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10:ハデスの神殿と揺るがない求愛と

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 (あぁ、アトラス・・・)

 掴まれている両手から、向き合った相手の肉体から。ふわぁと猛烈なアルケーが流れこんできて。

 そのむせ返るような熱情に、体臭に、身体の奥に潜む情欲が揺さぶられる。この男が欲しいと、また、この男のモノになりたいと叫び始める。

 (いや、ダメだ・・・)

 そんなことは、ダメなのだ。この腕の中に収まってしまったら、ダメなのだ。そう頑ななまでの拒絶も同時に湧くのは、なぜなのか。自分に記憶がないせいなのか。

 「テセウス、怯えなくていい。オレの愛を受け入れてくれ」

 今にもそのまま口づけられそうな気配に、

 「あ、いやだ・・・アトラス・・・」

 と顔を横に背けた。行方を失った唇がすかさず耳へと触れてきて、

 「覚えているか? オレは約束を守ることができなかったが、いつしかお前もオレを求め、オレに愛され、悦んでいた」

 逃がさないとばかりに、追いつめんとばかりに事実を突き付けてくる。その熱さと愉悦を漂わす声音に、ハァァ・・・と瞳が潤む。

 「オレが欲しいと・・・ねだって・・・甘えた」

 その言葉に誘発されるかのように。身にも心にも植え付けられた従属の焔が、快感の残り火が、ズクズクッと。再び頭をもたげるような感覚がして、首を必死に振る。
 
 「ちがう・・・あれは・・・」

 「オレが好きだとお前は乱れた」

 「アトラス・・・それは・・・」

 「オレたちは互いに愛し合っているんだ・・・・・・そうだろう?」

 否定したい、恥ずかしい事実を楯にされて。けれども、そこに感じるのは、拒まないでくれ。否定しないでくれ――といった狂おしいまでの求愛だ。この男にそれほどまでに愛されているのだ。

 だが、嬉しいはずなのに、どこか追いこまれているような、退路を断たれているような気もして。揺れ動く。

 「アトラス、オレは・・・オレは・・・」

 拒まなくてはいけない。距離を置かなくてはいけない。けれども、自分は何なのか。自分はどうしたいのか。自分はなぜ受け入れられないのか――自身がわからないために、言葉が続かない。

 「だって、オレは・・・オレは・・・」

 この心は何にこだわっているのか。怯えているのか。わからない。ただ、言えることは――

 「オレには記憶がない・・・だから、だから・・・」

 だから、受け入れられないのだと。目尻や頬に口づけてくる相手に訴える。

 「オレはお前のそのままの全身全霊を愛している」

 「アトラス・・・」

 「身も心もオレのモノになってくれ。オレのツガイに・・・」

 「アトラス・・・そんな・・・」

 肩を押し返していた手が取られ、指先に想いをこめて口づけられる。

 「テセウス・・・あぁ、オレの愛しい・・・・・・」

 「アトラス・・・お前は・・・それで・・・んっ・・・いいのか・・・あっ・・・」

 抑えきれないといった様子で手首に舌を這わせ始めた相手に、ゾクゾクとさせられながらも伝える。

 「お前は・・・だって・・・その・・・」

 これほどまでの男がそこまでして自分なんかになぜ・・・と思った途端、ハッと脳裏によぎった。そうだ、アトラスは――

 「アトラス・・・お前は・・・アルファ神族じゃ・・・ないのか?」

 アトラスがピタリと動きを止めた。
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