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2 新人研修編

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 目の前に箱がある。

 フィアの好きそうな色と柄の、キレイな箱だ。

 俺はこれをフィアから取り上げた。
 返してと言われたのに無視をした。

 第六師団で厳重に管理しているはずの、その箱が、俺の目の前にある。

 あれほど、誰にも渡すなって言ったのに。いったい、どいつが渡したんだ、まったく。

「で、まだそんなこと、言ってるのか」

 持ってきたのはこいつ。赤種のチビだ。

「フィアは、あのムカつく元護衛に、あげるつもりなんだ」

 この箱の中には、フィアがあの護衛のために作った、組み紐飾りが入っているんだ。

 胸がギュッと締め付けられる。

「それは君の推測だろ。四番目がそう言ったのか?」

 呆れたように、そしてバカにするように、くそ生意気なチビが言う。
 ムカつくが、まぁ、このざまでは、そう思われるのも仕方ない。

「いや、フィアに聞いてない。その、返事が怖くて」

 だってそうだろ。

 俺以外のやつにあげる、なんて、言われた日には本気で死ぬと思う。

「竜種の愛は絶対なんだろ? なら、なんで怖がるんだ? 目をそらすんだ?」

 確かにそうだが。

「それは…………」

 言葉に詰まる。

 竜種の愛は絶対だ。でも、フィアの俺への愛は?

「あのな、君にあげないなら、誰にもあげないと思うぞ」

「俺にくれるはず、ないだろ」

 不貞腐れたように言う俺に、頬杖をつきながら、チビが心を抉ってくる。

「ああ、君、要らないって言ったんだってな。四番目のやつ、ぶーぶー言ってたぞ」

 頬杖をついた姿勢のまま、はぁ、とため息をつきながら、チビは話を続けた。

「四番目、作ってほしいって、君から言われたかったんじゃないか?」

「結婚済みなんだから、恋愛成就なんて必要ないだろ。だから、俺は」

「黒竜!」

 そんな俺のぐだぐだな思考と言葉を、チビが強く遮った。

「四番目が作ったやつ、ちゃんと見てないだろ」

 開けたくない。見たくない。

「おまえ、知ってるのかよ」

「ああ、知ってるさ。あの材料、僕が買いにいかせられたんだからな」

 こいつだったのか。フィアに余計なことをしたのは。

「ほら開けろよ! 今すぐ!」

 これを開けないと、チビの追求は終わりそうにもない。
 触れたくないところ、目を逸らしたいところを延々と抉られる。
 耐えられそうに思えない。

 俺は覚悟を決めた。

 震える手を蓋にかけ、そっと開ける。

 箱の中に入っていたのは、大小、二対の組み紐飾り。

 三色の紐と二種類の石を組み合わせて、とても器用に作ってある。キレイな仕上がりだ。

 ほぼ完成なんてレクスが言っていたような気がするが、ほぼどころか、しっかりと完成していた。

 言葉が出ない。

 なんだか、視界が滲む。

「黒竜、石言葉って知ってるか?」

 突然の質問に、俺は首を横に振った。

「こっちは成功、守護、夫婦の幸福」

 チビが片方の石を指差した。

「こっちは健康、幸福な結婚、夫婦円満」

 そしてもう片方も指差す。

「四番目、ちゃーんと考えて選んでたぞ」

 フィアの作った組み紐飾りは、黒と紅と銀の組み紐、黒縞瑪瑙、紅縞瑪瑙でできていた。

 黒は俺の色、紅と銀はフィアの色だ。

「それを見もしないで取り上げたんだ。酷いやつだな、おまえ」

 ああ、俺は酷いやつだ。

「黒竜、四番目に泣いて謝れ」




 フィアは、自然公園に出現した魔物を一瞬で押し潰した後、魔力切れを起こしたようだ。

 俺があと少し遅かったら、フィアは天空から落下し、地面に叩きつけられていた。

 そう思うと、ぞっとする。

 間に合って良かった。

 あのあと、眠るフィアを家に連れ帰った。
 夕食を作ってないと言われたが、とてもじゃないが夕食どころではない。食べ物が喉を通らない。

「まぁ、四番目なら、落ちて叩きつけられたとしても問題なかったろうけどな」

 無責任に、チビは言う。

「破壊の赤種の回復力は赤種一。だから、落下したくらいで死ぬもんか」

 そういう問題じゃないと思うが、赤種のチビはあまり気にしていないようだった。

 破壊力も回復力も赤種一なら、破壊の赤種が赤種で一番強いんじゃないか?
 チビにそう聞いたら、当然だろうと笑われた。

 赤種としての力は一番強いが、赤種としての意欲は一番低い。
 だから、赤種としては二番目に役立たずなんだそうだ。

 俺はフィアの能力のことを、よく知らない。

 赤種であってもなくても、能力がどんなものであったとしても、フィアが好きなのには変わりがないから。

 だから、気にしなかった。知ろうとしなかった。

 だから、フィアの魔力が尽きてしまった今。どうしていいのか分からない。

 もっともっと、赤種の、フィアの能力のことも知っておくべきだった。

 早く魔力が回復して、目覚めてほしい。

 俺はフィアに、泣いて謝らないといけないのだから。
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