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前編

第六章 壊れた憧れ-2

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「東聖シオネ殿の弟子でしたかな、貴方のナイトという噂もありますが。先の魔法競技会では圧倒的だったとも聞き及んでおりますよ」

 しかし所詮、未成年のアマチュア大会なので、実績と言うには弱い。
 ディルクは東聖の内定者と言えども、最近になってようやく周知され始めたばかりの、まだ就任もしていない十二の少年にすぎない。
 対してこの人物は、この国に六十しかいない将軍の、しかもトップクラスである。
 最近ディルクも新米将軍を相手に手合わせなどしているものの、雷子らいし氷子ひょうしなどのトップクラスとは名声共に明らかに差がある。
 世間的にどちらに分があるかは明白であった。

(うーん、やっぱりまだ弱いなぁ。二十二の私のパートナーとしては)

 名前を出しただけで、誰もがお似合いだと、手を出せない女と判断するくらいだと頼もしい。しかし言ってみた彼女自身が説得力に欠けると思ってしまう。
 将軍がまだ本気でないのが救いである。

「いや、失礼。私と比較してはいけませんでしたな。少年としてはなかなかでしょう」

(もう、舐められて……ディルクが勝つに決まってるのに!)

「全くですわ。宮廷魔法使いと将軍では比べるべくもありませんものね」
「ほほう、彼のオーラは私にも勝ると?」

 鋼子こうしは東聖という地位を軽んじているわけではない。
 そして彼女の言葉に、ふと最年少でその内定を得たという者のオーラに興味が湧いたようだ。
 ニヤリと笑って挑戦的な態度を示す将軍に、ナリィはすぐ様言い返そうとした。

「当然ですわ! それは見事な……」

 しかし言いかけてふと止まる。見事な、何だろうーーと。

 祖母のオーラは知っている。光り輝く巨大なファルコンだ。
 光の量があまりに大きすぎて、小さいころはその輪郭しか認識できなかったのをナリィは覚えている。
 しかし、ナリィはそもそもディルクのオーラを見たことがないということに気がついた。十年以上もその成長を見守ってきているというのに。

「それ程のものならば、いつか拝見させていただきたいものですなあ」

 心にもない台詞を吐きつつ去っていく将軍に、ナリィは引きつった笑みを浮かべるしかなかった。

 今まで可愛い弟のように接していたディルクが、東聖の内定をとり、夜会デビューを果たし、どんどんと世間に周知されていく。と同時に、その伴侶への期待も高まっていく。
 一番近しい独身女性のナリィとの噂もあるが、公に確定しているわけではなく、むしろ確定前ならばと歳も近く条件のいい見合い話は後をたたない。そして同時に彼女にも、そのような話はどんどん舞い込んでくる。
 結局、確かなものを公にしなければ、どんなに仲良しでいようと上の世代からは若者のままごとにしか見えないのである。

 他に意中の相手がいるわけではない。
 だが、もういい大人であるナリィが伴侶として選ぶには、まだまだ彼は幼すぎた。

(まだ、十二なのよね……そう、十二。せめてあと五年、ううん三年でいいから歳が近かったらなぁ)

 なにせ彼女から見ても、その歳の差から犯罪とすら思えてしまう。恋愛対象にすらなっていない。

(オーラ……か)

 それはいつも、外見も性別も歳も関係ない、生まれながらの個体値そのものを見せてくれる。
 かの将軍をもギャフンと言わせるようなオーラなら、舐められたりしなくなるだろうか。
 彼女自身も心強くなり、彼との将来を本気で考えられるようになるだろうかーー。


  ◇◆◇◆◇


「どうしたのさ、今日はずっと上の空で」

 心配そうに覗き込む小さなナイトに、座り込んで物思いに耽っていたナリィはふっと微笑んだ。

「ううん、なんでもない。ちょっと嫌味にあてられてね」
「大丈夫ならいいけど。嫌味が酷いんだったら遠慮なく頼ってよね?」

 まさか将軍に舐められて、自分とも恋愛対象になってないなんて言えない、言いたくない。
 彼はまだまだこれからだ。シオネの後継として正式に内定をもらい、世間の認識もますます広がっていく。
 誰もが認める東聖になり、身体も成長しきったら、一人の男性として恋愛対象にもなるかもしれない。
 きっとあっという間だよと思いながら、ナリィは立ち上がった。

