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1 鑑定の儀編

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 熊だ、熊がいる。

 じゃなかった、黒竜だっけ?
 もう、この際、熊でも黒竜でもどっちでもいいや。

 とにかく、私の目の前で、黒竜が大きな身体をモジモジさせていた。厳つい顔を耳まで真っ赤にしてる。
 言っておくが照れる要素はどこにもない。一切ない。なんか、思っていたのと違う。

 五日目は黒竜の突撃によって始まった。

 けっきょく、夫婦云々については、

「君がサクッと署名したあれ、婚姻許可書だったんだよ。
 知ってたなら、教えろ? だって教えたら、君、署名したか? しなかっただろ? 僕、黒竜に恨まれたくないから!」

 と、テラが説明した。テラは私の身の振り方より自分の身の安全を選んだんだ。
 そして、署名ひとつで夫婦になってしまう世の中の恐ろしさを知った。

「詳しくは黒竜に聞きなよ。明日あたりには来るだろ。限界だろうから」

 何の限界だ。来たら詳しく聞いてやる。問いつめてやる。

「黒竜も君と結婚したくて頑張ったんだよ。君への縁談を潰したり、身体を張って暴走している君を止めたり」

 後者ともかく、前者!
 私の縁談ゼロだったのは黒竜のせいか!

 そして今。縁談ゼロの原因は、私の目の前でモジモジするだけで何も喋らない。

「あのー」

 ジト目で見ながら話しかけると、さらに真っ赤になった。ジト目でも照れるって、なんなんだか。
 いろいろ文句を言おうと思っていたのに調子が狂う。

 会うのだってこれで三回目だし。フルネームも知らないし。私の縁談、勝手に潰してくれてたようだし。
 そもそも、こっそり署名させて、夫婦ってどういうことよ!

 そう言えば、私も直接名乗ったことなかったな、と思って自己紹介をすることにした。

「えーっと、私はクロスフィア・クロエル。
 ちょっと前まで、ネージュ・グランフレイムだったんだけど。ネージュは死んだから」

 思った以上に自分の自己紹介がおかしい。ヤバい。修正しよう。

「いろいろ、テラから聞いたわ。身体を張って私を助けてくれたって」

 そう言えば、大丈夫だって言ってくれたのはこの人だった。安心をくれたのもこの人だった。私を支えて労ってくれたのもこの人だ。

 そう考えると、この人にはたくさんお世話になってるんだな。私の怒りは急速に萎んでいった。
 縁談を潰されたこと、勝手に夫になったこと、あれほど文句を言おうと思ってたのに。なんか、大したことないように思えてくる。

「ラウゼルト・ドラグニールだ。ラウって呼んでくれ」

 やっと、目の前の大男が喋りだした。まだ顔が赤い。厳つい顔に似合わず照れ屋かも。

「フィアがかわいすぎて、動悸がヤバい。心臓が止まりそうだ」

「はぁ?」

 違った。思ってた以上に相手がおかしい。

「竜種は心臓止まっても大丈夫なの?」

「いや、止まったら死ぬな」

「え?! 大丈夫じゃないよ、それ」

「大丈夫だ。フィアを抱きしめたら、生き返るから」

「ひあ?!」

 気づいたときには、すでに私は彼の膝の上に座らされて、ギューッと抱きしめられていた。竜種、素早すぎる。

「かわいい。柔らかい。いい匂いがする。離したくない。ずっと触っていたい」

 変なこと言ってるし。スリスリされてるし。しかも抱きしめ方が強い。

「苦しい。私が死ぬ」

「黒竜。お前の伴侶、窒息するぞ」

「嬉しすぎて離したくない」

「苦しい。死ぬ」

「ああ、すまん。優しく抱きしめるから」

 抱きしめる力が弱くなった。息が楽になる。死ぬかと思った。スリスリはまだ続いている。

「勝手に抱きしめるの止めろよ。スリスリするのも止めろ」

「夫婦なんだから、抱きしめるのに許可いらんだろ?」

「心の準備ってものがいるだろ!」

「俺は準備万端だ」

「お前だけだ!」

 テラ、ありがとう。私のために、よく言ってくれた。自分の身の安全を選んだと思って悪かった。

「そばで見せられる身になってみろ!」

 違った。私のためじゃなかった。自分が見たくなかっただけだった。
 ふん、新婚夫婦を間近で見て、羨ましがるがいい。

「ごめん、フィア。本当は俺が直接、婚姻許可書を持ってきたかったんだ」

 テラを無視してラウが話し始めた。ちなみにスリスリは継続中だ。

「なのに、仕事が山のように溜まっているからって。あいつら、束になって引き留めやがって。
 大事な大事な俺とフィアの婚姻なのに。そんなことで邪魔しやがって」

「第六師団の危機…………」

 謎がひとつ解けた。これだ。
 と、同時に冷気が漂い始めた。どんどん部屋の空気が冷たくなっていく。

「お前の副官が持ってきたぞ」

「ああ、カーシェイのやつが、絶対に二つともフィアに署名してもらうからって。
 だが! 俺より先に、目覚めたばかりのかわいいフィアに会うなんて! カーシェイ、絶対に許すまじ!」

「第六師団の絶対絶命の危機…………」

 婚姻許可書、厳重に持ち帰るはずだ。無くしたら命がない。
 そして、部屋が寒い。抱きしめてくるラウが温かいので、ぺったりとくっついてみる。

「許してやれよ、あいつ、お前のために必死に土下座してたぞ」

「だいたい、婚姻許可書なんて、いつ用意したの?」

 私は疑問に思っていたことを聞いてみた。用意が良すぎるよね?

「ああ、フィアを捕獲して大神殿に連れてくるっていう約束で、あれをもらったんだ」

「捕獲」

「ごめん、フィア。落ち着いたら盛大に結婚式をするから。先に子作りしよう」

「子作り」

「黒竜。お前の伴侶、引いてるぞ」

「ええっ。フィア、どうした?」

 部屋の空気が一瞬で元に戻ったような気がした。もう寒くない。

「私が想像してたのと違う」

「え…………」

「告白されて、お付き合いして、求婚されて、承諾して、結婚式あげて、結婚なんじゃないの?!」

「政略結婚なら、勝手に相手が決まって婚約して、結婚式あげて、結婚だけどね」

 理想を語る私に、身も蓋もないことを言うテラ。

「署名しただけで結婚だなんて」

「政略結婚なら、署名しただけで結婚だよ」

 ううっ。これは政略結婚なんだ。

「恋愛結婚、したかったな」

「いや、これは恋愛結婚だ!」

 私の涙に慌てたラウが割って入ってくる。

「結婚した後でも恋愛はできるから」

 順番、逆だよね。

「それにちゃんと求婚したぞ! フィアはちゃんと承諾してくれたし!」

「「したの?!」」

 わたしとテラ。同時に同じ事を聞き返す。

「君、記憶にないの?」

「あったら騒がない」

「だよね」

「フィアに求婚を受け入れてもらえて、すごくすごく嬉しかった。もちろん記録も残っているし、証人もたくさんいる」

 そう言ってラウが記録とやらを見せてくれた。映像だった。ラウがしっかり求婚してた。私もしっかり頷いてた。
 うん、この場面。覚えている。

「してるね、求婚も承諾も」

「うん、このとき、ものすごく眠かったんだよね」

 ものすごく眠くて話を半分しか聞いてなかった。まあ、いいわ、で済ませちゃったのが、まさかの求婚だったなんて。

「そこを狙ったんだよ」

「意識半分とんでたような気がする」

「だから、そこを狙ったんだって」

「落ち着いたら盛大に結婚式をあげような、フィア」

 私はラウの膝の上で、頷くしかなかった。
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