91 / 153
第9章 ハデス神殿での求愛
5 恋人同士であれば
しおりを挟む
そう頑なまでに拒絶も同時に湧くのは、なぜなのか。
記憶がないせいなのか。
(オレの過去には…一体なにがあるんだろうか…)
ぞわりとした不安がこみあげてきて、先ほどとは異質な震えに襲われた。
記憶がない自分がかつて何をしでかしたのかを考えるとこわくてたまらない。
その、まるで糸が切れた凧のように行く先を失った心情を察知されたのか、そっと身を離したオルフェウスから、体調はどうだ?と尋ねられた。
「えっ…」
「足は痛まないか?」
「あ、うん…特に…」
「そうか、おそらくは問題なく治っているはずだ」
脚の状態を確かめようとして毛布を握られるが、直ぐに手を引かれた。
「君は…再生の泉の霊気で…今回は柔らかみを失うことなく眠っていたからな」
配慮を見せた相手からのさりげなく伝えられた事実に、えっ…と驚き、そうだと思い至る。
即座に尋ねた。
「あれから…どのくらい経ってるんだ?」
昨晩の感覚でいたが神殿の中にいるのだ。
しかもアルペイオス河沿いのハデス神殿と言っていたはずだ。
その場所であるならば一両日では着かないはずだ。
「…少し散策しないか」
「あっ…」
脇と膝裏に手を素早く入れられ、毛布ごと横向きに抱きかかえられるや否や、パシャン、パシャン、パシャンと水面に浮かぶ岩の上を移動し始めた。
「アレイ、服は持ってきたか」
「ブルルッ」
岸で待っていた大型の魔獣が咥えていたカゴを差し出すと、地面へと優しく降ろされ、一人で着替えられるかと尋ねられる。
「そ、そんなの、できるに決まってるだろっ」
とアタフタして返した。
噛み痕も治っていれば、いろいろされた肉体だって再生の泉のおかげで復活しているのだ。
なんの問題もない。
ちょっと後ろを向いてくれないかと告げると、青灰色の瞳を楽しそうに細めた後に背を向けられた。
そそくさとカゴに入っていた衣服を身に付けると律儀に振り向くことなく待っていた者の横へと並び、あえて念を押した。
「歩いて行こう」
こうでも伝えておかないと抱きかかえられる可能性が高い相手なのだ。
主導権を取って先に足を踏み出すとすぐさま追いかけてきた指に指を絡められ、手を繋がれた。
(あっ…)
それは愛し合っている恋人同士であれば自然な行為なのかもしれない。
けれども記憶を失った身には初めての経験だ。
トクトクンッ、トクトクンッと鼓動が乱れて直ちに下を向いてしまう。
「憩いの場が近くにある」
一歩前へと歩き出した背中を、手を引かれながらそっと見上げた。
(オルフェウス…)
この雄々しい肉体に抱かれたのだ、意識を手放すほどに激しく。
この申し分ないアルファの男にだ。
(あぁ…)
そのうえ番いになりたいと求愛もされていて。
やはり嬉しいと、どうにも否定できない甘美な悦びに浸る。
このまま使命が無事に終わったら、素直に身を任せてしまえばいいじゃないかと心の片隅でもう一人の自分がつぶやいた。
求められるままに。
過去へのこだわりなど、もう捨て去ってしまえと。
記憶がないせいなのか。
(オレの過去には…一体なにがあるんだろうか…)
ぞわりとした不安がこみあげてきて、先ほどとは異質な震えに襲われた。
記憶がない自分がかつて何をしでかしたのかを考えるとこわくてたまらない。
その、まるで糸が切れた凧のように行く先を失った心情を察知されたのか、そっと身を離したオルフェウスから、体調はどうだ?と尋ねられた。
「えっ…」
「足は痛まないか?」
「あ、うん…特に…」
「そうか、おそらくは問題なく治っているはずだ」
脚の状態を確かめようとして毛布を握られるが、直ぐに手を引かれた。
「君は…再生の泉の霊気で…今回は柔らかみを失うことなく眠っていたからな」
配慮を見せた相手からのさりげなく伝えられた事実に、えっ…と驚き、そうだと思い至る。
即座に尋ねた。
「あれから…どのくらい経ってるんだ?」
昨晩の感覚でいたが神殿の中にいるのだ。
しかもアルペイオス河沿いのハデス神殿と言っていたはずだ。
