上 下
105 / 169
10:ハデスの神殿と揺るがない求愛と

3

しおりを挟む
  (アトラス…)

 その名を心の中で呼んで、両手で身体を強く抱きしめる。この身体はまた、あの男に抱かれてしまったのだ。二度としないと約束していたのに。

 『わかるまで離さない。いいな? お前はオレのモノなんだ』

 そう囁かれ続けて、どれだけの長い時間、翻弄されたか。

 繰り返される射精の伴わない絶頂と、出させてもらえないそのもどかしさの間で、何度も恍惚とさせられては悶えて。

 はしたなくねだっては存分に与えられ、また無慈悲にも取り上げられては、その性の棒にひたすら溺れて。

 わかるまでと宣告されたように、徹底的に、延々と。もはや、暴かれてない場所などないこの身体は全て、そう全部が、あの男のモノになったのだ。

 『オレが好きなんだな? そうなんだな?』

 脳裏に再生された言葉に、あぁ…と眉間に皺を寄せる。約束を踏みにじるようにして反故にされたというのに。二度目の情交を無理矢理強いられたというのに。

 いやだとあれほど拒んだのに、またあんなにも淫らな状態にさせられたというのに。

 「あぁ、アトラス…」

 声に出して、噛みしめるようにして瞳を閉じる。そうだ、好きなのだ。身体だけじゃない、心も奪い尽くされた。

 何度も、好きだからと叫び返して、その愛撫を貪欲に欲したことを。それは本意ではなかったと。快感の虜にされての無理強いだったと、否定できない自分がいる。

 これで嫌いになれていたら、どんなに楽だっただろうか。さんざん射精を盾に調教されて、弄ばれたと憤り、憎んでいることができていたら、どんなによかっただろうか。

 でも、実際は違うのだ。今、心に湧き上がる想い、それは――

 『オレが欲しいと・・・言うんだ』

 耳に残り続けるその言葉だ。

 なぜ、そんな言葉だったんだ。なぜ、そんなにも繰り返したんだ。なぜ、そんな声音だったんだ。

 それはまるで、湧き出てやまない欲する想いが、お前も欲してくれと必死になって叫んでいるかのようで。

 (アトラスは…オレを…)

 そうだ、間違いない。アトラスは自分のことを本当に愛しているのだ。時折、怖ささえ感じるほどの強い執着でもって。自分を欲しているのだ。

 激しかった情交から、その愛撫から、そのアルケーから。お前を愛していると。だから、身体だけじゃなく、心も求められたと感じているのだ。

 (アトラスは、彼らとは違う…)

 なぜだか、ふとそう思った。夢に出てきたあの闇色の男たちとは違うと。

 (そうだ。アトラスは彼らとは違う…)

 孕まされる側の性、オメガの肉体を弄ぶような連中とは違うのだ。この身体を身綺麗にしたのもアトラスだ。違いない。そう感じた途端に、涙がなぜか滲んで、ハッとする。手のひらでぐずっと鼻をすすった。

 (どうして…どうしてなんだろう…?)

 夢に過ぎないというのに、比較して涙が出るなんて。まるで、先ほど見た内容が現実であるかのように捉えている。それは一体、なぜなのだろうか。

 (そうだ、オレは…)

 誰かを守りたいと助けたいと、強く願っていたような気がする。

 (あの人は、誰なんだろうか…)

 幾度となく夢に出てくるあの美しい存在は。それほどまでの想いが心の根底にあるのならば、現実ではないのか。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

宰相閣下の執愛は、平民の俺だけに向いている

飛鷹
BL
旧題:平民のはずの俺が、規格外の獣人に絡め取られて番になるまでの話 アホな貴族の両親から生まれた『俺』。色々あって、俺の身分は平民だけど、まぁそんな人生も悪くない。 無事に成長して、仕事に就くこともできたのに。 ここ最近、夢に魘されている。もう一ヶ月もの間、毎晩毎晩………。 朝起きたときには忘れてしまっている夢に疲弊している平民『レイ』と、彼を手に入れたくてウズウズしている獣人のお話。 連載の形にしていますが、攻め視点もUPするためなので、多分全2〜3話で完結予定です。 ※6/20追記。 少しレイの過去と気持ちを追加したくて、『連載中』に戻しました。 今迄のお話で完結はしています。なので以降はレイの心情深堀の形となりますので、章を分けて表示します。 1話目はちょっと暗めですが………。 宜しかったらお付き合い下さいませ。 多分、10話前後で終わる予定。軽く読めるように、私としては1話ずつを短めにしております。 ストックが切れるまで、毎日更新予定です。

貧乏Ωの憧れの人

ゆあ
BL
妊娠・出産に特化したΩの男性である大学1年の幸太には耐えられないほどの発情期が周期的に訪れる。そんな彼を救ってくれたのは生物的にも社会的にも恵まれたαである拓也だった。定期的に体の関係をもつようになった2人だが、なんと幸太は妊娠してしまう。中絶するには番の同意書と10万円が必要だが、貧乏学生であり、拓也の番になる気がない彼にはどちらの選択もハードルが高すぎて……。すれ違い拗らせオメガバースBL。 エブリスタにて紹介して頂いた時に書いて貰ったもの

