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18 蛇 オフクロを殺そうとした俺
しおりを挟むそのとき俺はまだ小学五年生でした。
台所で、先刻タキガワにマユとのセックスを見せつけたあの場所で、俺はオフクロを包丁で刺し殺そうとしたのです。
オフクロは淫蕩なオヤジに辟易したのではありませんでした。
オヤジの女達に交じってぞんぶんに肉の悦びを享受していました。
俺はその行為を覗いていたことをオヤジの女に見つかりました。
心の幼かった俺には、そうした男女の性愛というものが理解できず、優しく温かく包んでくれる存在だったオフクロが、実は穢れたただのメスだったことを知り、逆上して女に掴みかかったのをオフクロに止められ、血迷った俺はもういっその事みんな殺してやる、と台所に走って包丁を掴みました。オフクロは俺を追ってきました。
全裸のオフクロに俺は包丁を向けました。オヤジだけでなく、あんな薄汚い女ともだなんて、絶対に許せない。怒りを、享楽に堕ちたオフクロへの失望を、包丁を振り回すことで表したかったのだと思います。オヤジに羽交い絞めにされて組み伏せられ、俺は殺人犯にならずに済みました。
その代り、オフクロは家を出ていったのです。
こんなことは、とてもマユには言えません。言う勇気がありませんでした。
・・・なんてこった。
あの日マユを失神させ、それ以来彼女を満足させているのは俺の中の言わば負の部分なのではないだろうか。あのオヤジとマユの一件以来、何となくそんな気がしてマユに言うことを憚っていたのです。ですが、このタキガワの一件でハッキリしました。
間違いなく、それが原因でした。
自分の中の、今まで自覚しなかったサディスティックな、黒い邪悪な顔を知り暗い気持ちになりました。
暗澹たる気分に耐え電車の吊革にぶら下がっていると、解体されて精肉工場のフックに吊り下げられている豚肉になったような気がしてきました。
会社にもどり、早速課長に事の次第を報告すると、
「ちょっと来い」と社長の席に連れていかれました。
黙っててやる、とタキガワに約束したものの、本当に黙っているわけにはいきませんし、そのままでは彼も後から復帰できなくなります。マユのイタズラとセックスショーのことは伏せて、あとは全部社長に話しました。
社長は俺の話を最後まで聞いてくれました。そして聞き終わると深い溜息をつきました。
「それで、コタニは大丈夫だったんだな?」
まず最初にマユの身を案じてくれました。
「はい。何ともありません」
まさか、散々セックスして疲れて今頃家でぐうぐう寝てるはずですとも言えません。
「そうか。・・・しかし、あいつもスゲェやつだな。伊達にラグビー部の大男を子分にしてるわけじゃないな。お前の処置でいい。俺がお前でもそうする。ご苦労だったな。
しかし未遂であれ、社員の家族を暴行しようとしたヤツをこのまま置いとくことはできないぞ。本来ならこれは立派な刑事事件だし、ミヤモトからも聞いてるが、余罪もあるようだしな」
「仰る通りです。ただ、彼は惜しいです。私より優秀です。何か機会があれば、と思うのですが」
そこで社長はフッと笑い俺を見据えました。
「お前、いつの間にか一回りデカくなったな。何か、あったか」
「いえ。特には」
「まあ、いい。この件は俺が預かる。明日タキガワが辞表を出して来たら一通り事情を聴いて落着にする。ところでな・・・」
と、話題は突然仕事の話になりました。
「お前の修羅場に比べれば大した話じゃないが、これ、やってみるか?」
社長はテーブルの上のノートPCを開き、ロックを解除して俺に向けました。
「合弁事業ですか」
ライバル会社と提携し、お互いの長所と短所を補い合い共同出資でゲームソフトの開発をする別会社を発足させるという内容の企画書がありました。多くのベンチャーが乱立し、俄かに勃興して来たゲーム業界に参入しようというのでしょう。
「判ってると思うが絶対に極秘だ。このPCもオフラインだ。こういうのは交渉前に外に漏れると非常にマズイ。ウチは非上場だが相手は東証一部だしな」
「そんな重大なコト、私なんかに、いいんですか?」
「いまのところ、社内でもこれに関わってるのは俺を含めて三人しかいない。ヤマザキ部長とこいつだ」と社長がミヤモト課長を顎でしゃくりました。すると課長が俺に向かって身を乗り出しました。
「極秘だから今まで言えなかった。自由に動けるヤツがもう一人欲しいんだ」
「でも、俺には荷が重すぎますよォ」
怖くなって思わずそう言いましたが、無駄でした。
「いや、どうしてもやってもらう」と社長は言いました。
「だってお前、もうこの話聴いちゃったんだから。そのかわりな」
社長はPCを閉じて俺を睨みつけ、こう言いました。
「コレが成功したらお前、一課の係長だ。ミヤモトが新会社へ出向するんでそのイスに着く係長を昇進させるからな。どうだスゴいだろう。後の細かいことはミヤモトと詰めろ。いいな」
「・・・わかりました。微力を尽くします」
家に戻れたのは翌日でした。やはりオヤジは留守でした。
一度帰っては来たみたいです。なんと北海道までゴルフをしに行ってきたそうで、テーブルの上にはルイベの干物やら、イクラの醤油漬けやら、函館名物トラピスチヌのクッキーの缶やらが散らばっていました。
