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しおりを挟む冒険者ギルドを出てウォルターの背に乗り、宿へ向かって通りを歩かせる。
しばらく進むと良い匂いが辺りに漂い始めた。食堂街に入ったのだろう。色々なお店が並んでいる。
ウォルターに言ってスピードを落とさせ、お店の中を覗きながら進んでいると、パスタのようなうどんのような麺類を出しているお店が目についたので、そこに入ってみる事にする。パンと麦粥以外の炭水化物に惹かれたのだ。
ウォルターの背から滑り降りて店員に声をかける。
「すいません、狼が一緒なんですが大丈夫ですか?」
そう声をかけると元気な声が返ってきた。
「きちんと躾けてあって、他のお客さんに迷惑かけないなら、入口近くの席なら大丈夫ですよ。ただ、狼に食べさせてあげられるようなメニューはないんですが、それでも良いですか?」
気を遣わせてしまった。
「はい、大丈夫です。お願いします。」
そう言って空いたばかりの一番出入り口に近い席に座る。ウォルターは邪魔にならないように出入り口に近い方でお座りしている。
「ウォルター、何を出す?」
ウォルターに声をかける。
「そうですね、鹿の肉をお願いします。」
ウォルターのリクエストに応え、盥に鹿の肉と水を出してやり、先に食べさせる。
厨房の壁に掛けられた板に書かれたメニューを見ると、ミルクパスタ、ビネガーパスタ、塩炒めパスタ、塩うどん、ビネガーうどん、塩焼きうどん、とある。
値段は全て10銅貨で、大盛りは5銅貨追加だ。
ふむ、これはアイが俺の知識に合うように変換してくれてるんだな。ありがとうねアイ。
「どういたしまして。マスターのお役に立てて嬉しいです。」
アイから返事が来た。うん、ちゃんとやりとりできるのは嬉しいね。
俺は注文を取りに来たお姉さんにビネガーパスタと塩焼きうどんを頼む。大盛りではなくあえて2品頼んだのは、俺の舌に合わなかった時の保険だ。
「うちは盛りが良いので、頑張って食べてくださいね!」
と笑顔で言いながら戻って行った。え、デカ盛りのお店だったの?うーん早まったか?まあ、食べきれなきゃ収納すれば良いんだから良いか。タッパもあるし(笑)。
そんなくだらない事を考えていると、それほど待たずに料理が運ばれてきた。
確かに量は多いわ。大泥棒が相方と取り合いしたパスタみたいに、どちらも大皿に山盛りだ。頑張って食わなきゃ(笑)。
ビネガーパスタは小魚の酢漬けと塩茹でした野菜を細かく刻んで茹でたパスタと和えて、酢漬けの漬け汁に塩を加えた物をかけてあるようだ。色々な野菜が入っていて彩りが良い。
塩焼きうどんは刻んだ野菜と細切れの肉を一緒に炒め、うどんを加えて塩水をかけて炒め合わせているようだ。塩焼きそばみたいなもんだね。
まずはビネガーパスタを食べてみる。あ、美味しい。ラーメンサラダみたいな感じだね。
魚の酢漬けと漬け汁を使ってるんだから、どうせなら魚醤を使えば良いのに。
レモンなんかの柑橘系の果汁を加えれば、生臭さも気にならなくなるはずだ。どうしても気になるなら胡椒を少しだけ加えれば良い。まあ、機会があれば提案してみよう。
塩焼きうどんはもろに塩焼きそばだった。違うのは麺の太さだけだ。
肉も野菜もたっぷり入っていて申し分ない。ただ、味にコクが足りない。
ガラスープを使ってコクを出す方法を教えてあげたいな。ついでに唐辛子も加えてピリ辛にして欲しい所だ。これも機会があったら提案しよう。
周囲のお客さんの目を盗んで、ビネガーパスタに胡椒を、塩焼きうどんに一味唐辛子をかけてよく混ぜて食べる。美味い!美味さが3倍くらい跳ね上がった。
この美味さを独占するのはもったいないが、料理人が提案を受け入れてくれなければどうしようもない。会計の時にサラッと言ってみるか。
ワシワシと食べ進み、どちらの皿も空にした。お腹はパンパンだ。かろうじて食い切れて良かった。
ちょうどお客さんが切れていて、店内には俺一人だ。うん、言ってみるか。
会計のためにカウンターに向かうと、ちょうど厨房の料理人も休憩しているようだったので声をかけてみる。
「あの、とても美味しかったのですが、この料理には香辛料やハーブは使わないのですか?ほんの少し足すだけでもっと美味しくなると思うんですが。」
そう言うと料理人が怪訝な顔をする。
「香辛料やハーブ?具体的にはどんな物が合うと思う?」
お、乗ってきたな。
「すいません。私は森育ちで、香辛料やハーブを使い慣れているせいか少し物足りなく思えてしまったんです。
私がいただいたのはビネガーパスタと塩焼きうどんですが、ビネガーパスタには胡椒が、塩焼きうどんには唐辛子が合うと思います。
胡椒と唐辛子はどちらもよく乾燥させて、薬研や乳鉢で細かく砕いて粉末にした物をほんの少しかけるだけで美味しさが跳ね上がると思います。
その分値上げしたとしても、きっと売れると思いますよ。」
実際にかけて食べた俺が言うんだから間違いない。それほど美味しかった。
「うーん、確かに肉や魚に香辛料を使うとガラリと味わいが変わるけど、うちの料理がそんなに変わるかなぁ?」
料理人は半信半疑だ。香辛料自体が高価だし、それほど普及していないから使いどころが分からないのだろう。
「そうですね。私が香辛料を使った食べ方に慣れているだけなのかもしれません。でも、香辛料の香りと味は食欲を刺激しますし、味を引き立てるのは間違いないです。
まずはご自分たちの賄いで試してみていただいて、美味しいと感じたらお客さんに出す料理にも使うようにすれば良いと思います。
いらぬ差出口かとは思いましたが、お料理が本当に美味しかったので、どうしてもお伝えしたかったんです。失礼をお許しください。」
そう言って頭を下げると、料理人は高らかに笑った。
「なーに、俺たち料理人はいつだって少しでも美味い物を作りたい、って思ってるからな。こうしてヒントをもらえるのは逆にありがたいってもんだ。とりあえず試してみるわ。ありがとな若いの。」
変にプライドの高い人じゃなくて良かったよ。これで美味い食い物がまた一つ増えてくれると良いな。
「私のような若輩者の言うことに耳を傾けていただいて、ありがとうございました。ごちそうさまでした。」
そう言って冒険者証で支払いをお願いする。支払いを終えて裏面を見ると金19銀99銅80と表示されていた。面白い。
大人しく待っていたウォルターの所へ戻り、盥を収納して店を出た。
このまま宿へ向かおうかと思ったのだが、まだ時間はたっぷりあるので商業ギルドへ行ってみる事にする。地図を見ると南の商業区の真ん中にあるようだ。
「ウォルター、ちょっと寄りたい所があるんだ。南の商業区へ向かってくれるかな。」
ウォルターに声をかける。
「かしこまりました主。では参ります。」
ウォルターはそう言うと速歩で歩き出した。
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