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後編
第十六章 友への置き土産-3
しおりを挟むその夜、夕食の支度を整え、婆やは王女の部屋を訪れた。
しかし、ノックの後に現れたのは王子だけであった。声を潜めて彼は婆やに応える。
「夕食か、ありがとう。姫は……」
王子は部屋の中を振り向き、肩を落として下を向いたかと思うと、後手に静かに扉を閉めて言った。
「そっとしておいたほうがいいと思う。泣き疲れて眠ってしまってね」
部屋に二人きりになり、再会を一通り堪能すると、王女は今までのことをぽつりぽつりと王子に話しだした。
戦争のこと、国王や王族が次々に打ち取られていったこと、そして、ライサのこと。
それでも王女は泣き言など言わなかったーーいや、言えなかった。
「そうですか。話を聞いてくれたのですね、感謝します」
「ライサさんとディルシャルクのことをとにかく心配していた。私も同様だ。婆や殿、私はすぐにでも出来ることを始めたい。協力いただけると有り難い」
「では夕食をとりながらで如何ですか、王子殿」
サヤとボルスも顔を出し、敬礼をする。王子はそれぞれの顔を見渡すと、共に食事をしようと提案した。
勿論本来、彼らは王族と食事を共に出来る立場にない。ディルクですら、お茶やパーティでもない席で王族と共に食事など、数える程しかしたことがない。
「しかしここは王宮ではないし、君達と食事できる方が私は嬉しい。きっと姫もそう思っている」
婆やは何度も王女に食事を共にと誘われ、断ってきたことを思い出した。きっとその態度も王女に我慢を強いさせる原因だったのかもしれないと気づく。
戸惑いながらも三人は食卓についた。王子はにこりと微笑む。
「まずは姫と会わせてくれた君達に感謝する。また君達と一緒なら私は何でも出来ると信じている。やることは山積みだが、さし当たって最優先にしたいことはひとつ、ディルシャルクとライサさんの捜索だ。早速で済まないが、皆に協力を願いたい」
「御意に」
「勿論です、全力を尽くします」
「姫様の権限内でしか私は動けないけれど、よければ協力を惜しまないよ」
それぞれが応えると、王子はふっと苦笑した。
「ディルシャルクとライサさんは本当に見事というか無敵と言うか……あんなに難しくて不可能と思われた姫との再会を、こんなに簡単に実現されてしまったし……」
立つ瀬がないとはこのことだ。連絡が取れなくなってから二年も、王子と王女にはどうにも出来なかった。
それ以外にも二人は立ちはだかる難関を、さして苦労もなく越えている。
「マスターはあらゆる魔法を使いこなしますからね。たまに変な魔法も使ったり。それで不可能なことがあってもライサさんがいました」
「ライサは科学のエキスパートよ。今の科学で何が出来て何が出来ないか誰より把握している。出来ないことなら即他の手を考える。魔法でも何でもね」
本当に、それだけ力を持ちながら、どうしてこんな結末しか迎えられなかったのだろうと王子は思う。
どうしてもっといい方向に導けなかったのか。あの日に戻って全てをやり直したいのにと。
「今回の再会も……屋敷を用意して待ち合わせただけとか、普通に言いそうなんだよ二人とも」
確かに結果的にはそれだけで、最高峰の魔法も科学も使っていないかもしれない。
しかし、自分でやろうとして成し遂げられなかった王子は知っている。
まず信頼しあえる隣国人の協力者、最適な屋敷の見極めに相応の財力、未来の予測とタイミング、道程や遂行する者に無理がないかまで計算し尽くされていることを。
「我らの場合は何が可能で何が不可能か、検証するところから始めねばなりません」
いつの間にか議論が白熱していく。そんな彼らに王子は心から安心した。
皆、世界の壁など感じていない、分かり合える者達ばかりだった。
◇◆◇◆◇
王子が扉を開けると、王女が飛びついてきた。
「ひ、姫……?」
「酷いわ、シルヴァレン様。気がついたらいらっしゃらないんですもの! 私……また、夢だったのかと」
「すまない、お疲れだったみたいだから。ほら、婆や殿に夜食を用意してもらったよ」
王子のすぐ後を、婆やがワゴンを押しながらやって来た。
「姫様、お加減は如何ですか?」
「婆や! ううん、全然何でもないのよ、ありがとう。王子様にお会いできて、ちょっと嬉し泣きをしすぎてしまったみたい」
赤い目をした王女が、それでも以前より自然な笑顔を向けてきたので、婆やはほっとした。
「こちらでも召し上がって、今日はゆっくりお休みなさいませ。お二人にワインを一杯ずつご用意いたしました。素敵な夜を」
「ありがとう、婆や」
はにかむ王女に会釈し、婆やは扉を閉めた。
王子は小さなテーブルに彼女を導き、椅子に二人で座る。ワインを掲げると、そっとグラスを重ねた。
「私たちの再会に乾杯」
軽食を取る彼女を眺めながら、王子は夕食の時の話を伝える。
王女は丁寧に聞き、食事が終わると、すっと居住まいを正した。
「ありがとう、シルヴァレン様。私もこうしてはいられないわね。やるべきことをやらないと」
目を閉じてライサを思い浮かべる。今度は自分達が動く番だと力を込める。
「ディルシャルクとライサさんは、僕の理想だったよ。互いに信頼し力を出し合って、大きなことを成し遂げる。僕も、姫とそんな関係になりたい……」
「私はライサ程すごくないわ」
「それは僕もだよ、姫。魔法なんてディルシャルクの足元にも及ばない。それでも、何かできることがあるはずだ」
願わくば、もう大事な友人に悲しい選択をさせずにすむ、そんな理想の世界があるならばーー。
「二人が安心して帰って来られる国をつくりたい」
王子の内なる決意に、王女は力強く頷いた。
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