。原因は俺か」
どうやら自覚はあったようだね。
「次から気を付けてよね」
「あぁ、分かった」
ようやく自重するようになったよね。
「フィアは食べないのか?」
「ジュースだけでいいわ。熟睡できなかったせいか、あまりお腹が空いてなくて」
食卓に、ラウの分だけ並べたのを見て、さらにラウが眉尻を下げた。心配が顔に思いっきり出ている。
実は、朝起きたときから、食欲がない。
なんというか、気持ち悪くはないのに、食べたい気がしないというか。
体調は本当に悪くはないのにね。
デュク様に会った影響なのかな。
「本当に体調が悪い訳じゃないからね」
「それは分かってるんだが」
「心配してくれてありがとう、ラウ」
ラウのお茶を新しくしてから、私は自分の席に着いた。
「ラウは朝食、済ませちゃって」
さて、私も、ジュースだけでも飲んでおかないと。今日は忙しくなるはずなので、お昼まで身体が保たない。
胃が受け付ける気はしないけど、目の前のコップを手にとって、口を付けた。
ラウの方は、相変わらず心配そうな顔で、ノロノロと朝食を口に運んでいる。
「お昼はしっかり食べられるだろうから、いっしょに食べようよ。師団長室に持ってきてもらって二人で食べても良いし」
「あぁ、そうだな。そうするか」
いっしょに、二人で、という言葉を聞いて、どうにかラウに笑顔が戻ってきた。
ラウは私といっしょが大好きだからね。
笑顔になったラウを見つめながら、私はジュースを飲み干すのだった。
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