運命の相手

黒猫鈴

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消えてしまいたい

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朝は珍しく早かった。
突然同僚が休んだとかで勤務の変更があったからだ。
今朝早くに病院から、すぐに来てほしいとコールがあり、急いで着替えを済ませ家を出る。
居間にはリズの姿はなく、帰った形跡もないことから会社で一晩過ごしたんだろう。
それを少し寂しく思いながら、
そこら辺でタクシーを捕まえ、病院まで、と運転手に告げてあまり良くないシートに身を預けた。

「くぁぁ…」
出たのは欠伸
昨日中々寝付けなかった所為だ。
何かと、あの男…ジェンのことについて考えていたら眠れなかったのだ。

「…はぁ」

病院まではすぐそこで寝る暇もないだろう。
チラリと見たバックミラーに青い普通車が映っていた。
特になんの変哲もない車。
それでも、気になったのは何故なんだろうか。
運転手があの男に似ているからだろうか。

「…後ろの車ずっとつけていますね」

狭い車内。
運転手が口を開いたらしい。
バックミラーをみている僕に気付いたのか、そんなことを言ってきた。

「そうなんですか…」
「もしかしたら、君をつけているのかもね」

アハハ、運転手が大声で笑っていたが僕は少しも笑えなかった。

もしかしたらあの男が…そう考えるだけで酷く怖かった

それから目的地に着くまでバックミラーはみられなかった



「はい、着きましたよ」
言われお金を支払い、開いた扉から降りる。
降りる際、後ろを確認したが青い普通車はいなかった。
そのことに安心し、顔を引き締めて病院の敷地内を歩いていく。

そうだ…。
別に彼が何かしてくる訳がない。
諦められないと言っていたが、そこまでする必要性もないのだから。

自意識過剰だった。
考えれば恥ずかしくなる。
あの男が僕に執着している、なんて。

「んな訳ないじゃないか」

はぁ、出た溜め息を途中飲み込み顔を引き締めた。

それより仕事だと気持ちを切り替えた。
病院内は総合故広く、病人やその家族、勿論僕ら看護士医師が過ごしやすいように簡易公園や広い芝生が広がっている。
それぞれの人々が楽しそうに闊歩する姿に笑みも浮かんできた。
朝の光景に安心した。

途端、人の悲鳴らしき声とクラクション、タイヤの磨り減る音。
近付いてくるその音達に、ゆっくり、ゆっくり振り返った

「あ…」

そんな声しか出なかった。
逃げなきゃ、と脳内で理解しているのに。
僕の瞳には青い車が視界一杯に映っていた。
そして乗り込んでいた運転手の姿も

「ジェン…」

酷く狂った顔。
狂気な笑い声でも聞こえてきそうだ。

面前の車に避けることなど到底出来ず、僕は猛スピードだった男の車に真っ正面からぶつかった
お腹に衝撃。
体がくの字に曲がり次には空に投げ出され体はボンネットに当たる。
バキバキ、なんて骨の折れる音がした。
そのまま後ろに投げ出された体は地面に打ち付けられる。

痛い…
うっすらぼやけた視界の中呟いた。
体中が痛い…

誰か…

「リズ…」

助けて…

視界が暗くなった。






目を開いた。
視界に飛び込んできたのは天井
真っ白で綺麗な天井…
ならここは家ではない。
そして次に体中に痛みがあり、そこで状況を理解する

僕はあの男に轢かれた。
そしてここは病院…

顔を少しあげ体をみた
体には包帯、キブスが巻かれあの時の衝撃の強さを語っているようで
思い出しそうな痛みに、呻きそうになった時。
唐突に病室の扉が開いた。

「よかった、目が覚めたみたいだね」

白衣の医師。
笑んだ姿に少しだけ安心し、痛みが遠のいた気がした。

「何本か骨折しているが、命に関わる程の怪我はしていない」
「そう、ですか」
「でも」

神妙な様子の医師を思わず凝視した。

「…妊娠中だったんだね。残念ながらお腹の子が衝撃に耐えられず…」
「っ」
「男性の妊娠は難しい…女性の妊娠より確率がグンと下がってしまうのに…申し訳なかった」

眉を下げて謝罪してくる医師。
謝罪など頭に入ってこないほど僕は狼狽していた。

ただ、このお腹にはリズの子がいないこと。

それだけが頭をグルグル回っていた

リズとの愛の証…
やっと出来た証が…

ただ呆然とした。

医師がそんな僕に申し訳なさそうに、もう一度謝った後部屋から出て行く。
それをただ眺める

「…リズ、」

呟いた声、それに答えてくれるようにまた扉が開き姿を見せたのはリズ、その人だった。

「リズ…」

会いたかった。
手を伸ばそうとしたけれど、キブスで巻かれた手が動くことはなく痛みだけが走る。

でも嬉しかった。
リズが来てくれたのだから。

心配してくれたのか?
急いで来てくれたのか?

「リズ」
「…」

名前を呼んだ…
しかしリズは差して興味もない様子で携帯を取り出し電話を始めた。

「もしもし、ああ、特に何ともないみたいだから、今すぐ向かう…ああ、そうしてくれ、じゃあ」

簡単に電話を済ませたリズは携帯をポケットに戻す
会社…?

今すぐって…僕の傍にいてくれないのか?



「リズ…」
「なんだ?仕事中に事故ったって連絡受けて急いで来てみれば、死ぬほどでもないときた。…大切な仕事の最中に呼び出すな!」
「なっ!?もっと心配してくれたって…!」
「は…っ」

リズは鼻で笑うと僕を見下ろした

「心配?…俺は今会社を大きく出来るかもしれない大事な仕事をしている…俺の夢はこの国の大企業になることだ…。運命の相手とイチャイチャと暮らすために生まれたわけではない。」
「っ…でも、僕はリズがっ、」

好きで…運命とか関係ないって言おうとしたのにリズの溜め息で喉の奥に詰まってしまった

「…どうせなら死んでから呼んでくれないか」
「っ」

僕を、いらないと…そう言われた気がして。
全てが崩れてしまった気がして。
今まで築いていたものがガラガラと音を立てて崩れてしまった気がして。

不意にリズが病室にあったテレビを付けた。
ニュースの始まりのBGMが流れだし、画面にはジェンが出る
警察に囲まれているが堂々としている態度が印象的だった。
引かれた僕は被害者として名前が載り、2人の関係性について調査するとキャスターが述べていた。

そっか、ジェンは捕まったのか。

もう追われる心配はないのだと安心した。
リズは「捕まってよかったな」と感情がない声で言う。

「…じゃ、」

リズが無表情で出て行くのを引き止めることは出来なかった。

「リズ…」
先程言われたことを思い出し呟いた。

お腹の子が死んだんだったら、僕も死ねばよかったかもしれない

「は、ははは…」

力のない笑い声。
もう、僕なんていらない…必要ないと言うのなら

嗚呼…消えてしまいたい
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