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1:囚人テセウス

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 「ヒヒヒ・・・知りてぇかい?」

 どこか嬉々とした色を帯びた声音に。心情としては知りたいところだが、あえて無言を貫く。お前の知らないことを知ってるんだぜといった相手の優越感を満たしてやるつもりはない。

 タプン・・・チャポン・・・タプン・・・チャポン・・・

 ただ前を見据えたまま。青白い霧に包まれた水路を舟が進む。見えてきた橙黄とうこう色に光る、その異階層への入り口を目指して。

 おそらくそこは――と思ったところで、カローンが沈黙を破った。

 「あんた、ほんっと変わってるよなぁ。その臆することなんてねぇ雰囲気といい、打たれ強そうな精神力といいよぉ、それに滅多にいねぇ美形だしよぉ・・・もしかしたら半神半人だったりするかもなぁ」

 探るような視線を背中に感じながら。聞こえてきた感想に、それもないだろうと心中で応じる。

 自分はただの人間だ。剣を持って戦う類いの。それ以上でもそれ以下でもない。漠然とだがそんな気がする。

 「けどよぉ、あんたがどんな訳ありの超人であろうとよぉ、間違いなく罪人なんだ。そのティーチェスタトルベは外れねぇ・・・冥府の王の封印とその下にはハデスさまの裁きのこてによって付けられた罪人の焼き印がしっかりとあるからよぉ。仮に神々の恩恵で外してもらえたとしても、恥ずかしいったらありゃしねぇ・・・ヒヒヒ・・・」

 (罪人の焼き印・・・裁きの鏝・・・)

  これらの言葉についてはピンとこない。今の自分の知識の中にはない感覚だ。

 「ほらよぉ、着いたぜぇ・・・嘆きの神殿だ」

 薄暗い空間から抜け出るその一瞬だけ、眩しいばかりの光に包まれる。そして、すぐさま星空が輝く夜の空間が目の前に広がった。

 階層の境界線を越えて着いた地は。砂浜の先に広大な砂漠が待ち受け、ポツン、ポツン、ポツンと三つの神殿が建っている。

 右から金、白、黒と。松明の光でうっすらと建物の色がわかる。三色だ。

 ザッ・・・

 砂地に舳先へさきが乗り上げた。立ち上がって縁を跨いで下りる。サク、サクとした砂地の感触の中、神殿に向かって歩み始める。そうすべきなのだとなぜだか理解していて。

 「またな、別嬪さん」

 背後からかけられた言葉にわずかに視線を向けた。だが、返事をする気にはならない。

 こちらは「またな」といった気分でもなければ、どちらかと言えば二度と会いたくない輩だ。だが、有限なる命を持っている以上、確かにその「またな」は正しいだろう。

 「あんたの場合はよぉ・・・逆にその貞操帯は取れねぇ方が都合いいかもしれねぇよなぁ? あんたみたいな奴は上位のオスに噛まれたくねぇだろうからよぉ・・・ヒヒヒ・・・」

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