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前編
第四章 帰国と再訪-3
しおりを挟む「大変だな、王家ってのも」
「ディルシャルクだってあと三年もすればこーなるんだからね! あ、でもナリィさんがいるか」
あまりの不意打ちに、ディルクはばさっと手に持っていた本を落としてしまった。
「は、はぁ~!?」
「十歳の違いはあっても、彼女は家柄的に問題ないし、シオネ殿の孫でしょ。何よりディルシャルク当人に気があるんだからさ」
「ちょ、なんでそんな、ええっ!?」
バレてないとでも思っていたんだろうかという顔をしつつ、動揺し顔を真っ赤にする友人に王子は続ける。
「だって、そんな話が来たら、断らないでしょ?」
「そ、そりゃあ……来たら、断らないと思うけど……」
なんだかくすぐったくて、期待しそうになってくる。
(本当に、俺とナリィが将来……)
考えれば考えるほど顔が熱くなり、ディルクの頭がのぼせてきた。
「意外にすぐだよそんなの。ナリィさんももう二十歳でしょ。ちゃんと決めておかないと。僕のお見合い候補になる可能性だってあるんだし」
「シルヴァレンの……見合いに、ナリィが……?」
驚きつつも、うーんと考え込むディルク。
「それは……別にいいけどなぁ」
「え、そうなの?」
むしろそっちの方が、年の差も少ないし、彼女のためになるんじゃないだろうかと唸る。
「よく知らない奴とかは嫌だよ。でもお前ならちゃんとしそうだし。俺はナリィが笑ってるのが一番、す、好きだし」
王子は首を傾げた。これが恋というものなのだろうかと。
彼女を思い、彼女のためを思って、顔を赤らめる友人。
彼にとって特別な存在ではあるのだろうけれどーー。
「でもお前なら、例え王家の勤めが大変でも、俺もそばで守ることも助けることも出来るから」
「え……」
王子が驚いて友人の顔を見上げると、彼は二度は言わないとばかりにその赤い顔を逸らしてしまっていた。
ディルクは床に落とした本を拾い上げ、軽くパンパンと埃をはたく。そして椅子に座り、パラリと本をめくった。
何事もなかったかのように、再び調べ物の活字を追い始める。
王子も課題の本に目を戻し、ペンをとる。
だが頬杖をついて、レポート一行書いたところで、王子は手元を見たまま後ろの友人に話しかけた。
「この間マナフィが南聖に就任して、きっともうすぐネスレイ、ガルデルマと続くよね」
先程とは違う、落ち着いた声。ディルクも顔を上げず、本の活字を追いながら応える。
「ネスレイはともかく、ガル確定なんだな」
西聖の弟子は五人程いて、ガルは中途だが、生まれたときから弟子だった人もいた筈だ。
北聖に関しては、もうネスレイが内定しており、彼が辞退しなければ疑うべくもないが。
「一目瞭然だね。頭一つ抜きん出てる。魔法だけでなく、勘も物覚えもいい」
「あーやっぱり?」
ディルクは思わず苦笑する。悪友とはいえ、実力は認めざるを得ない。
「適当だけどなーあいつ」
すると王子が顔を上げ、振り向いた。
「そこがいいんだよ。かっちりした指導者なんてよくない。ディルシャルクだって人のこと言えないでしょ」
「はぁ? 俺は真面目かつ真っ当な人生をだなぁ」
「真面目な子は五か月も家あけて修行サボって秘密なんて言わない」
ぐっとディルクが言葉に詰まった。しかし王子はそれには深く追求しないで続ける。
「とにかく、僕は嬉しいんだよ。近いうちに代替わりする四聖がみな、同年代でね」
ピクリとディルクの本をめくる手が止まる。
今まで周りにどう思われ、本人もそのつもりでも、それを王子と直接確かめたことはなかった。
先程の言葉を振り返る。
ーー例え王家の勤めが大変でも、俺もそばで守ることも助けることも出来るからーー
ディルクは一呼吸置くと振り返り、まっすぐ王子に目を向けた。
「……それ、俺含む?」
おそるおそる聞くと、王子はぱっと顔を輝かせ、満面の笑顔で言った。
「もちろん! 楽しみにしてるんだから、頑張ってよね、ディルシャルク」
未来の国王陛下に全力で期待されてしまった。でもその嬉しそうな顔は満更でもない。
「ったく、しょうがねぇなぁ」
期せずして、ディルクはニーマにした宣言を王子に対しても約束することになった。
穏やかな幼年時代が終わりを告げる。
魔法使いの少年はその未来への一歩を着実に踏み出していた。
◇◆◇◆◇
「この転移魔法で飛ぼうとしたのかい、無謀だねぇ」
完全回復し、五ヶ月前に使った転移魔法を師に見てもらうと、やれやれと呆れられてしまった。
ディルクはむすっと頬を膨らます。
「なら今月は転移魔法強化月間さね。あちこち行ってもらおうか」
「おお、もうどこにだって行ってやるよ、ちくしょうう!」
「とりあえずラクニアくらいなら、息をするように飛んでもらうよ」
うえぇ、と少年は思わず唸り声を上げた。
時間魔法の合格がもらえたと思ったらこれか。遠くなればなるほど、所要時間は短いほどに、難易度も上がれば魔力も必要だというのにと。
「まずベコの街から行こうかね? 夕飯までに二十往復。そうさね、荷物でも運んでもらおうか」
言って、シオネは王都の配送業を営むお店を探す。片手間にベコへの配送の仕事をさせる気満々である。
「生死の淵を彷徨ってきたばっかだってのに……」
「なんか言ったかい?」
「いいえっ! よろしくご指導願いますっ」
ディルクがビシッと返事をすると、よろしいと言わんばかりに、シオネはにやっと笑った。
◇◆◇◆◇
ラクニアへの転移も早々に成功させると、ディルクは繰り返し練習を重ねていく。
今日も今日とて王都の配送業者を手伝い、二十の荷物を往復十回程飛んで届けたところだった。
「し、しんどぉぉ……」
ばたっと地面に寝転がりながら、ディルクはどこまでも青い空と、その横にそびえる巨大な壁を見上げた。
今日は王都に戻る前に結界通過を練習しておきたいのだ。シオネが朝から会議で不在だから。
夏休み終了まで残り一週間。少しの無駄もできない。
なんとか結界通過も完璧にしたい。
「魔法鍛錬も、学校も、両立してやんだから」
ディルクは目を閉じ、一週間後を思い浮かべた。一日の修行を終えたらその足で隣国に飛び、学校へ行く。
「時差が……あるんだよね。感覚で八時間から十時間くらい……」
感覚でというのは、いつも結界通過時には気を失っているからである。今度こそはきちんと把握したいと思う。
ともかく、その時差を利用して両立できそうだと踏んでいる。
「ドクターの手伝いは減っちゃうけど、ね」
約束したのだ。また戻ると。
待っててくれる人がいる。会いたい人だっている。
何よりいつまでも興味が尽きないその世界を、諦めることなど出来ない。
「未来の宮廷魔法使いたる者、二世界の両立くらい出来なくてどーする」
よしっとディルクは起き上がり、調べた本の内容を思い出す。
それもこれも、結界を越えられなければ成り立たない話である。
「まずは結界越える練習だな」
少年は気合を入れて思いつく限りの模索を始めた。
そして、ディルクは夏の一ヶ月で、長距離転移魔法と結界通過を可能にする。
目標が明確で期限が限られていたためか、いつもの倍の習得速度に、シオネがまず驚いていた。
(本当に、この子は歴代の誰も到達しなかった最強の宮廷魔法使いになれるかもしれないね)
ディルクは齢十にも関わらず、世界一の魔法使いとして頭角を現し始めていた。
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