50 / 90
050
しおりを挟む俺は軽く斜めに腰掛け、2人を同時に観察した。
ギルマスは魔法使いか付与術師、あるいは両方を使いこなすのかもしれない。
ロミーさんは斥候や暗殺者系の感じがする。袖口と襟に危険な気配が漂っている。
俺は油断なく2人を見つめる。何か動きがあればギルマスにはM45を、ロミーさんには火涼天翠を向ける心算だ。
張り詰めていた緊張感が不意に途切れた。ギルマスとロミーさんが不意に姿勢を正して肩を竦めながら両手を挙げたのだ。
「すまなかった。降参だ。本当に君は恐ろしいね。その若さでその殺気、考えられないよ。」
「私も失礼をお詫びします。ここまでやり返されたのは初めてです。正直勝てる自信がありません。」
「ロミーが勝てる自信が無いのか。それは参ったね。我々はどうすべきなのかな?」
自分をネタに一方的に会話をされるのはあまり好きじゃない。一言言っておこう。
「このままお茶しながらお話を続けましょう。平和的に。」
俺は両手を武器から離してそう言った。殺気が霧散していく。張り詰めた空気が和らいでいく。
「お茶が冷めます。まずはいただきましょう。それから私がお話できる範囲で、質問にお答えします。」
結局俺が話したのはいつもと同じ内容だった。
・北の森の奥深くで、父とウォルターの3人で暮らしていた。
・狩りには稲妻を放つ魔道具を使っていた。
・家は持たず、自然の地形を利用し、常に移動していた。
・時折父が塩や衣類を手に入れるために長期に留守にすることがあり、その時はウォルターと2人、父に指示された洞窟のような安全な場所で暮らしていた。
・どこに行って塩や衣類を手に入れていたのかは分からない。
・最後に塩や衣類を手に入れに行ってから半年ほどかけて、3人で南に向けて移動してきた。
・狩りの最中に父が足を滑らせ川に落ちた。慌ててウォルターと追ったが、そのまま滝に落ちて見えなくなった。
・滝は深く、高さもあるので降りることも叶わず、稜線に沿って川下へと下りながら父の痕跡を探してここまできた。
・大きな櫓が見えたので、人が住んでいるのだろうと思い、父の事を知らないかどうか尋ねようとポルカ村に立ち寄った。
・村長のフランクさんと面談し、紹介状をいただいて冒険者になった。
・冒険者登録した際に、自分でも知らなかった技能と職種が現れた。
2人は黙って聞いていた。ここでも北の共和国から落ち延びた貴族かその関係者、と捉えてもらえそうだ。そのうちルーテミス様が本当に俺の血縁者を用意してくれそうで怖いわ。
「私がお話できるのはコレだけです。私は私自信が何者なのか、どのような出自なのか、何も分かりません。イエルクさんには、私のような風来坊が王都を訪れるなんて相応しく無い、と何度も固辞したのですが、町に出入りする際は犯罪歴と悪意の確認が必須だから問題無い、と一蹴されてしまいました。その辺は手紙には?」
ギルマスに尋ねる。
「ああ、もちろん書いてあったさ。行く行くは君に王都の警備を任せたい、とまで書いてあったよ。」
イエルクさん何書いてくれちゃってるんですか。勘弁してくださいよ。
「それは私が魔法や魔道具、技能などに頼りすぎない警護を考えるべき、とお話したからでしょうね。猟師として身を守る術、事前に危険を察知する術を元にしたものなので、実際に通用するかは分かりません。それはまたの機会にお願いします。
それよりも、私はどのようにヴァレンティナへ向かえば良いのか、それをお願いします。船長ではありませんが、昼に船上で果物を食べたきりです。あまりにも腹が減ると、会話にも差し障りが出かねません。」
要件を端的に言え、不当に拘束するな、と意思表示する。
「すいません。貴方がこの町に着いたばかりという事への配慮が足りませんでした。お詫びします。
ロミー、肉の煮込みとパン、スープを人数分買ってきてくれないか。ウォルターさんには骨つきの生肉を10kg頼む。」
いや、そうじゃないんだって(笑)。
「ギルドマスター、私が言いたいのはそう言うことではありません。
私が要請を受けたのはヴァレンティナ本部への出頭と、新技能、新職業についての確認と研究についての協力依頼です。ヘイゼル支部での事情聴取のためではありません。ここに寄ったのは依頼完了報告と、貴方への手紙を届けるためです。このヘイゼル支部で何らかの事をなすためではありません。
カワシャチの件についてはすでに説明は終えています。これ以上私を拘束するのなら、それに見合う正当な理由をお聞かせ願います。正当な理由なくこれ以上私を拘束するのなら、私は一切の発言を拒否し、ヴァレンティナ本部への出頭及び協力を取りやめます。
それと冒険者としての資格も返上します。今まで通り猟師として森で暮らし、時々ポルカ村で必要な物資を物々交換で入手できれば、それで構いませんので。」
はっきりと言葉に出して、これ以上付き合う道理はない、と意思表示する。こちらの手の内を知り、あわよくばこの領で囲い込みたい、と言う思惑もあるのだろうが、そんなものに付き合う義理などない。
「・・・・確かに貴方の仰る通りです。数々の非礼、お詫びします。どうぞお許しください。
それでは今後についてですが、まず、こちらで宿を用意してあります。今夜はそこへお泊りください。食事も風呂も付いています。どうぞゆっくりとお休みください。
明日の朝は8時にこちらにお越し願います。護衛の冒険者パーティーと合流していただき、ヴァレンティナへのチャーター船にのって頂きます。途中の村で一泊挟みますが、村の宿を利用していただきます。
港町カールズに到着したらそこからは馬車での移動です。宿場町を利用しながら3泊し、4日目にヴァレンティナに到着予定です。
予定としては以上になりますが、ご質問などありますか?」
うーん、馬車旅が長すぎるな。距離的にはどれくらいなんだ?アイ、カールズからヴァレンティナまでの距離と、街道の状況について教えてくれる?
