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後編
第十三章 隣国からの来訪者-3
しおりを挟む隣国の少女が、自分からラクニアの難事件に首を突っ込み始めた。
「危ないディルク!」
庇ってきた彼女の後ろから突如起こる爆発。ディルクは咄嗟に対爆撃用結界を張る。
危なかった。彼女が教えてくれなければ、無傷で済むはずのない距離だった。
心臓がドクドク速い鼓動を繰り返す。爆発に驚いたのも確かだが。
(助けた……? 俺を?)
彼女の反応と今の爆発で、これは科学によるものだと一瞬でわかった。
この街は、隣国の科学による攻撃を受けている。
まさか、難事件が科学に関係するとは。道理でガルの手に負えない訳だ。
非常にまずい状況だった。
魔法使いは殆ど科学に対する知識がない。四聖だって、ディルクだって爆弾自体にどう対処すればいいのか見当もつかない。
だがこんな危機的状況で驚きつつも、ディルクの思考は意外に冷静に働いていた。
自分を助けたーー少なくとも彼女はこの難事件に関係ないのだと。
しかし同時に別の疑問が湧き起こる。
「なぁライサ、お前さ、どうして……」
自分を助けたのか。事件に関係なくても、自分は敵国の人間で、彼女が助ける理由はないだろう。会って日も浅いし、身を呈して助ける程の義理や恩義があるとも思えないんだがーーそう聞こうとして、止める。
「どうして爆撃が来るのがわかったんだ?」
案の定、彼女から欲しい答えは得られなかった。いや、上級魔法使いに見えない云々には笑いそうになったが。
彼女はその後適当に理由をつけ去って行くが、ディルクはそれを追うことも止めることもしなかった。
もちろん目を離すつもりは毛頭ない。
でも、自分が何とかするから首を突っ込まないでーーそう言われているようで。
(どうにか出来るのか? そもそも。あの爆発を? 同じ隣国人ってだけで?)
考えれば考えるほど疑問が益々増えていく。
(あああもう、わかんねーよ! 全然、全部、何もかも!)
いっそのこと、科学を知っていると明かし、隠し事をやめて本当の目的と実力を見せ合えたらと思う。
しかし危険と言える賭けだ。今の自分達にそこまでの信頼も信用もありはしない。
「せめて敵か味方か、あいつの本当の目的に危険がないか、確信が持てればなぁ」
結局ディルクはこの場で、誰にも科学のことを報告しなかった。
◇◆◇◆◇
一人になった彼女は、王都への道を進むどころか、この街の爆弾と思われるものを次々と解体していった。
誰にも気づかれず、頼らず、彼女一人だけで。
誰よりもーー爆弾犯よりも先に、それに気づいたのはディルクだった。
監視を頼んだフィデスからの報告ではよく分からず、そっと足を運んで実際に見て、ようやく何をやっているのか気づくことが出来たのだ。
(あの爆弾を、探すのも処理するのもいとも簡単にーーてか、めっちゃ楽しそうだな、おい)
難しい場所に設置されているものほど、見つけた時に嬉々として解体している。
散々将軍や警備隊を悩ませ、西聖北聖までも翻弄した爆弾だというのに。
(ったく、そんだけ出来るなら、最初から言ってくれたらよかったんだよ)
そうすればこんなに悩まず、こっそり見守るようなことをしなくてもよかったのに。移動一つとっても手伝えただろうにと。
今更出ていくのもなんとなく間抜けだ。
しかしディルクは、先日科学だと報告をしないでよかったと思った。
もし公にしていたら厳戒態勢が敷かれ、彼女はこんなにこの街で動けなかっただろう。
爆発も全てを防ぐことなどできず、爆弾犯にも無駄な警戒心を持たせ、大惨事になっていたに違いない。
本当に、かなりの数の爆弾だった。これが一斉に爆発していたらと思うと恐ろしい。
爆弾犯なんて生易しいものではないのかもしれない。
(軍ーーか。十分にありうるな。そう民間人に国境の壁を抜けられるとも思えないし。軍なら、言語プログラムも優先されて使えるはず)
つまり、彼女はともかく、爆弾犯に関しては完全に隣国からの侵略ということになる。実に由々しき事態だ。
流石にこれは直ちに報告しなければならない。
少女は一通り爆弾を処理すると、今度はラクニアの平民の女性の治療を始めた。
これもまた、指折りの名医である部下のフィデスをも唸らせるものだった。
(そうなんだよな、やっぱりおかしいんだよ。国境を越えるとか言語話せるとか……いくら同じ科学だからって……爆弾解体も治療も多分、普通の学生とか民間人じゃ……)
結果的にラクニアを、魔法使いを守ってくれているからといって、気を許していい存在でもないのだと。
「まいったな……」
軍ではないが、おそらく普通の民間人でもない隣国人ライサの報告をどうするか。
現時点では被害どころか、彼女の存在は非常に助かっている。
軍の攻撃を阻止したのは同じ科学なのだから、魔法使いに疑いの目が向くのを避けられている。つまり結果的にではあるが、自分のような抵抗勢力を見事に隠してくれている。
この時間はありがたい。仲間に報告し、未知なるものに抗う心構えや準備ができるからだ。
「俺だって……無理だ、あそこまでの対処は……そもそも見えてすらいないし」
力づくで止めるにしても厳しいし、更に悪化する可能性もある。
「頼るーーか」
五年前、人から距離をとるようになって以来、考えたこともなかったその言葉をディルクは呟いた。
自分の力の及ばない科学という力に対し、信用し、彼女に任せるーーーー。
敵か味方かもまだ確定していないというのに。
しかしその言葉はストンと少年の心に落ち着いた。
なんだろう、このなんとも言えない、くすぐったい安堵感。何故だか科学は彼女に任せておけばいいような、任せたいような期待感、高揚感。
「というか、俺が、あいつの科学を見たいんだ。もっと……」
今まで見たこともない、あの見事な科学技術を。
例え敵であろうとも。ここで彼女を見逃したことが後々大罪になろうとも。
ディルクは全責任で、もう少しだけ彼女を匿うことを決めた。
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