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1 鑑定の儀編

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 二匹目、三匹目の魔物が現れた。
 現れた方向は一匹目と同じ。そっちには何もない。崖があるだけ。
 渓谷から崖を這い上がってきたんだ。なんて、やつらだ。

 思えば、皆、混沌の木が生える樹林を警戒していたし、私もそうだった。
 渓谷に魔物が出るだなんて盲点だった。しかもこんな高い崖、這い上がってくるなんて思いもしない。

 車外の騒ぎは、一匹目の注意を引くためだけでなく、二匹目、三匹目の出現による混乱もあったんだ。

 さあ、どうしよう。

 マリージュは隣で大人しくブルブル震えている。
 一匹ならと思っていたけど、三匹相手は躊躇する。それに逃げるにしても戦うにしても、動くにしては一匹目の魔物と私たちの距離が近すぎるし。

 時折、シュッ、シュッ、と音が聞こえるのは、《風の矢》か《風の槍》だろう。魔物の体には当たっているが、パフッと弾けて消えてしまっている。

 ぜんぜん効いてない。

 精霊騎士が注意を反らそうと攻撃しているようだけど、威力がまるで足りていない。
 そもそも、赤の樹林は精霊力がほとんどないところだ。ここではジンも伝達魔法しか使っていなかった。
 攻撃系の魔法が使えるだけでも凄いんだろうが、役には立っていない。
 剣で攻撃しようにも、私たちが間近にいるので、やたらと動けないんだろう。

 私も魔物との距離が近いだけなら、まだ、やりようはある。
 でも、マリージュがすぐ隣にいると、確実にマリージュを巻き込む形になる。

 さあ、どうしよう。

 ジンの言葉が頭を掠める。

「魔物対処の原則は覚えてください」

 しっかり覚えてるって。

「まずは自分の安全確保、そして騎士団に遭遇報告」

 分かってる分かってる。

「応戦してはいけません。逃げるんです」

 次は原則を守るって、ジンと約束したんだっけ。

 魔物遭遇の原則は遭遇報告だ。
 兄のことだから、伝達魔法ですぐ報告を飛ばしているはず。
 ならば、討伐の騎士団が来るまで持ちこたえればいい。そのくらいなら、きっと大丈夫。

 車が大きく傾いた。
 そして、車が崖の方に少し動いている。
 一匹目が車を崖に引き寄せているのか、鋭い爪がさらに深く車体に食い込む。

「キャアァァァァァ」

 マリージュが悲鳴をあげた。

「お姉さま、怖い! 助けて! 何なの? この生き物は?」

 二匹目と三匹目も車に近寄ってくる。

「マリージュ、大丈夫よ。グランフレイムの騎士は強いから」

「キャアァァァァァ。いやいや、助けて!」

 さらに車が傾き、崖が近くなった。 
 防御魔法を展開させようとしたところに、傾いてバランスを崩したマリージュがしがみつく。

「何なの? 何なの! 助けて!」

「マリージュ、落ち着いて!」

 これじゃあ、魔法陣が展開できない!

 車外で精霊獣の鳴き声が聞こえ、車の動きが止まった。
 兄たちの方も、精霊獣を中心にして、車を引っ張っているようだ。

「グルオオオオオオオオオ!」

 安心したのも束の間のこと、また車が傾き、動き始めた。

「「グルオオオオオオオオオ!」」

 二匹目、三匹目も車に爪を立てる。
 破片がパラパラ音をたて、車自体がバラバラになりそうだ。

「いやっ! 何なの? やめて! 助けて!」

 マリージュは完全に動転していて、叫ぶのをやめない。マリージュの声がさらに魔物を興奮させ、引き寄せているというのに。

「キャアァァァァァ」

「マリージュ、お願いだから落ち着いて。手を離して。魔法陣が展開できないわ!」

「無理よ、無理! 助けて!」

 しがみつくマリージュ。
 このままじゃ危ない。車が揺れる。

「キャアァァァァァ」

「《防御の陣》!」

 無詠唱、無魔法陣で、防御魔法を発動させた。案の定、魔力がごっそり削られる。

 精霊魔法以外の魔法は、呪文を唱えて魔法陣を描き、力のある言葉を口にして発動させる。
 失敗なく安定して魔法が発動される上、魔力消費も少なくて済むからだ。

 力のある言葉だけでは、魔法は発動しないか、発動しても失敗したり、余計に魔力が消費される。
 私も、ふだん扱うのは呪文を省略するところまで。

 マリージュに腕を捕まれて、うまく魔法陣描けない状態だったので、仕方なくやってみたが、魔力消費が半端ない。

 でも、うまく発動できた!

 私とマリージュを包むように防御の膜が張られているのが分かる。
 これでしばらくは安心だ。魔物から攻撃を受けてもダメージはない。

「グルオオオオオオオオオ!」

 ガクンと今まで以上に大きく車が傾いた。
 その拍子にマリージュが私の腕を離し、車の扉の手すりにしがみつく。
 私は腕を離され、マリージュとは反対側、崖に近い方へ投げ出された。

「グルオオオオオオオオオ!」

 魔物が大きく唸り声をあげ、同時に、車がズリズリと崖に向かって動き始める。
 防御魔法で守られているとはいえ、崖から落ちたら、ひとたまりもない。

 崖まであとわずか。

 そのとき。車の扉が開き、兄が腕を伸ばした。

「マリー、こっちだ!」

「お兄さま!」

 兄がマリージュの手を取り引き寄せた。良かった、助かった。

「もう大丈夫だ、マリー」

 ガクリ
 兄の腕の中で力が抜けるマリージュ。

 私も開いた扉の方へ行こうとした瞬間、またもやガクンと車が傾いた。よろけて、扉とは反対側の壁に、身体を勢いよく打ちつける。
 もうこの車も限界のようだ。

 痛みに耐えながら動こうとすると、首にぐっとペンダントの鎖が食い込んだ。どこかに引っかかっている。
 慌てて手で探った。どこがどうなっているか分からない。
 ペンダントを外そうとして、首の後ろの金具に手をやる。焦って、なかなか外れない。

 私が慌てて焦っているとき、兄が騎士たちに向かって信じられないことを叫んだ。

「救助完了! ただちに、この場から離脱する! 綱を切れ!」

 え? ちょっと待ってよ。
 私はひっかかったままなのに!
 私は? 私はどうなるの?!
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