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後編

第十四章 王女との約束-1

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 数日後ガルと連絡をとったディルクは、突然、想定の斜め上をいく言葉を聞いた。

「ライサから離れるなって……?」

 曰く、ライサと合流し共に行動するようにと。
 確かに現在彼女の傍にはいないが、サヤに監視と報告をさせている。だが、それでは駄目なのだと言う。

『そうネスレイの結果が出たんだよ! ライサさんのことも聞いたらさ』

 ズバリ、この非常時で二人は別れるか、別れた方がいいのかを占ってみたのだと。

「占ったのかよ、わざわざ!」

 ネスレイにまでネタを飛び火させやがってと思った。このラクニアが大変だってときにと。
 しかし意外にも、ライサの存在は吉なのだという。だからむしろ積極的に二人でいるようにと。

『ほんっとよかったよ! 別れるなんて結果出なくて。君もそう思うだろ、ディルク~』
「俺は別にどっちでも……」

 つまんない反応だなーとぶーぶー言われても仕方がない。
 監視をしない訳にはいかないので、ディルクにとっては堂々と一緒にいるか、間接的に見ているかの違いだけだ。

(とりあえず軍が片付くまでは、一緒にいていいってことみたいだけど)

 それでも我知らずホッとした。
 何せ彼女の正体を報告せず、独断で動いているものだから、自分のこの選択で最悪の未来にならないかは非常に気を使う。
 でも例えどんなに奇妙でありえないことでも、北聖ネスレイの予知は、「不明」か「絶対」だ。
 少なくとも彼女を帰したり、始末したりといったことは考えなくていいはずだ。
 おかげでガルにはまた散々冷やかされてしまったが。

『だからほら、サヤさんに押し付けていないで! 傍にいてこそ愛は育まれるんだからね~』

 緊張感もなくげらげら笑いながら、ラクニアの街と敵の捜索は任せてと、こともなげに言う。

「まぁ……合流はそのうちするつもりだったからいいんだけどさ」

 そこまで言うなら軍の捜索は悪友に任せるとしよう。
 それに潜伏している敵が行動を起こすなら、次なる攻撃か、先の爆弾を無効化した彼女への接触だろうから、ディルクも少し気にはなっていた。

(久しぶりに、話せるか)

 知りたいことも話したいことも、本当にたくさんあった。
 彼女は何者で、この国に来た本当の目的は何なのか。
 何故、自国の軍に逆らってまで魔法使いの為に動くのか。
 それは自分の意思か、主人の指示なのか。
 しかしそもそも、魔法使いを守るよう指示をする人物なんてそうーーーー

 カチリ。

「あれ……?」

 その時突然、わからなかったパズルのピースが音を立ててはまった。
 その魔法使いを守る指示をする隣国人の心当たりに。

「ま、さか……!」

 あの王女なら、知っていたら、止めようとするのではないかーー

 もう力を貸せないと告げ別れた、隣国の王女が思い浮かぶ。あろうことか、敵国の王子を愛してしまった王女の言葉が。

 ーーーー貴方の助けはもう借りられないけれど、いつか絶対、王子様とお会いしてみせるーーーー

 隣国からの訪問者ライサ。彼女の目的は王子に主人の書状を渡すこと。
 おかしいとは思っていた。何故王子指定なのか。存在すら情報は隣国に流れていない筈なのに。

「う、うわ、何で気付かなかったかな、俺」

 書状とは、少し前まで自分が届けていた、おそらく王女からの王子への手紙のことだ。
 ライサの仕事は、王子の暗殺でも侵略でもない。スパイとして調査くらいするかもしれないが。

 そして、王女が頼ろうとする人物にも思い当たった。あの最後の日、王女が紹介したいと言っていた友人のことではないのか。
 魔法使いの自分を紹介したいと思うほど信頼を置く友人。
 確かもうすぐ宮廷博士号を取るかもとかなんとか言っていた。
 あんな少女とは思わなかったが。

「じゃあもしかして……宮廷博士……なのか? あいつ……」

 隣国最高峰の科学博士。
 あの時称号取得が叶わなかったとしても、それに準ずる実力は備わっているのかもしれない。

「だから……難しそうな科学、あんなに簡単そうに……」

 軍にも対抗しうる情報力と、爆弾解体の知識。魔法では適わない医術。
 自分が守られているような、全ての科学を任せたいとまで思った安定感。
 正直想像以上だ。

「ははっ! やってくれるな、あの王女様。宮廷博士……かもしれないのか! そっか!」

 ディルクはへたへたとその場に座り込んだ。

「はー……そうならそうで、俺のことくらいライサに教えておいてくれてよかったのに……」

 しかし彼女は書状の内容はおろか、おそらく王子と王女の関係すら知らされていない。

「言えなかったのか……親友にも」

 自分だって彼らの恋愛を納得しているわけではない。本当は全力で反対したいのも事実だ。
 ライサが実際魔法使いをどう思うか、どこからどう軍に情報が漏れるかもわからないのに、王子の名を伝えたのもギリギリだったのかもしれない。
 そして昔とは完全に変わっている今の状況ーー隣国の侵略、再戦の危険性ーー。

「……敵……か、完全に」

 最悪の事態において、彼女はまさに絶望的な存在となる。

「……危惧もしたか。東聖と宮廷博士……脅威同士、問答無用で殺し合うかもしれないと……」

 ディルクはため息をついた。ライサがどうかわからないが、少なくとも自分に関しては、

「悪いがみくびり過ぎだ、姫さん」

 どれだけ憧れて通い詰めた世界だと思ってる、と。
 しかも科学の最高峰、宮廷博士だなんてーー

「敵意どころか興味深々だっての!」

 宮廷博士はそもそもニーマがーー隣国の大事な友達が目指していた称号だった。
 どれだけ努力して、苦労してたどり着く称号か知っている。
 決して魔法使いの敵になるのが目的でないことも。

「俺の東聖の称号だって、敵対するためのもんじゃねーんだよ」

 約束した。この国の危害にならない限り、王女の望む方へ動く、と。
 王女の望み、すなわち、手紙を持つライサを王都の王子の元へ導くこと。軍による魔法世界への攻撃を防ぎ、また逆に魔法使いの科学世界への攻撃にも対処し、戦争の再発を可能な限り回避すること。
 それならネスレイの予言とも一致する。
 そして王女の望みを叶えるという目標が噛み合うならば、ライサの科学も同じ方向への力として期待出来るはずだ。

「宮廷博士とか、心強すぎる!」

 ただ、ライサがどう思うかはわからない。
 本当は魔法使いとは敵対こそが責務なのだろうから。
 やはり自分のことは王女の危惧のとおり言わない方がいいのかもしれない。かえって彼女を迷わせたり争いを生むことになりかねない。
 例え後から利用されたと罵りを受け、信用を失ったとしても。

「それこそ今更だ」

 どう思われようと何でもいいと思った。
 今傍にいて、手に掛けずに済むのなら。彼女の科学をまた見られるのなら。
 早速合流して、少しずつでも話をしよう、力になろうと立ち上がる。
 何も知らされず、主人への忠誠心だけでこの国に来て孤軍奮闘する彼女に、出来ることはきっと山程ある筈だと。


 その時、サヤが血相を変えてディルクのところにとんで来た。

「マスター!!」

 いつになく顔が青ざめている。

「すみません! 彼女を……ライサさんを見失いました!」

 ディルクは心臓が鷲掴みにされる程の焦りを感じた。
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