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3 武道大会編

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「けっきょく、カーシェイにも監視をつけてあるんだよね?」

 バリッ

「あぁ、弱味が握れるとエルヴェスが乗り気でな」

「あのお姫様も、相変わらずとんでもないね」

 バリバリッ

 銀竜が言葉を発する度に、バリバリという音が聞こえてくる。

「エルヴェスさん、お姫様って柄じゃないけどね」

「それでもお姫様扱いしとかないと、後が怖いぞ、あいつ」

 季節は春だというのに、金竜と紫竜の吐く息が白い。

「まったく。世の中のお姫様という物体は、どいつもこいつも。とんでもないやつしか、いやしないね」

 バリバリッ

 銀竜の柔らかい口調とは裏腹に、銀竜の周りが音を立てて凍っていった。

 ………………銀竜。相当、怒ってるな。




 スヴェート皇女の第六師団来襲後、二日経ったころだろうか。
 俺は、いや、俺たちは銀竜に呼び出された。

 指定された場所は、本部にある会議室のひとつ。

 扉を開けて中に入ると、すでに俺以外の全員が集まっていた。

「よぉ、黒竜」

「金竜? こっちにいたのか?」

 金竜は辺境騎士団だ。ふだんはスヴェートと混沌の樹林に隣接する一帯を守護する。

 武道大会が近いから、早めに戻ってきたのか?

 俺の疑問を金竜はあっさり否定した。

「いや、呼び出された」

 そう言って、金竜は奥を差す。

 そこには寒そうにする紫竜と、冷気をまとった銀竜がいた。




「フィアの監視と護衛を増やすのと同時期だったからな。とくに気取られてはいないはずだ」

 俺は、カーシェイにつけた監視について、他の三人に説明した。

「それ、三月だろ。そんな前から監視してるのか?」

「第六師団の重要情報を握ってるんだ。用心しておくに、こしたことはないだろ」

 呆れたような金竜の言葉に、思わず、ムッとする。

「にしても、カーシェイだぞ。総師団長の腹心で、お前の独り立ちをずっと見守っていたやつじゃないか」

「伴侶の周りにいる男はすべて疑え。そう言ったのは金竜だろ」

「そうは言ったが、黒竜、心が狭すぎないか?」

「お前が言うな、暴怒の金竜」

 俺の心が狭すぎると言うのなら、金竜の心は隙間すらない。
 自分の伴侶と目が合ったというだけで、殴る蹴るの暴行を加えた男だ。

「ほらほら。脱線するな。今日の話し合いは、あのピンクの物体についてなんだから」

 バリバリッ

 銀竜の言葉に、俺と金竜は首をすくめ顔を見合わせた。

 あの物体。銀竜に何やったんだ?

