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ふざけたハンドルネームのままBLゲームの世界に転生してしまった話
39 いつか本当の名を
しおりを挟む枕と、布団と……毛布の感覚だ。
誰かが保健室に運んでくれたのかな。
それに、胸が温かい。
……というかこの、あったかいの、覚えがあるぞ。もしかして……?
「クルス⁉︎」
俺が布団から飛び起きると、そこには新生児のモロー反射のごとく、びくっと両手をあげて驚いたクルスがいた。
どうやらまた、クルスと保健室のお世話になってしまったみたいだ。
「わっ‼︎ ……びっくりした。
お前、まだ動かない方がいいぞ。もう一回横になれ」
そう言ってクルスは、俺の胸と背中に手を添えて再びベッドに臥すように促したが、俺はそれに反発して再び身を起こした。
「いやいやいや!
っていうか……劇は大丈夫だったのか? 」
「劇は無事に終わったよ。
伝統として毎年使ってるものだから……お前には悪いけど、エドワードが見つけてくれた冠を使った」
そりゃそうだ。普通に考えて、元々使う予定だった冠が見つかったのなら、そっちを使うに決まってる。
シナリオとは違う場所にあっても、エドワードはそれを見つけ出した。やっぱり、エドワードはこの世界の『ヒーロー』なんだ……俺と違って。
「はは、俺がやった事、完全に無駄だったな」
わかってはいるけど、どこか虚しい気持ちになる。
「……無駄なんかじゃないよ、コノハ」
「……え?
今、俺の事、"コノハ"って呼んだか……?」
クルスは俺の作った不恰好な月桂樹の冠で顔の下半分を隠すと、上目遣いでこちらを見た。
「だってお前の本当の名前は、コノハ・ゲーだろう?
……今までずっと、ハゲって呼んでしまっていたけれど」
少しつり目の大きな目が、まるで黒猫のようだ。
なんだこの可愛い生き物は……って、俺は今一体、何を考えた⁉︎
「あの…、その冠……まだ持ってたの?」
俺は気を逸らすように、クルスから冠に視線を移した。
今更だけど、こんなのをクルスが本番で付ける羽目にならなくてマジで良かった。見れば見るほど素人クオリティ丸出しで、ひどい出来だ。
「捨てちゃって良かったのに……」
「捨てないよ」
クルスは冠をベッドの傍に置くと、丁寧に包帯が巻かれた俺の右手を握りしめた。
「これは……コノハが僕のために、こんなにぼろぼろになってまで作ってくれたものなんだ。
捨てるなんて、絶対にしない」
「そ、そう……?」
もう使う事もないだろうから、捨てちゃっていいと思うんだけどな。
クルスは俺の手をゆっくり離すと、再び冠を手に取って、雑に挿された花にそっと触れた。
「それに、こっちの"花冠"の方が、可愛らしくて、作った人の想いが込もっていて……僕は好きだな。
本番では使わなかったけど……どうかな?」
そう言ってクルスは俺の作った不恰好な冠を被ると、照れ臭そうに微笑んだ。
背後に一面のお花畑が見えるような気がするのは、疲れが取れていないせいか?
「うん……やっぱり変だ。本番で被らなくて正解だったな」
「ははっ、変って。僕が被る用にお前が作ったものだろ? コノハ」
クルスが俺の顔を見て、笑顔を弾ませた。
何だかよくわからないけど顔が熱い。疲れで熱も出てしまっているのだろうか。
「あのさ、コノハ・ゲーっていうの……俺の本当の名前じゃないんだ」
不意に口をついて出てきた言葉に、自分でも驚いた。
それを聞いたクルスの表情が、真顔に変わった。
「えっ?……どういう事だ?
初めて会った時も、先生から紹介された時も、コノハ・ゲーと名乗っていたじゃないか。
それが違うというなら……お前の本当の名は、何というんだ?」
もしかして……今なら言えるかもしれない。
「美髪 しげる」
「…………うん?」
やっぱダメだったわ。
「ごめん。自分ではちゃんと本名を言ったつもりなんだけど、呪い?が掛かっているらしくて……。
どう名乗っても"このハゲ"になっちゃうのよ」
「呪い……ね」
クルスが神妙な顔つきになったかと思うと、突如、俺の顎をぐいっと掴んだ。
「口、開けて」
「あい?」
よくわからんが、俺はクルスに言われるがまま、風邪で内科を受診した時のように口を大きく開けた。
「うーん……確かに、意図的に何らかの術が掛けられている気配はあるな。
ブレスレットと並行して、こっちについても調べてみるよ」
クルスは俺の口を暫く覗き込んだ後、そう言って俺の顎から手を離した。
「ありがとう……! あのさ、」
「どうした?」
「この、本名が名乗れない呪いみたいなやつ……もうハゲの名前にも慣れてきちゃったし、普段の生活にも支障ないからもういいやって思ってたんだけど。
でももし、いつか本当の名前を言えるようになれたら……。
その時は一番に、クルス。お前に伝えたいな」
俺が笑うと、クルスがつられるように笑った。
「ああ、そうしてくれ。コノハ。……で、今はいいか?」
「コノハでもハゲでも、どっちでもいいよ」
クルスと話していると、突然外からドン!という太鼓を叩いたような音が聞こえてきた。
「何の音だろう?」
クルスが窓のカーテンを開け放つと、上空には見事な花火が打ち上がっていた。
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