 改めて彼を見やると、そこにあったのは頭上ではなく額だった。そのサークレットが目に止まる。
 シルバーの目立たない輪に無数の小さなダイヤモンドが埋まっていた。
 さらに髪にかかって目立たないようにしてあるが、こめかみの辺りには大きめのサファイアとルビーも備え付けられている。

「背が……伸びたわね、ディルク」
「そう? だと嬉しいな。ナリィを追い越すのは夢だからさ!」

 素直に喜ぶディルクは、いつものように頭を撫でられるかと思ったが、その手は頭ではなくちょうど彼女の目線にある額に向かい、そのサークレットを丁寧になぞっていた。

「ナリィ?」
「ああ、ごめんなさい。ディルク、こんなに宝石つけてたんだって思って」
「うんまあ……結構重たくなってきたけど、必要だってばあちゃんがさ」

 シオネは毎月、ディルクのサークレットに小さな宝石をどんどんと追加していくのだという。

「増えるたびに魔力は制限されていくし、この量には訓練の意味もあるとは思ってるけどね」

 それにしても、並の将軍以上につけている気がするとナリィは思った。

「私、見たことないのよね、ディルクのオーラ」
「そうだっけ?」
「見てみたいかも」
「ええっ!?」

 驚いてディルクは額のサークレットを抑え、ナリィを見返した。

「でもこれ、人前では絶対外しちゃ駄目だって、ばあちゃんにはかなりきつく言われてて……」

 科学世界でなくして新しく付け直してから一度も外していない。定期的に宝石の数だけは増えているが、輪っかそのものは外していない。
 ディルクですら自分のオーラなどもう三年も見ていないのである。

「そんなに?」

 不思議な話だとナリィは首を傾げた。額の輪など、貴族の中ではその日の気分で毎日付け替えている人もいる。
 彼女はふーんと顎に指を当てると、口元に笑みを浮かべ、悪戯っ子のような顔でディルクに問いかけた。

「ねえディルク、私のこと、好き?」
「えっ! ええっ!?」

 突然のナリィの思わぬ問いかけに、ディルクの顔はみるみる紅潮する。

「そ、そりゃ、す、すき、だけど……?」

 恥ずかしさに顔を腕で隠しながら、それでも素直な気持ちを答えるディルクは、実に微笑ましいーー子どもだった。
 だから今はまだ、こんな言葉だって彼女からはさらさらとでてくる。

「私も好きよ。もっともっと仲良くしたい。でも最近ディルクってば私に内緒で何処か行っちゃうことも多くて、結構さみしかったんだけどな」
「え、あ、ご、ごめん!」

 夜な夜な出かける自分を追求しないでくれていたのは有難いと思っているが、ことがことだけにディルクは詳細を話せない。
 しかし、だからこそそれは完全に彼にとって弱味になってしまっていた。
 そして彼女は、それを十分すぎるほど理解していたのだ。

「昔は何でも話してくれていたし、隠し事もなかったのに……オーラも、だめなの?」
「え、う……えっと……」

 少年の鼓動は高鳴りを続けた。
 頭がどんどんのぼせてきている。掴んでいたサークレットに次第に力が込もっていく。

「ね、ちょっとだけ! おばあちゃんには絶対内緒にするから!」

 日頃頼ってきたりすることなどめったにない彼女が、手を合わせて一生懸命お願いしてくる。
 そんな姿にディルクの心はぐらぐら揺れた。

「うう……もう、ほんと、ちょっとだけだよ? ナリィ」
「ありがとう、ディルク! 大好きよ!」

 極めつけに、ナリィはその柔らかな身体で少年をめいいっぱい抱きしめた。
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