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冒険編
第十四章 ライサの帰還-1◆
しおりを挟むライサは境界を越え、クアラル・シティに着いたところで、王都からの使者に保護された。王宮のチャーター機に乗り、数時間で王都に到着する。
その日の朝には、国王に謁見していた。
「わが国は古代からの宿敵である魔法使いどもと、戦争をすることになった。世界が分断されてからは久しく、敵の情報に関して、確かに近年は不明な点が多い。しかし既に死の軍を送り、様々なデータを得るとともに、其方もその目で視察して参ったとのこと。大儀であった」
「……もったいないお言葉にございます」
ライサは平伏したまま返事をした。
久しぶりの自国の言葉に感動する間も無く、国王陛下の言葉にひたすら耳を傾ける。
今まで魔法世界のことは話題にすら上がらなかったが、もう隠す気も流す気もないようだ。
そしてそれは、死の軍からの報告が確実に行われたことを示していた。
「我が国民も領土も、そして大切な娘も絶対に渡すわけにはいかぬ。して、ライサ・ユースティン」
国王はそこで一呼吸置き、続ける。
「其方を、このたびの戦いにおいて軍事兵器開発責任者とする。敵国への視察の経験を活かし、より強く、そしてより効率的な兵器を開発せよ」
「……かしこまりました、陛下」
ライサは頭を深く下げた。
だがもとより、心の底からのやる気などない。
むしろ知らぬふりをして、魔法使い達に躱しやすい武器とか、威力を抑えた新兵器を作るとかーーその辺うまくコントロールすれば、魔法使いをあまり殺さずに済むかもしれない。
そんなことを頭の中で考えていると、国王がまた口を開いた。
「なお、其方の力が存分に発揮できるよう、協力者二人を用意した」
ドキリと緊張が走る。
「一人はわしの息子ヒスターだ。改めて紹介することもなかろう」
国王の言葉に、横からスーツ姿の男が現れた。
ヒスター王子殿下ーーライサの慕う王女の弟君、第一王位継承者。
ライサ程ではないが、彼も科学分野ではかなり高度な知識を持っていた。だからこそ、ヒスターにとってライサの頭脳は非常に魅力的であり、婚約者候補にまで挙げられたのだ。
ヒスターはライサの前に来て手を取り、ようやく手に入れたと言わんばかりにニタリと笑顔を浮かべた。
ライサは思わず顔を背ける。
「そしてあと一人は……向こうでそなたも遭遇したようだな」
国王の更なる言葉が追い打ちをかける。嫌な予感がした。
「死の軍指揮官ダガー・ロウじゃ」
「!!」
ライサを絶望が襲った。最悪の形で国王への謁見が終わる。
◇◆◇◆◇
久しぶりに王宮の自分の部屋に戻っても、ライサの頭の中は戦争のことでいっぱいだった。
誰もいない部屋の中で、荷物をテーブルに置こうとすると、一部の書類らしきものが目に入った。
なんだろうと、簡単に目を通す。
それは、軍事兵器の一案だった。おそらく王女の弟ヒスターが、ライサのいない間に作成したものだろう。ミサイルや爆弾、銃、地雷から戦闘機や戦車、軍艦まで、多種に渡る案がそこには書かれていた。
実現は可能というより、もう既に用意されているのかもしれない。
いくつか改善点もあるが、あえて言うのはよそうとライサは思った。
書類を手にとって少し放心してると、コンコンとノックの音が聞こえた。
「はい」
疲れた顔のまま扉を開けると、そこにずっと会いたかった人物が現れる。
「姫様っ!?」
長い金髪のウェーブのかかった髪に、白い肌、上等な絹のドレスをまとった王女が立っていた。
年はライサよりも四つほど上で、大人の美しさを十分に供えている。
両親が他界し彼女に引き取られてから八年、ライサはこの王女とともに育ってきた。今ではお互いが一番の良き理解者である。
王女はにっこりと笑って声をかけた。
「おかえりなさい、ライサ。ご苦労様」
その言葉を聞いた途端、今まで堪えていた涙が一気に溢れて来た。
そして、王女の書状がダガー・ロウに奪われ、しかもそれを国王に送られてしまったのを思い出す。
今回の戦争のきっかけのひとつにもなる惨事をひきおこしてしまったことに、ライサは顔をあげることができなかった。申し訳なさで心がいっぱいになる。
「ごめんなさい……姫様、私……」
うつむいて、涙をなんとかこらえながら、ライサは王女に全てを告白しようとした。
それを、王女はそっと遮る。
「いいのよ。こうなることはわかっていたの。でも……どうしてもあの人に届けたかったのよ」
ダガー・ロウのことは、ある程度想定の域だが、知っていたという。そして、彼に対抗できる人物は、ライサしか王女は思い当たらなかった。
しかし彼女は、自分と王子の関係を知らない。話そうと試みたこともあったが、案の定、研究ばかりで恋愛のいろはも知らない少女に、理解されそうな気配は全くなかった。
散々悩んだ挙句、結局事情を話さないまま、王女はライサを魔法世界に送り込んだのである。
「私の方こそ、きちんと話さなくてごめんなさい……」
王女は項垂れる。そんな彼女にライサの方が慌てた。
だってきっと二ヶ月前なら、王女の気持ちなど全く理解出来ず、ただただ反対しただろうからだ。
「あなたが無事でよかった……それだけが心配だったの。本当にありがとう、ライサ」
その優しい言葉を聞いて、ライサは今までの緊張が、やっと解けるような気がした。
いろいろ悲しいことも多かったが、これで少しは報われたかもしれないと。
「あ、そうだ、姫様」
ライサは涙を軽く拭い、テーブルの上に置いた自分の荷物を開きだした。王子から受け取った手紙を王女に渡す。
「これ、王子様から預かってまいりました」
王女は小さく「ありがとう」と言うと、笑みを浮かべてその手紙を胸に抱く。その仕草に、ライサは彼女の、王子への深い愛情を初めて感じた。
そして以前も、このようなところを見たことがあったと思い出す。
その時も、他の心当たりでも、ライサは欠片も彼女の恋心に気づくことはなかった。
自分の不甲斐なさに思わずため息をつく。
封を開け、手紙を取り出した王女が何気なく呟いた。
「ライサ、父が……あなたと弟の縁談話を、本格的にすすめているわ」
「えっ?」
ライサは王女の言葉に、凍りつかずにいられなかった。
しまった、拒絶と思われたかもしれないと慌てて笑顔をつくる。
まがりなりにも王女の弟君なのだ。対外的にも、これ以上ない位いい話にしか聞こえない。
ディルクとのことは終わったことだ、王女に無用な心配をかけてはいけないと、ライサは言い聞かせた。
「あ、すみません姫様。驚いてしまって。姫様と私、義姉妹になるんですね」
短い沈黙の末、ライサは笑いながらそう答えた。
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