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第13章 黄金の林檎の園ヘスペリデス

4 本当は…誰なんだ

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「オルフェウス…オレの身体に何があったんだ…?」
「そうだな、まず…術をかけられた身とは、見方を変えれば術者によって保護された状態であるとも言える。その保護された状態に不当な介入がなされた場合、先に征服している支配者を駆逐しに侵入者の術が一斉に襲いかかる。ハデスは乗っ取りを遂げたアウゲイアスから急襲されたわけだが、突き返すことはせずにあえて受けとめた…が、やはり限界があった」
「えっ、な、なぜ…その…冥府の王はアウゲイアスへ…攻撃を突き返さなかったんだ?」
魔妖気マギアアルケーを強大な力で跳ね返すことで、術を施している君が巻きこまれることを危惧した。君が消滅してしまったら…と」

(オレのために…?)

 誇り高きアルファ神族の柱たる存在が一介の囚人にすぎない自分のために、卑劣な輩の攻撃を甘んじて受けたというのだろうか。

「そ、それで…冥府の王は無事なのか?」
「問題ない。むしろ一時的にクズから我慢を強いられるという屈辱があった分、アウゲイアスの魂をいたぶることにも熱が入ってる」

(そ、そんな…)

 死後の世界で、アウゲイアスがどんな仕打ちをされているのかをわずかに頭に描いただけでも背筋が凍る。
 もはや死ねない身がいたぶられる苦痛とはどれほどのものなのか。
 だが冥界だけでなくオリュンポスの裏の統治者でもあるハデスが一時とはいえ、雑魚から好き勝手にされたのだ。
 さぞかしはらわたが煮えくりかえったに違いないとその怒りは容易に想像できた。
 オルフェウスがフゥ…と嘆息した後に、こちらの出る幕がないくらいだとつまらなそうにつぶやき、続けた。

「君と愛し合うことで霊気をその身に注げたが、生命の維持といった面では一時しのぎにすぎなかった。最終的にはハデスが術を丁寧に補修し復活させることで君はまた目を覚ました。だから日数がかかったんだ」
「そうか…そうだったのか」

 事の経過を知って深く感じ入ると同時に疑問が湧いた。
 自分には一体なんの術がかけられているのか。
 元々は罪を犯し、恩赦を得た囚人が、さらなる恩恵と新しい人生を得るために使命をこなしていたのではないのか。
 どう捉えても、ただの逆行者の域を越えている。
 何かある。
 やはり自分の身には封印された記憶と一緒に何かがあるのだ。
 そして――

(オルフェウス…あんたは…本当は…誰なんだ…)

 事情通の案内役ではもう片付かない。
 冥府の王と対等な視点で接することができる、高位の神族であることはもはや疑いようもない。
 監獄の塔を所有し自分を犯した、黄金の髪のアルファ。
 仮面の下に正体を隠している男。
 恋しくてたまらないと同時に不安がつきまとう相手。
 その謎めいた美形が口を開いた。

「我々はそろそろ行かなくてはならない…時間がもうない」

(時間が…もうない…)

 静かに告げられた言葉がなぜだか妙に心に染み入った。
 そうだ、夢の時間は終わりを告げるのだ。
 エウリュディケとしてオルフェウスと共に旅をした愛おしい時間はここで幕を閉じる。

(オレたちは…結ばれない…)
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