その場所であるならば一両日では着かないはずだ。
「…少し散策しないか」
「あっ…」
脇と膝裏に手を素早く入れられ、毛布ごと横向きに抱きかかえられるや否や、パシャン、パシャン、パシャンと水面に浮かぶ岩の上を移動し始めた。
「アレイ、服は持ってきたか」
「ブルルッ」
岸で待っていた大型の魔獣が咥えていたカゴを差し出すと、地面へと優しく降ろされ、一人で着替えられるかと尋ねられる。
「そ、そんなの、できるに決まってるだろっ」
とアタフタして返した。
噛み痕も治っていれば、いろいろされた肉体だって再生の泉のおかげで復活しているのだ。
なんの問題もない。
ちょっと後ろを向いてくれないかと告げると、青灰色の瞳を楽しそうに細めた後に背を向けられた。
そそくさとカゴに入っていた衣服を身に付けると律儀に振り向くことなく待っていた者の横へと並び、あえて念を押した。
「歩いて行こう」
こうでも伝えておかないと抱きかかえられる可能性が高い相手なのだ。
主導権を取って先に足を踏み出すとすぐさま追いかけてきた指に指を絡められ、手を繋がれた。
(あっ…)
それは愛し合っている恋人同士であれば自然な行為なのかもしれない。
けれども記憶を失った身には初めての経験だ。
トクトクンッ、トクトクンッと鼓動が乱れて直ちに下を向いてしまう。
「憩いの場が近くにある」
一歩前へと歩き出した背中を、手を引かれながらそっと見上げた。
(オルフェウス…)
この雄々しい肉体に抱かれたのだ、意識を手放すほどに激しく。
この申し分ないアルファの男にだ。
(あぁ…)
そのうえ番いになりたいと求愛もされていて。
やはり嬉しいと、どうにも否定できない甘美な悦びに浸る。
このまま使命が無事に終わったら、素直に身を任せてしまえばいいじゃないかと心の片隅でもう一人の自分がつぶやいた。
求められるままに。
過去へのこだわりなど、もう捨て去ってしまえと。
19
お気に入りに追加
54
あなたにおすすめの小説
兄がいるので悪役令嬢にはなりません〜苦労人外交官は鉄壁シスコンガードを突破したい〜
藤也いらいち
恋愛
無能王子の婚約者のラクシフォリア伯爵家令嬢、シャーロット。王子は典型的な無能ムーブの果てにシャーロットにあるはずのない罪を並べ立て婚約破棄を迫る。
__婚約破棄、大歓迎だ。
そこへ、視線で人手も殺せそうな眼をしながらも満面の笑顔のシャーロットの兄が王子を迎え撃った!
勝負は一瞬!王子は場外へ!
シスコン兄と無自覚ブラコン妹。
そして、シャーロットに思いを寄せつつ兄に邪魔をされ続ける外交官。妹が好きすぎる侯爵令嬢や商家の才女。
周りを巻き込み、巻き込まれ、果たして、彼らは恋愛と家族愛の違いを理解することができるのか!?
短編 兄がいるので悪役令嬢にはなりません を大幅加筆と修正して連載しています
カクヨム、小説家になろうにも掲載しています。
双子の番は希う
西沢きさと
BL
孕ませたい。その本能こそが絶対だというのなら、そんなものクソ喰らえだ……!
真堂家には秘密がある。
血の繋がった双子であるにもかかわらず、兄の翠と弟の翼が番となっていることだ。
きっかけは、十五の夏。
両親が不在の際、翠に初めてのヒートがきて……。
◆
似てない双子のオメガバースです。
弟(α)×兄(Ω)
双子の兄に強い執着を抱いている弟と、同じ気持ちを抱きながら世間の目を無視できない兄の話。
ハピエンです。
独自の設定があります。妊娠に纏わる話題は出ますが、妊娠・出産の描写はありません。
◆
完結させた後になってしまったのですが、双子が中学生の過去編を前にひとつ書いていたのを思い出したので、せっかくですし追加しておきました。
同級生の女子視点です。女子からの恋愛感情はありません。
疎まれ第二王子、辺境伯と契約婚したら可愛い継子ができました
野良猫のらん
BL
親に殴られる寸前の獣人の子供がいたから、身を挺して守っただけなのに……
いきなりプロポーズされ、夫と子供ができることになりました!
