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前編

第八章 禁断の出会い-3

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 ふと気がつくと夜だった。
 意識を失った場所そのままに目が覚めたので、王子はほっと息をつく。
 パサリと質のいいショールが落ちた。

「そろそろ頃合いかな。お腹もすいたし」

 王女がかけてくれたのだろう、そのショールを拾い上げると、ぱぱっとついた草を払う。
 そっと呪文を唱え昼間の傷を治すと、傷を覆っていたハンカチと落ちたショールにも浄化呪文をかけ、そのまま魔力でさっとたたんだ。

 王子は敷地内の屋敷の、明かりのついた二階の窓に目を向ける。

「声は……かけない方がいいのだろうな」
「黙って行かれるおつもりだったの?」

 不意に声がかかり、王子ははっと振り返る。
 そこには昼間の少女が一人、小さな灯りと籠を持って立っていた。

「シャザーナ姫……」
「食事……お腹すいてるかと思って」

 持っていた籠をずいっと差し出す。
 籠から漂う美味しそうな匂いに、空腹の王子は抗えなかった。
 丁寧に挨拶をし、サンドイッチを取り出してゆったりと食べ始める。
 王女はそんな彼をまたもや意外そうに眺めた。

「お腹すいてなかった? それとも、お口に合わなかったかしら?」

 王女の言葉に彼は顔を向けると、口に入れた分を飲み込みナプキンで口を拭きつつ、おもむろに応える。

「どうして? とても美味しいよ。いろいろ本当にありがとう、姫」

 彼の口調が、昼よりも親しみやすいものに変わっているのに王女は気がついた。
 驚きつつもそっと微笑む。初めて王女という地位を忘れ、年相応の者同士なのだという気になれたからだ。

「以前同じ様に空腹の方に食事を渡したことがあるのだけれど、脇目もふらずに一瞬で食べてしまったから。貴方はきっと、どんな時も食事のマナーを崩さないのね」
「そうだね、失礼があってはいけないと思って。姫だってそうでしょう?」

 さも当然のように返される。
 本当に不思議な少年だと王女は思った。同じ立ち位置で話をしてくれるとはーーと。
 話せば話すほど、もっと話してみたいという思いにかられていく。

「私の滞在期間はあと七日。その後は王都に戻ることになるのだけれど、貴方はこれからどうするの?」

 あまり特定の国民に関わってはいけないと思いながらも、王女は聞いてみた。もちろん期待はしていない。

「これから……これからかぁ」

 王子は空を見上げ、うーんと唸る。

「やっぱり帰らないとかな。そもそも滞在先がないし。僕はここの人間ではないから」
「滞在先ならここにいればいいわ! 食事も持ってくるし。あっ、そうよ、あの塔の上の小部屋はどうかしら! 窓もテーブルも寝台だってあるわ」

 王女は彼の言葉が終わらないうちに、即座に引き留める提案をあれこれ始めた。
 そして彼が呆気にとられて固まっているのに気づくと、顔を真っ赤にして下を向く。

「ご、ごめんなさい、私ったら! 貴方の都合も考えずに……」

 そして微かな声で「もっとお話ししたいだなんて」と呟く。

 王子はそんな彼女に思わず微笑む。

「いいよ、姫。数日ならここにおりましょう」
「本当!?」

 その方が傷ついた友人を急かさずに済むだろうと。

「僕も……外の人と話す機会は、大事にしたいんだ」

 帰ればまた一国の王子として、人と話すには様々な制限がかかるようになる。
 きっと王女も同じ思いなのだろうと、想像するのは何よりも簡単だった。


  ◇◆◇◆◇


 彼を東の塔の小部屋に案内し、見つからないよう灯りは控えるよう伝えると、王女は自室に戻った。
 もう少し話したかったが仕方ない。これ以上いなくなれば、周りの大事な人達に迷惑がかかることを彼女は熟知していた。

「あっ姫様、お帰りなさいませ。月夜の庭園は如何でしたか?」

 本当に姫様はお庭がお好きですね、庭師の方も喜んでらっしゃいましたよーなどと話しながら、ライサは扉を開ける。
 しかし王女はこの大切な友人の前でも、なんだか上の空だった。

「姫様? そのハンカチとショール、お預かりしましょうか?」

 首を傾げながら聞いてくるライサに、はっと我に返ると、王女は慌てて彼から返してもらった二つを彼女に渡す。

「じゃあお願いするわ」
「いつもの所に戻しておきますね」

 ライサは言うと、そのまま衣装タンスへ向かっていく。

「えっ?」

 珍しいと思った。土と草と血までついたハンカチとショールを、洗わずそのままタンスに入れるのか。普段は少しのお茶の染みですら見逃さないのにと。
 と、そこまで考えた直後、王女は今しがたライサに渡した二つを慌てて取り戻し、それをすかさず広げた。

「あら?」

 土や草どころか、汚れ一つない。新品を思わせる布の香り。彼は、わざわざ洗ってくれたのだろうか。

(どうやって?)

 水場は屋敷の裏だし、庭園の池はそこまで綺麗ではない。
 それに夕刻くらいに少し覗いた時には、まだショールをかけたままぐっすり眠っていた。乾かす暇すらなかった筈だ。
 そういえばーーと王女は昼間を思い出す。
 塀の外側で衛兵に追われていた彼は、どうやって内側に入ったのだろう。乗り越えようとすれば警報が鳴り、電撃が流れる筈なのにと。
 寝台に潜りながら考えるが、全く答えが浮かばない。

 明日は朝からお仕事だ。終わったら聞きに行こうーーそう思いながら王女は眠りに落ちていった。


  ◇◆◇◆◇


 国宝『竜の眼』。望んだものや人の姿を、数分間遠目に見ることが出来る。
 この街の何処かにいる友人の居場所は、わりとすぐに見つけることが出来た。ここから三ブロック程離れた街中の小学校である。

「夜毎どこかに出かけてるって聞いていたけど、ここに来ていたんだなぁ」

 難なく魔法を習得していく友人は、科学こそに興味が惹かれたのも容易に想像がつく。
 王子は友人の額に目をやった。あの大量の宝石が外され、隠すように上からターバンが巻かれている。
 この世界ではじゃらじゃらと額に宝石を何個もつけなくてもいい、顔を隠さずにいられるのだ。

「学校行って、友達と遊んで、年頃の子供みたいだ。てかまだ十二だっけ、ディルシャルク」

 それで大の大人とほぼ対等に渡り合い、東聖の内定まで獲得しているのだ。
 王子は友人の楽しそうな様子を確認すると、その国宝を懐にしまった。そしてそのまま、塔の部屋の窓から街を見下ろす。

(本当にすごいな、君は。僕はここに来ただけでボロボロなのに……)

 数々の国宝がなければ、既に生きていないだろう。
 一体いつから、どれだけの時間をこの隣国で費やしているのか。どこから見ても違和感無く順応するくらいに。
 でも彼をこのまま残して国に帰るわけにはいかない。
 帰るのに竜の瞳を使わなければいけない以上、元の魔法を使ってくれる彼がいないと帰れない、というのはあるのだが。

(この国には渡さない……絶対に)

 でも少しだけーーもう少しだけ、声をかけず見守っていようと思った。
 だって三ヶ月ぶりに見せている笑顔なのだから。

 それに、きっと戻ってきてくれると、信じているからーーーー。
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