恋のキューピットは歪な愛に招かれる

春於
BL
〈あらすじ〉 ベータの美坂秀斗は、アルファである両親と親友が運命の番に出会った瞬間を目の当たりにしたことで心に深い傷を負った。 それも親友の相手は自分を慕ってくれていた後輩だったこともあり、それからは二人から逃げ、自分の心の傷から目を逸らすように生きてきた。 そして三十路になった今、このまま誰とも恋をせずに死ぬのだろうと思っていたところにかつての親友と遭遇してしまう。 〈キャラクター設定〉 美坂(松雪) 秀斗 ・ベータ ・30歳 ・会社員(総合商社勤務) ・物静かで穏やか ・仲良くなるまで時間がかかるが、心を許すと依存気味になる ・自分に自信がなく、消極的 ・アルファ×アルファの政略結婚をした両親の元に生まれた一人っ子 ・両親が目の前で運命の番を見つけ、自分を捨てたことがトラウマになっている 養父と正式に養子縁組を結ぶまでは松雪姓だった ・行方をくらますために一時期留学していたのもあり、語学が堪能 二見 蒼 ・アルファ ・30歳 ・御曹司(二見不動産) ・明るくて面倒見が良い ・一途 ・独占欲が強い ・中学3年生のときに不登校気味で1人でいる秀斗を気遣って接しているうちに好きになっていく ・元々家業を継ぐために学んでいたために優秀だったが、秀斗を迎え入れるために誰からも文句を言われぬように会社を繁栄させようと邁進してる ・日向のことは家族としての好意を持っており、光希のこともちゃんと愛している ・運命の番(日向)に出会ったときは本能によって心が惹かれるのを感じたが、秀斗の姿がないのに気づくと同時に日向に向けていた熱はすぐさま消え去った 二見(筒井) 日向 ・オメガ ・28歳 ・フリーランスのSE(今は育児休業中) ・人懐っこくて甘え上手 ・猪突猛進なところがある ・感情豊かで少し気分の浮き沈みが激しい ・高校一年生のときに困っている自分に声をかけてくれた秀斗に一目惚れし、絶対に秀斗と結婚すると決めていた ・秀斗を迎え入れるために早めに子どもをつくろうと蒼と相談していたため、会社には勤めずにフリーランスとして仕事をしている ・蒼のことは家族としての好意を持っており、光希のこともちゃんと愛している ・運命の番(蒼)に出会ったときは本能によって心が惹かれるのを感じたが、秀斗の姿がないのに気づいた瞬間に絶望をして一時期病んでた ※他サイトにも掲載しています  ビーボーイ創作BL大賞3に応募していた作品です

童貞処女が闇オークションで公開絶頂したあと石油王に買われて初ハメ☆

はに丸
BL
闇の人身売買オークションで、ノゾムくんは競りにかけられることになった。 ノゾムくん18才は家族と海外旅行中にテロにあい、そのまま誘拐されて離れ離れ。転売の末子供を性商品として売る奴隷商人に買われ、あげくにオークション出品される。 そんなノゾムくんを買ったのは、イケメン石油王だった。 エネマグラ+尿道プラグの強制絶頂 ところてん 挿入中出し ていどです。 闇BL企画さん参加作品。私の闇は、ぬるい。オークションと石油王、初めて書きました。

寝不足貴族は、翡翠の奴隷に癒される。

うさぎ
BL
市場の片隅で奴隷として売られるゾイは、やつれた貴族風の男に買われる。その日から、ゾイは貴族の使用人として広大な館で働くことに。平凡で何の特技もない自分を買った貴族を訝しむゾイだったが、彼には何か事情があるようで……。 スパダリ訳あり貴族×平凡奴隷の純愛です。作中に暴力の描写があります!該当話数には*をつけてますので、ご確認ください。 R15は保険です…。エロが書けないんだァ…。練習したいです。 書いてる間中、ん?これ面白いんか?と自分で分からなくなってしまいましたが、書き終えたので出します!書き終えることに意味がある!!!!

束縛系の騎士団長は、部下の僕を束縛する

天災
BL
 イケメン騎士団長の束縛…

無口な夫の心を読めるようになったら、溺愛されていたことに気付きました

ななな
BL
砂漠の国ルータパの第二王子だったアルルが隣国の第一王子と結婚してから一年が経つ。 しかし、今だに夫の考えてる事がよくわからなかった。 結婚当初に形式的に番となった時以来、夜を過ごしていない。 もしかしたら浮気をしているんじゃないか。 オメガだからと不当な扱いはしてこないが、夫から愛されていないのかもしれない。 様々な不安を抱いていたアルルだったが、突然無口な夫の心が読めるようになり…。 ※オメガバースの世界観の説明なしに進みます。

【BL】齢1200の龍王と精を吸わないオタ淫魔

三崎こはく
BL
人間と魔族が共存する国ドラキス王国。その国の頂に立つは、世にも珍しいドラゴンの血を引く王。そしてその王の一番の友人は…本と魔法に目がないオタク淫魔(男)! 友人関係の2人が、もどかしいくらいにゆっくりと距離を縮めていくお話。 【第1章 緋糸たぐる御伽姫】「俺は縁談など御免!」王様のワガママにより2週間限りの婚約者を演じることとなったオタ淫魔ゼータ。王様の傍でにこにこ笑っているだけの簡単なお仕事かと思いきや、どうも無視できない陰謀が渦巻いている様子…? 【第2章 無垢と笑えよサイコパス】 監禁有、流血有のドキドキ新婚旅行編 【第3章 埋もれるほどの花びらを君に】 ほのぼの短編 【第4章 十字架、銀弾、濡羽のはおり】 ゼータの貞操を狙う危険な男、登場 【第5章 荒城の夜半に龍が啼く】 悪意の渦巻く隣国の城へ 【第6章 安らかに眠れ、恐ろしくも美しい緋色の龍よ】 貴方の骸を探して旅に出る 【第7章 はないちもんめ】 あなたが欲しい 【第8章 終章】 短編詰め合わせ ※表紙イラストは岡保佐優様に描いていただきました♪

処理中です...