「そのピンクの物体ってのは、いったい、何だ?」

 金竜はこっちにいなかったから、あの皇女のことを知らない。
 ガタガタと寒さに震えながら、紫竜が口を開いた。

「スヴェート皇女だよ。どピンクでフリフリのドレスを恥ずかしげもなく着てる、頭のおかしい、お姫様だよ」

 どうやら紫竜も、あのピンクの来襲を受けたようだ。

「親善だとか言ってやってきて、やたら馴れ馴れしく接してくるんだ。気持ち悪いよね」

「あぁ。あの物体のせいで、フィアに誤解されて大変だった」

 室内は半分ほど凍りついていて、さすがに俺でも肌寒く感じるようになってきた。
 こんなときはフィアにくっついていると、とても温かいんだよな。

 そうそう、フィアといえば、あの時。

「フィアに嫉妬してもらえたんだよな。フィアのキレイな脚で背中を踏まれてグリグリされたんだ」

 そう、フィアが嫉妬してくれた。

 俺はもう『熊』でも『夫という名の生き物』でもない。

 正真正銘、フィアの『夫』だ。

「なんだかんだ言っても、仲良さそうだな、黒竜。いい顔してる」

「穏やかな顔になったよね。いいなぁ、黒竜。俺も早く、伴侶を捕獲したいなぁ」

 紫竜は女性人気上位の師団長だって話だったが、まだ独身。
 心の底から惹かれる相手に、未だ出会えていないようだ。

「で、銀竜のところは、黒竜のようには行かなかったみたいだね」

「だから、あんなに荒れてるんだろ」

 紫竜の指摘は図星だったようだ。
 銀竜から、さらに冷気が溢れ出し、俺たちは首をすくめる。

「あぁ、まったくあの物体。迷惑、この上ないよ」

 バリッ バリバリッ

「それで。カーシェイに監視をつけるのと、そのピンクとは、どう関わるんだ?」

 凍りつく音を無視して、金竜が尋ねてきた。

「今、カーシェイがあのピンクの世話係をやってるんだよ。監視目的らしいんだけどさ」

 そう説明しながらも、首を傾げて俺の方に視線を送る紫竜。

「世話係を始めてから、カーシェイの様子がおかしいんだよな。カーシェイらしからぬ、というかなんというか」

 紫竜の視線を受けて、俺も首を傾げた。

「エルヴェスさんがよく、カーシェイのことを辛気くさいって言ってるけどさ。
 あの顔が気持ち悪いくらい優しげなんだよね」

 紫竜の方こそ優しげな風貌なんだが、その風貌に似合わないくらい、渋い表情をする。

「魔法や魔導具の影響ってことは?」

「その可能性もある。それも含めて、カーシェイごとピンクを監視している」

「なるほどな」

「カーシェイ以外にも、影響が出てるかもしれないしね」

「魔法だろうが魔導具だろうが、あのくそピンクにうっとりしやがるなんて、神経がイカレてる」

 笑顔で俺たちの会話に耳を傾けていた銀竜が、柔らかな口調で吐き捨てた。

 バリバリッ

 部屋の凍り付きも三分の二に到達しただろうか。

 笑顔と柔らかな口調と、バリバリ音を立てて凍っていく状況とが、まったく、そぐわない。

「だいたい、俺のトリシーちゃんの美しさを理解できないばかりか、自分の方が俺にピッタリだと。ふざけんな、くそピンク。俺のトリシーちゃん以上に俺にピッタリで相応しい伴侶なんているはずがないだろうが。頭、腐ってんのか、あいつ。くっそムカつく。俺がトリシーちゃんに怒られただろ。怒られただけじゃない。トリシーちゃん、怒って俺の顔、見てくれなくなったし。キレイなトリシーちゃんの顔が見れないなんて、マジムカつく。て訳であいつ、消すぞ。異論ないな」

 ………………銀竜、マジギレしてるな。

「おい。いちおう、親善だろ」

 銀竜の迫力に焦る金竜。

「俺のトリシーちゃんを愚弄するやつは万死に値する。何が親善だ。何が友好だ。一度死ね、あのくそピンク。そもそも、あいつのせいで、一昨日からトリシーちゃん、顔を見てくれないどころか、俺と話もしてくれないんだ。マジヤバイ。どうしてくれる。トリシーちゃんの澄んだキレイな声が聞けないなんて。あいつ、マジ、ムカつく。腐れピンクめ」

「消すのに異論ないが、許可は取れよ」

「もちろんさ。あんなの害悪でしかないからね。トリシーちゃんと俺のバラ色の夫婦生活のためにも、あんな、ムカつくピンクはとっとと排除しないとな。世間が許しても、この俺が許さない」

「許可、出るかなぁ」

「さぁな」

「んじゃ、害悪は排除するってことで、いいな」

 銀竜の言葉に、俺たちは大きく頷いた。

 伴侶からの誤解は、下手をすれば俺たちの命にも関わる重大事項。
 余計な誤解をされないよう、原因は元から断つに限る。

 竜種である俺たちの心はひとつ。

 すべては捕獲した伴侶を取り逃がさぬために。




「ダメに決まってるだろ」

 スヴェート皇女排除案が総師団長によって却下された瞬間。

 総師団長室が丸ごと凍り付いた。

 その後、部屋の解凍を条件に『カーシェイに内密で諜報班の監視を付けること』が、総師団長と上位竜種との間で合意される。

「今回はこのくらいで勘弁してあげるよ」

 銀竜の笑顔と柔らかな口調は、最後まで変わらなかった。
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