上 下
39 / 63
ふざけたハンドルネームのままBLゲームの世界に転生してしまった話

39 いつか本当の名を

しおりを挟む

 枕と、布団と……毛布の感覚だ。
 誰かが保健室に運んでくれたのかな。
 それに、胸が温かい。
 ……というかこの、あったかいの、覚えがあるぞ。もしかして……?

「クルス⁉︎」

 俺が布団から飛び起きると、そこには新生児のモロー反射のごとく、びくっと両手をあげて驚いたクルスがいた。
 どうやらまた、クルスと保健室のお世話になってしまったみたいだ。

「わっ‼︎ ……びっくりした。
 お前、まだ動かない方がいいぞ。もう一回横になれ」

 そう言ってクルスは、俺の胸と背中に手を添えて再びベッドに臥すように促したが、俺はそれに反発して再び身を起こした。

「いやいやいや!
 っていうか……劇は大丈夫だったのか? 」
「劇は無事に終わったよ。
 伝統として毎年使ってるものだから……お前には悪いけど、エドワードが見つけてくれた冠を使った」

 そりゃそうだ。普通に考えて、元々使う予定だった冠が見つかったのなら、そっちを使うに決まってる。
 シナリオとは違う場所にあっても、エドワードはそれを見つけ出した。やっぱり、エドワードはこの世界の『ヒーロー』なんだ……俺と違って。

「はは、俺がやった事、完全に無駄だったな」

 わかってはいるけど、どこか虚しい気持ちになる。

「……無駄なんかじゃないよ、
「……え?
 
 今、俺の事、"コノハ"って呼んだか……?」

 クルスは俺の作った不恰好な月桂樹の冠で顔の下半分を隠すと、上目遣いでこちらを見た。
 
「だってお前の本当の名前は、コノハ・ゲーだろう?
 ……今までずっと、ハゲって呼んでしまっていたけれど」
 
 少しつり目の大きな目が、まるで黒猫のようだ。
 なんだこの可愛い生き物は……って、俺は今一体、何を考えた⁉︎

「あの…、その冠……まだ持ってたの?」

 俺は気を逸らすように、クルスから冠に視線を移した。
 今更だけど、こんなのをクルスが本番で付ける羽目にならなくてマジで良かった。見れば見るほど素人クオリティ丸出しで、ひどい出来だ。

「捨てちゃって良かったのに……」
「捨てないよ」

 クルスは冠をベッドの傍に置くと、丁寧に包帯が巻かれた俺の右手を握りしめた。

「これは……コノハが僕のために、こんなにぼろぼろになってまで作ってくれたものなんだ。
 捨てるなんて、絶対にしない」
「そ、そう……?」

 もう使う事もないだろうから、捨てちゃっていいと思うんだけどな。

 クルスは俺の手をゆっくり離すと、再び冠を手に取って、雑に挿された花にそっと触れた。
 
「それに、こっちの"花冠"の方が、可愛らしくて、作った人の想いが込もっていて……僕は好きだな。
 本番では使わなかったけど……どうかな?」

 そう言ってクルスは俺の作った不恰好な冠を被ると、照れ臭そうに微笑んだ。
 背後に一面のお花畑が見えるような気がするのは、疲れが取れていないせいか?

「うん……やっぱり変だ。本番で被らなくて正解だったな」
「ははっ、変って。僕が被る用にお前が作ったものだろ? コノハ」

 クルスが俺の顔を見て、笑顔を弾ませた。
 何だかよくわからないけど顔が熱い。疲れで熱も出てしまっているのだろうか。

「あのさ、コノハ・ゲーっていうの……俺の本当の名前じゃないんだ」

 不意に口をついて出てきた言葉に、自分でも驚いた。
 それを聞いたクルスの表情が、真顔に変わった。

「えっ?……どういう事だ?
 初めて会った時も、先生から紹介された時も、コノハ・ゲーと名乗っていたじゃないか。
 
 それが違うというなら……お前の本当の名は、何というんだ?」

 もしかして……今なら言えるかもしれない。
 
美髪 しげるコノハ・ゲー
「…………うん?」

 やっぱダメだったわ。
 
「ごめん。自分ではちゃんと本名を言ったつもりなんだけど、呪い?が掛かっているらしくて……。
 どう名乗っても"このハゲ"になっちゃうのよ」
「呪い……ね」

 クルスが神妙な顔つきになったかと思うと、突如、俺の顎をぐいっと掴んだ。
 
「口、開けて」
「あい?」

 よくわからんが、俺はクルスに言われるがまま、風邪で内科を受診した時のように口を大きく開けた。

「うーん……確かに、意図的に何らかの術が掛けられている気配はあるな。
 ブレスレットと並行して、こっちについても調べてみるよ」

 クルスは俺の口を暫く覗き込んだ後、そう言って俺の顎から手を離した。
 
「ありがとう……! あのさ、」
「どうした?」
「この、本名が名乗れない呪いみたいなやつ……もうハゲの名前にも慣れてきちゃったし、普段の生活にも支障ないからもういいやって思ってたんだけど。
 でももし、いつか本当の名前を言えるようになれたら……。
 その時は一番に、クルス。お前に伝えたいな」