「はいマスター。カールズからヴァレンティナまでの距離は300kmです。20km毎に休憩場所が設けられており、80km毎に宿場町が設けられています。
街道はある程度均されており、馬車二台が余裕を持ってすれ違う事ができる道幅です。これは王国として国を興すまではカールズが中心地だったからです。
カールズから川に沿って内陸へと開拓を進め、湖に辿り着いたのでそこを中心に開拓し、ヴァレンティナが出来たのです。ポルカ村と同じ状況です。」
ヴァレンティナは水の都なのか。ポルカ村がもっと大きくなった感じかな?
「ヴァレンティナは山の麓にあります。そのため、山から石を切り出す事ができたので、石と水の都と言った風情ですね。」
某大泥棒さんが大暴れした国みたいな感じかな?なるほど。
「馬車での移動ですが、時間がかかりすぎます。私がウォルターに乗って移動すれば、おそらく1日でヴァレンティナまで着けるはずです。カールズからヴァレンティナまでは護衛なしで私たちだけで移動したいのですが、構いませんか?」
俺の言葉にギルマスが目を丸くする。
「幾ら何でもそれは無理でしょう。馬車の4倍のスピードで移動するなんてたとえ魔獣でも・・・・いや、まさか、でも・・・・。」
ギルマスが困っている。
「今回本部では、私の新技能モンスターテイムと、新職業モンスターテイマーについての確認と研究を目的にしています。逆に言えば、私の従魔の力を証明する必要もあります。
カールズからヴァレンティナまで1日で到着すれば、それ自体が私たちの力の証明にもなります。ですからヴァレンティナへ単独で向かうことを予め連絡しておいてさえいただければ、私たちはそれで結構です。
それとも、カールズからヴァレンティナまでの道中、何か危険があるのでしょうか?我々だけで向かうのに何か問題が?」
畳み掛ける。相手に考える隙を与えない。自分たちに有利に思考を動かさせる。
「カールズからヴァレンティナへの街道は安全です。周囲は広く開拓されて畑になっていますし、宿場町には衛兵の詰所もあります。最後の1日だけ渓谷を通りますが、そこも巡回警備が行われているので盗賊などの心配はありません。ですが」
「で、あれば、私たちが単独で行動することに何の支障も有りません。途中宿泊する予定だった宿場町に衛兵の詰所などがあるのなら、顔を出して安否を知らせるくらいはしても構いません。それによって実際に移動時間の確認もできるでしょう。それでどうでしょうか?」
一応妥協案を掲示して見せているようだが、実は何も妥協していない。向こうの仕事を増やしただけだ(笑)。要はギルド側がちゃんとオモテナシした、と言う体面を保てれば良いのだ。道中の安全確保にも手を尽くしました、と言うポーズが取れれば良いのだから、こちらからそのようにお膳立てしてやれば良い。
さらに俺たちを単独行動させること自体が実力の把握に繋がる、と言う大義名分も与えてやれば、向こうにとって非はないはずだ。
「宿場町ならいざという時のために、伝書鳩などの通信手段がありますよね?それで私たちが途中安否確認で立ち寄る、と連絡しておいてください。もちろん本部にも。そして、私たちの力の一端を確認してください。これもギルドへの協力の一つです。」
ここまで言えば嫌とは言えないだろう。
「分かりました。本部とカールズ支部へは念話装置で詳細を伝えます。そして、カールズ支部から各詰所へ伝書鳩を飛ばし、狼型の魔獣を伴った、タカという名前の少年冒険者が詰所に立ち寄るので、立ち寄った日時を詳細に記録するように、と依頼しておきましょう。それで実際に移動にかかった時間を記録すれば、タカさんとウォルターさんの力を測ることが出来るはずです。ご協力感謝します。」
よし、堕ちた(笑)。どうせならカールズまでも単独行動したいんだけど、さすがに森を抜けるのは大変だからね。2日くらいは船に揺られてあげよう。
「お話は以上でよろしいですね?それでは宿の方に移動してよろしいですか?」
さっさと解放してください。もうウンザリです。
「一つだけ、お願いしたいことがあります。貴方たちがカワシャチを撃退した攻撃方法を見せていただけませんか?いくら道中の危険が低いとは言え、貴方たちを単独で送り出した根拠を私たちに示していただけませんか?」
チッ、そう来たか。こちらの言い分を逆手に取ってきやがった。良いだろう、もう少しだけ付き合ってやるか。
0
お気に入りに追加
232
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる