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10:ハデスの神殿と揺るがない求愛と

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 その着地は水鳥が水面に舞い降りるがごとく、ふわさっ・・・と灰色の長い外套クライナと手を床に付けて。地にいる愛しい者へと、最大限の心を配った相手がゆったりと身を起こした。

 美しい顔を仮面と銀色の髪で半分隠して。静かに立ち上がった姿はくつろいだ長衣キトンの自分とは違って、いつもの見慣れた甲冑姿パノプリアだ。

 「テセウス、起きたのか」

 けれども、恋情を浮かべた青紫色の瞳とその声にドクンッと胸が高鳴った。

 (あぁ・・・)

 どうして、天井からいきなり現れたのか。どこに行っていたのか。そんな疑問すら一瞬で掻き消されるように、身体がジンと熱くなって。

 (ダメだ・・・)

 バッと条件反射的に背を向けた。

 ドクドクドクドクッ・・・と左胸のアルケーが急激に乱れて苦しい。姿を目にしただけだというのに、身も心も呼応するかのように昂ぶって。

 どれだけ、あの腕の中で、好きだと、好きだからと叫んで求めたか。そして、どれほど熱く求められたか。この肉塊もこの魂も覚えているのだ。震えが小刻みに全身に走る。

 (まずい・・・なんだ・・・これは・・・)

 こんな火照ったような状態になんかなりたくないのに。どうして、いきなりなってしまったのか。

 けれども、突如として不安定となったその肉体が。揺れる心ごと包まれるように、大きな腕に背後から抱きしめられた。

 「あっ・・・」

 「あぁ、テセウス・・・頼むから、嫌わないでくれ」

 ビクッと強張った身体の耳元に囁かれる。

 「二度としないと約束していて・・・・・・守れなかった不甲斐ない男だと思っているだろう。けれども、どうか許して欲しい。お前のことになるとオレは理性を失う。愛しているんだ」

 聞こえてきたその響きに目を大きく見開いた。

 「お前を心から愛している」

 繰り返されて、あぁ・・・と身の内が震え上がった。

 左の胸の奥で、あたかも水仙が花開いたかのように、愛に満ちたアルケーがふわんっと溢れ出て。

 潤んだ瞳に、熱くなった頬に、唇に、そして、首筋、四肢、指先と。全身の気脈を通って歓喜が行き渡り、さらには、花びらでも零れ落ちるのではないかと思えるほどに、吐息すらも染めて。

 (あぁ、そんな・・・)

 涙が滲んで、視界がぼやける。

 (アトラス・・・)

 愛していると言われたのだ。まるで、ずっと長く望んでいた願いがようやく叶えられたかのように、心が震える。

 (あぁ・・・)

 その愛の告白がこんなにも嬉しいなんて。自分は間違いなく愛されているのだ、この男に。

 『お前を心から愛している』 

 告げられた言葉を心の中で繰り返す。

 (アトラス・・・)

 身勝手さを感じるほどに強引に抱いておいて。けれども、その情交には、その行為の根底には、揺るがない自分への愛情があるのだ。

 (あぁ・・・)

 力の入らない身体が逞しい腕によって向きを変えられた。

 「テセウス、オレはお前の身も心も欲しい。お前のツガイになりたい」

 両腕が掴まれ、青紫色の瞳に射貫かれるように見つめられて。もう、どうしようもないほどの情愛の激流とその力強さに。

 「あっ・・・待って・・・待ってくれ・・・」

 と思わず抗って、首を横に振る。このまま、その腕に囚われてしまう感覚に。絡め取られて逃れられないかのような感覚に、身を委ねてしまいそうになりながらも。なぜだかやはり制御がかかる。

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