今夜はちょっと用事があるから、と土産を置くや否や、また出掛けてしまったようです。
マユは俺の好きなトンカツに、豚の角煮、トン汁、と精のつきそうなものばかり拵え次々にテーブルに並べていきました。昨日、そのテーブルの真下でタキガワに見せつけながらマユを犯したのを思い出し、股間が昂るのを感じました。さらに精を付けさせて今夜もよろしく。そういう意味か。
「豚尽くしか。堪能しすぎて豚になっちゃいそうだな」
マユの心づくしの料理を平らげると、久々に人心地つくのを覚えました。
「さて、そうならないように、食欲を満たしたら、次は性欲かな」
予想通り、俺に迫ってきました。
「ごめん、さすがにちょっと疲れた。風呂から上がったら肩揉んでくれよ」
「じゃあ、今日はカンベンしてあげる。そのかわり『ソープ・マユ』でもやったげようか」
「じゃあ、結局ヤルんじゃんか」
風呂に浸かっているとマユが洗い場に入ってきました。
「湯加減はどおですか」
「なんだ、服着てるのか」
「脱ぐ? いいよ、脱いでも。ヤルの?」
「とりあえずいいよ」
俺は笑いながら話を変えました。
「それより、ニュースがある」
「いいの? 悪いの?」
「俺にとってはいいニュース」
湯船から上がり、椅子に座りました。マユがスポンジに泡を立てて背中を洗ってくれました。
「でかいプロジェクトに入れと言われた。成功したら俺、係長だってさ」
「すごーォい。固定給倍じゃん!」
「ウン。ただし、ほとんど泊まり込みだ。今の仕事も並行してやるからな。時間が足りない。通勤時間がもったいない」
「えーっ、どのくらい?」
「最低でも、一か月くらい、かな」
「・・・却下」
「おいおい」
「そんなにーぃ? たまには帰って来れるんでしょ」
「うーん。土日は書類の作成に当てたいからなあ」
「却下、却下、却下!」
「まあ、週に一回ぐらいは・・・」
「そうだ。あたしがホテルに夜這いにいけばいいんだ。会社の横のでしょ? エッチしたら帰ってくる」
「ホント、頭がエッチのことで一杯なんだね。あの・・・、さっきからそこばかり洗ってるのはどうしてかな」
結局、この後強制的に勃たされてその場で犯されました。ただし、ヤル条件として終わった後に全身、特に肩と腰のマッサージをお願いしました。まあ、ギブアンドテイクです。
タキガワの一件で、マユの驚異的な握力を知り、肩を揉んでもらうことにしたのです。はじめは気持ちいいというより痛い方が勝っていましたが、だんだんツボがわかってきたのか、的確にコリを解してくれるようになりました。ものすごく、良くキクのです。ベッドの上でマッサージを受けながら、マユはぽつり、という感じで切り出しました。
「忙しくなる前にお願いなんだけどさあ・・・」
「・・・なんだよ」
「お義父さん、今年還暦でしょ。何かお祝いしようよ」
「それ、社長にも言われた」
「スゴイ人だよね、あの人。社員の家族のそんな細かいことまで気遣いできる人、いないよね、フツー」
「ま、ある意味、オヤジはその筋では有名人だからな。社長も昔バレーやってたらしいし、そのせいじゃねえの」
マユの手が止まりました。俺はワザとうつ伏せのままになっていました。
「ねえ。あのさー。いい加減、仲直りしなよ。たー君、一言だけ言わせて」
俺の言葉の中の冷たい棘を感じたのか、そう言って、マユは俺の肩をぱん、と叩きました。
「たー君。周り見てみたことある?
いい人ばっかり。社長もキビシイけど、でもいい人。ミヤモト課長もそう。スケベ過ぎるのがアレだけど、あんなにいい上司いないよ。会社の他の人たちだって。
でも一番いい人は、お義父さんだよ。
昔からたー君のこと一番心配してくれてるんだよ。
それなのに、たー君気付きもしないで甘えたことばっかり言ってる。まるで子供じゃない。まだアレの事、根に持ってるの?」
「あのなー。オヤジのこと、知らないくせに、適当な事言ってるんじゃないよ、まったく。こんな時にオヤジの話なんて。すっげー、気分悪いよ」
「たー君」
マユの声のトーンが一気に下がったのがわかりました。
「ベッドから降りて。今日は下で寝て。あたし、たー君のそういうネチネチしたとこ嫌い。今夜はたー君と一緒に寝たくない」
オヤジの話を持ち出されて、せっかくの気分が台無しでした。やっぱりどこかでまだ、蟠りがあったのでしょう。勢いが止まらなくなり、つい言わなくてもいいことまで言ってしまったのです。
「そんなにオヤジのことが気になるならさ、またオヤジと寝りゃいいじゃないか」
頬に強烈なパンチを食らいました。
無様にも、俺はベッドから吹っ飛んで床に伸びました。ジンジンと疼く頬を押えながら、仁王のように腰に手を当てているマユを見上げていました。
立ち上がってケータイを取りだしてタクシーを呼び、着ていたパジャマを脱いで、スーツに着替え、タンスから何日か分の着替えをバッグに詰めはじめました。
その間、マユは何も言いませんでした。寝室のドアを閉めるときにマユをちょっとだけ見つめました。その悲しそうな顔に一瞬怯みましたが、勢いでドアを締めました。
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