 俺が笑うと、クルスがつられるように笑った。

「ああ、そうしてくれ。コノハ。……で、今はいいか?」
「コノハでもハゲでも、どっちでもいいよ」

 クルスと話していると、突然外からドン!という太鼓を叩いたような音が聞こえてきた。

「何の音だろう?」

 クルスが窓のカーテンを開け放つと、上空には見事な花火が打ち上がっていた。




 
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

平凡ハイスペックのマイペース少年!〜王道学園風〜

ミクリ21
BL
竜城 梓という平凡な見た目のハイスペック高校生の話です。 王道学園物が元ネタで、とにかくコメディに走る物語を心掛けています! ※作者の遊び心を詰め込んだ作品になります。 ※現在連載中止中で、途中までしかないです。

モテる兄貴を持つと……(三人称改訂版)

夏目碧央
BL
 兄、海斗(かいと)と同じ高校に入学した城崎岳斗(きのさきやまと)は、兄がモテるがゆえに様々な苦難に遭う。だが、カッコよくて優しい兄を実は自慢に思っている。兄は弟が大好きで、少々過保護気味。  ある日、岳斗は両親の血液型と自分の血液型がおかしい事に気づく。海斗は「覚えてないのか?」と驚いた様子。岳斗は何を忘れているのか?一体どんな秘密が?

学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語

紅林
BL
『桜田門学院高等学校』 日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である

全寮制男子校でモテモテ。親衛隊がいる俺の話

みき
BL
全寮制男子校でモテモテな男の子の話。 BL 総受け 高校生 親衛隊 王道 学園 ヤンデレ 溺愛 完全自己満小説です。 数年前に書いた作品で、めちゃくちゃ中途半端なところ(第4話)で終わります。実験的公開作品

家事代行サービスにdomの溺愛は必要ありません!

灯璃
BL
家事代行サービスで働く鏑木(かぶらぎ) 慧(けい)はある日、高級マンションの一室に仕事に向かった。だが、住人の男性は入る事すら拒否し、何故かなかなか中に入れてくれない。 何度かの押し問答の後、なんとか慧は中に入れてもらえる事になった。だが、男性からは冷たくオレの部屋には入るなと言われてしまう。 仕方ないと気にせず仕事をし、気が重いまま次の日も訪れると、昨日とは打って変わって男性、秋水(しゅうすい) 龍士郎(りゅうしろう)は慧の料理を褒めた。 思ったより悪い人ではないのかもと慧が思った時、彼がdom、支配する側の人間だという事に気づいてしまう。subである慧は彼と一定の距離を置こうとするがーー。 みたいな、ゆるいdom/subユニバース。ふんわり過ぎてdom/subユニバースにする必要あったのかとか疑問に思ってはいけない。 ※完結しました!ありがとうございました!

王道学園なのに、王道じゃない!!

主食は、blです。
BL
今作品の主人公、レイは6歳の時に自身の前世が、陰キャの腐男子だったことを思い出す。 レイは、自身のいる世界が前世、ハマりにハマっていた『転校生は愛され優等生.ᐟ‪‪.ᐟ』の世界だと気付き、腐男子として、美形×転校生のBのLを見て楽しもうと思っていたが…

鈍感モブは俺様主人公に溺愛される?

桃栗
BL
地味なモブがカーストトップに溺愛される、ただそれだけの話。 前作がなかなか進まないので、とりあえずリハビリ的に書きました。 ほんの少しの間お付き合い下さい。

俺以外美形なバンドメンバー、なぜか全員俺のことが好き

toki
BL
美形揃いのバンドメンバーの中で唯一平凡な主人公・神崎。しかし突然メンバー全員から告白されてしまった! ※美形×平凡、総受けものです。激重美形バンドマン3人に平凡くんが愛されまくるお話。 pixiv/ムーンライトノベルズでも同タイトルで投稿しています。 もしよろしければ感想などいただけましたら大変励みになります✿ 感想(匿名)➡ https://odaibako.net/u/toki_doki_ Twitter➡ https://twitter.com/toki_doki109 素敵な表紙お借りしました! https://www.pixiv.net/artworks/100148872

処理中です...