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13:スフィンクスの館と再生の泉と

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 「そんなに心配するな。なるようになる」

 アトラスの声かけに、ハッと意識を現実に戻せば。いつの間にか、なだらかな勾配の石の階段を歩んでいる。

 時折、ピチョーン、ピチョーンと滴が落ちる薄暗い空間を。ポツン、ポツンと置かれた松明の光だけを頼りに、まるで儀式に出向くかのように降りていく。

 (ここは・・・)

 抱きかかえられている相手の肩越しには。ゴツゴツと突き出した壁面に、自分たちの影が大きく長く伸びている様が見えていて。その鍾乳洞に近い光景にわずかに戸惑っていると、

 「再生の泉カナートスへようこそ、お越し下さいました」

 と最下階から声が聞こえてきた。ぼわっと青白く光る岩壁の前で、待ち受けている存在は二体の獣人だ。

 正座をし、白と黒の猫の頭を床に付け、両手のひらを恭しく上げている。

 「やんごとなき御方よ、誠に恐縮ではございますが、ここから先は、ご利用になる方のみのご入場となります。アルファ属性の方はお入り頂けません。どうぞ、ご理解下さいませ」

 アトラスを恐れているのか。子供に近い小柄な体と声を小刻みに震わせながら告げる様は。なんだか、不必要に怯えさせているようで。こちらが申し訳ない気持ちにさせられる。

 「わかった。アトラス・・・降ろしてくれ」

 「オレに、ここで待っていろと言うのか」

 その冷ややかな声音での問いかけは自分に向けてではない。

 「ヒッ・・・な、なにとぞ・・・処女性を回復する特質の泉ゆえ・・・なにとぞ、ご、ご理解を」

 「アトラス・・・オレは一人で行くから・・・大丈夫だから」

 全身から不服を漲らせ、睨みをきかせる相手をなだめる。

 「な、中は、泉があるだけの岩洞がんどうでございます。だ、誰も入っておりません」

 「つ、付け加えて申し上げるのなら、この館の者は全て、デルタ属性でございます。つまり、メスしかおりません故、その点においても、ご、ご安心下さいませ」

 暗に、大切な存在が不埒ふらちな輩に襲われる可能性はないと告げて、忠勤を尽くす者たちに。

 「だから、なんだ。それで、オレにここで待てと?」

 となおも食い下がる。

 「ア、アトラス、な、だから・・・先に帰っててくれ。この程度の距離なら、すぐに戻れるし・・・ケールとルーベもいるわけだし」

 なぜ、そんなにも不機嫌な様子になったのか。まさか、一緒に入るつもりだったのだろうか。こちらは元々、その気はなかったが。降ろす様子を見せない相手に気持ちが焦る。

 「アトラス、な、頼むから・・・」

 フゥ・・・と大きく、アトラスが息を吐いて。ようやく身体が腕から地面へと解放された。

 「では、ここで待ってる」

 「えっ・・・」

 この長く垂れ下がる鍾乳石しょうにゅうせきと高く伸び上がった石筍せきじゅんや石柱しかないような場所で――と思わず、驚いてしまう。

 「アトラス、いや、心配はいらないから・・・部屋に先に戻っててくれ」

 「だめだ。ここで待つ」

 「アトラス・・・」

 それほどまでにこだわることだろうか。座るような場所もないというのに。困惑とともに相手の腕を掴んだまま、

 「テセウス」

 と呼ばれてじっと見つめ返す。

 「オレはお前と・・・」

 視線の先で、美しい青紫色の瞳を持つ者が告げた。

 「離れたくない」

 その告白に、目を大きく見開いた。
 
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