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忘却の河のほとりには

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 「ラシュレスタよ、我はそなたほど、ふてぶてしい者は会ったことがないわ」

 「そうですか。でしたら、鏡をご覧になれば即座にお会いできるかと・・・」

 ラシュレスタがさらりと応じた。

 「な~にを言っておるのだ、そなたは・・・鏡を見たら、麗しい我の姿しか見られないだろぅに。これだから、ほんとに・・・」

 魔王がブツブツとぼやきながら、ボリボリと長い爪であごを掻いた。

 互いに魔鏡越しの会話だ。こちらはアブラハムを使って、あちらは魔獄谷一万魔族を使って。基地局として、ラシュレスタのかつての城、エンドローズ城が使われている。

 「魔界の司令官たる者がフラフラ、フラフラと・・・情けない。身勝手で奔放なそなたがいつ帰ってきてもいいように、我がそなたの城を維持してやってたのに。それをなんだ、ん~? そなた、ヴィクトシェンダになにをした?」

 「なにをしたと聞かれましても。とある不法侵入者が結界を破ろうと、あまりにもしつこかったものですから。先方がちょうど支城を探されていたようなので、譲っただけですが・・・」

 「譲ったのは知っておる・・・が、そなたがただで譲るはずもなく、アレが何事もなく取引するはずがない。なにか企んでおるな?」

 「また、お得意の邪推ですか。そもそも、ヴィクトシェンダ公の仲介があって、このような通信が成り立っていますが、それも不服と?」

 こちらは忘却の河のほとりで、あちらは魔界で。なんとしてでも接触を図ろうとし続けた、その執念よ。

 その結果、城を譲った相手、ヴィクトシェンダの魔鏡“ハナイッチーモンメェ”を経由した、異階層間の通話が成立した。

 だが、受け入れたのには別の理由がある。

 魔鏡越しにも流れてくる、その禍々しい邪気が。その闇の属性が、この身にもこの場所にも多少は必要なのだ。致し方あるまい――ラシュレスタがローズティーの入ったカップを手に取った。

 「不服とか不服じゃないとか、そういう問題ではないのだ」

 「でしたら、ご用件はなんでしょう?」

 「ラシュレスタよ、我はそなたに文句があるのだぞぉ・・・我が気がつかぬと思っておるのか~? あの城・・・結界が強まったわ。そなた・・・さては、ヴィクトシェンダと・・・」

 相手の注意を引くために。魔王がそこで一度、あえて口を閉ざした。頬杖をついた者とカップから口を離した者と。互いの視線が絡み合う時間が流れる。

 「仲良しこよしで・・・乳繰り合ってるな・・・」

 しょせんはその程度の発想だろうなと、ラシュレスタがティーを静かにすすった。

 「我も混ぜぬかぁ~ なぜ誘わぬのだぁ~ そなたとヴィクトシェンダでは・・・」

 魔王が黙って視線を上に向けた。

 「ん~ まぁ・・・なんとも微妙な気もするがのぅ。だがのぅ、アレとまぐわうほど飢えているというのなら、意地をはらずに、我の愛妾になれぇぇ~ そろそろ我に抱かれぬか~」

 カップに着けている唇がフッと笑みを浮かべた。
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