家族に疎まれて育った第二王子のアンリにプロポーズしてきたのは、狼獣人の辺境伯グウェナエル。澄ました顔でキリッとしてるけど、尻尾がぶんぶん揺れまくってる。見た目ハスキー犬の、性格ただの人懐っこい天然おまぬけ駄犬。これが夫で大丈夫なのか?(正直可愛い)(もふもふしたい)と思いつつも、辺境伯の伴侶になることで、自分を疎んできた父親や兄にざまあすることに。
アンリが守った子供、テオフィルを虐待から守るために継子にし、一家の生活が始まる。このテオフィルが天使のようにけなげで可愛らしい! ぬいぐるみのように愛らしい継子を、アンリは全力で可愛がろうと決意する。
可愛い獣人の夫と可愛い獣人の子供に囲まれた、ハートフルもふもふBL!
※R18シーンが含まれる部分には、タイトルに*をつけます。
ポンコツ女子は異世界で甘やかされる(R18ルート)
三ツ矢美咲
ファンタジー
投稿済み同タイトル小説の、ifルート・アナザーエンド・R18エピソード集。
各話タイトルの章を本編で読むと、より楽しめるかも。
第?章は前知識不要。
基本的にエロエロ。
本編がちょいちょい小難しい分、こっちはアホな話も書く予定。
一旦中断!詳細は近況を!
婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。
束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。
だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。
そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。
全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。
気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。
そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。
すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。
恋するように、歌うように
せんりお
BL
この世界でΩは底辺を生きる存在である。
例えば、Ωはコンクールに出場する権利がない。スポーツの大会にも、公的な会議にも出られない。こんな世界の底で、香坂奏始はそれでもピアニストだった。
寂れたバーの片隅でピアノを弾く奏始に声をかけたのはαのヴァイオリニスト、宮瀬真尋。世界級の実力者の宮瀬に「俺と組め」と言われた奏始は二人でユニットを組むことになるが……。
超ハイスペックαとどん底を生きてきた強気Ωのオメガバース
※R18描写を含みます
※オメガバースに関する自己解釈を含みます
婚約解消して次期辺境伯に嫁いでみた
cyaru
恋愛
一目惚れで婚約を申し込まれたキュレット伯爵家のソシャリー。
お相手はボラツク侯爵家の次期当主ケイン。眉目秀麗でこれまで数多くの縁談が女性側から持ち込まれてきたがケインは女性には興味がないようで18歳になっても婚約者は今までいなかった。
婚約をした時は良かったのだが、問題は1か月に起きた。
過去にボラツク侯爵家から放逐された侯爵の妹が亡くなった。放っておけばいいのに侯爵は簡素な葬儀も行ったのだが、亡くなった妹の娘が牧師と共にやってきた。若い頃の妹にそっくりな娘はロザリア。
ボラツク侯爵家はロザリアを引き取り面倒を見ることを決定した。
婚約の時にはなかったがロザリアが独り立ちできる状態までが期間。
明らかにソシャリーが嫁げば、ロザリアがもれなくついてくる。
「マジか…」ソシャリーは心から遠慮したいと願う。
そして婚約者同士の距離を縮め、お互いの考えを語り合う場が月に数回設けられるようになったが、全てにもれなくロザリアがついてくる。
茶会に観劇、誕生日の贈り物もロザリアに買ったものを譲ってあげると謎の善意を押し売り。夜会もケインがエスコートしダンスを踊るのはロザリア。
幾度となく抗議を受け、ケインは考えを改めると誓ってくれたが本当に考えを改めたのか。改めていれば婚約は継続、そうでなければ解消だがソシャリーも年齢的に次を決めておかないと家のお荷物になってしまう。
「こちらは嫁いでくれるならそれに越したことはない」と父が用意をしてくれたのは「自分の責任なので面倒を見ている子の数は35」という次期辺境伯だった?!
★↑例の如く恐ろしく省略してます。
★9月14日投稿開始、完結は9月16日です。
★コメントの返信は遅いです。
★タグが勝手すぎる!と思う方。ごめんなさい。検索してもヒットしないよう工夫してます。
♡注意事項~この話を読む前に~♡
※異世界を舞台にした創作話です。時代設定なし、史実に基づいた話ではありません。【妄想史であり世界史ではない】事をご理解ください。登場人物、場所全て架空です。
※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義なのでリアルな世界の常識と混同されないようお願いします。
※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。
※価値観や言葉使いなど現実世界とは異なります(似てるモノ、同じものもあります)
※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。
※話の基幹、伏線に関わる文言についてのご指摘は申し訳ないですが受けられません
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる