魔女の村

各務みづほ

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次世代の領主

第二話 七人目

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 行き先は領主の城だった。
 その入り口の一つに人影が見える。カインは迷わずそこを目指し、シアと共にホウキで静かに降り立った。

「やあシアさん、こんにちは。カインも元気そうだね」

 その人影ーー領主の一人でカインの義兄でもあるヴェルドが軽く手を上げる。

「こんにちは、ヴェルドさん。ありがとうカイン、送ってくれて」
「まぁ俺も、呼ばれてたんで?」
「あ、そうなんだ」

 シアはたまに、外から入門した一世代目の魔女として、魔女の研究をしているヴェルドにいろいろ情報提供をしている。

「魔法の訓練も順調そうだね」
「俺の教え方がいいからな!」

 子供の頃の性からヴェルドには反発してみたくなるカインが、ぶっきらぼうに答えた。

「変なこととかしてないだろうな? シアに」
「変なことって? 具体的に? どーんなー?」

 ヴェルドはヴェルドで、カインが来ると本当に楽しそうにからかう。子供の頃の二人の関係も透けて見えるようだ。

「何もしてないよ。ね、シアさん。というか、僕が何かしたら魔力値でバレッバレでしょ」
「うん、紳士ですよ、ヴェルドさんは。それに最愛のルカ様裏切るようなことしませんよ」

 カインがジト目で睨む中、ヴェルドとシアは「ねぇ!」と息を合わせた。

 ヴェルドは続けてシアに封筒を渡す。

「今日はね、この間の測定結果渡そうと思って。はいこれ。順調そうだね」
「ありがとうございます。後でチェックさせてもらいますね」
「あとカインに話なんだけど……シアさんどうする? お天気もいいし、ガーデンでお茶でも飲んで行く?」

 シアはうーんと考えると、城の裏に広がる芝生を眺めた。

「このグラウンドって使ってもいいですか?」
「ああ、構わないよ。使って使って」

 今の飛行の感覚を忘れないうちに復習しておきたいと思ったシアは、よく手入れのされた美しい芝生の広がる城のグラウンドを、ありがたく使わせてもらうことにした。
 ヴェルドが後ほどアフタヌーンティーの用意をするよう、傍のメイドに指示をする。

 カインはシアがホウキの練習を始めるのを見届けると、ヴェルドに連れられ、城内の彼の部屋へと向かった。



 領主の城は大まかに八エリアに分かれている。つまり最大八人の領主を見越している建て物だった。
 エリアはほぼ独立しており、入り口も八つ。繋がっているのは、グランドフロアつまり一階と、最上階のパーティフロアくらいだろうか。

(俺もルカ達の配慮がなければ、この一角に暮らすことになってたのか)

 カインは魔法の勉強こそ幼い頃から好きでしていたものの、領主に関しては詳しくない。
 ただ村から出られないこと、魔女達に魔力を分け与える役割を持っていることくらいだろうか。
 幸いカインの存在は他の魔女達に知られておらず、今のところその役割を見逃してもらっている。それに関してはルカ達に大いに感謝している。

(いつまで隠れていられるかもわからないけどな……)

 ヴェルドは開村してそんなルールを全部撤廃したいと言っているが、一筋縄ではいかないことくらいわかる。なにせ古から伝わる、大事な掟なのだから。


「で、カイン、今日の用事なんだけどね」

 前を歩くヴェルドが笑顔を消し、真面目な表情で口を開いた。

「他の皆とも話したんだけどーー君が適任ってことでひとつ、教育係を引き受けて欲しい」
「教育係?」

 ヴェルドが振り返り、声を落として続ける。

「この間……まだ公には秘密なんだけど、イギルって子が第七の領主候補として城に上がったんだ」
「七人目……?」
「歳は六、魔力値は二二〇……母親の魔力値が八十そこそこで、高度な魔法とか教えられなくてね」

 カインが驚く中、ヴェルドは執務室の扉を閉めると、手前のソファへ向かい腰を下ろす。
 対してカインは立ち尽くしたまま、その僅かな情報であらゆる事実を導き始めた。

「……てか、俺のこと知ってんのか、他の領主……まぁ、話すか」
「そのこともなんだけどね、カイン」

 二人の他に誰もいない室内、更に聞こえるか聞こえないかといった低い声で、ヴェルドは淡々とカインの知らない事実を伝えた。

「領主は一世代に一人……大体十二から十三年に一度うまれる。でも君がいなかったから、もしかして今年三十一の僕が最後の領主かと思っていたんだ」

 しかし突如その子が現れた。ヴェルドより二十五離れた少年が。

「そうなると、僕の一世代下の領主はいないというより、五つになる前に死んだか……村の外に出た可能性が高いという結論になる」

 シアが来る少し前、イギルのことが判明したとき、領主の間では特別に捜索員を作るか議論が持ち上がった。しばらく様子見することになったが。
 しかし近いうちに十八歳十九歳ほどをターゲットに、村出身の男達が全員洗い直されていただろうという。
 そこまで絞れば確認など五十、六十くらいだ。ほぼ近隣の都市や町にいるし、確認方法も魔力値測定器で簡単にできる。

「つまり君は自分からここに来なくても、遅かれ早かれ捜索がかかってたんだよ」

 カインは静かに目を閉じ、その情報をかみしめた。ヴェルドとしては、カインのことを話さないわけにはいかなかったのだろう。おそらく世話になった恩師ゲーラも悩ませたに違いない。
 むしろ、よく領主内だけの話として留めてくれたと思う。

「……わかった、折を見て他の領主にも挨拶しとく。あと、教育係ーーな」

 結局、どう足掻いたところで領主としての人生を歩まねばならないのかもしれない。

(シアを泣かせることにならなければいいけど)

 カインは一つ息をつくと、気を取り直してヴェルドに問いかけた。

「……で、どこにいるんだ、そのイギルって」
「うん、城で保護されてるよ。六つで魔女の餌食になるのは流石に可哀想だろう? 部屋は、そこの通路を挟んで向こう側」

 そして領主は中学生ーーセカンダリースクールにあたる十一歳で村に周知され、少しずつ魔女がお目通りできるようになっていく。

「……まあ、シアちゃんにいろいろ教えてるついでって感じでいいからさ」

 城は村の居住区域から離れているので、隠れているカインにとっても都合がいいだろうという。
 そして少年はまだ六つの子供なのだ。歳の近い男児は村を離れてしまい、母一人子一人で寂しいだろう。メイドも歳のいった老女が一人、あとはゲーラが顔を出すだけだからと。

「シアちゃんが今いるグラウンドもその傍の林も、城のプライベートスペースだから基本魔女たちは来ないし、魔法練習でも乗馬でも狩りでも好きに使いなよ。その女の子の姿も、本当は彼女の前では解きたいでしょ」

 確かに、きちんと元の姿でシアの飛行練習のサポートをしたかったので、都合はいいかもしれない。

 カインはヴェルドの部屋を出ると、グラウンドのシアの元へまっすぐ向かった。
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