君とは生きられない

ホタル

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君とは生きられない

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 トントントンと軽快なリズムで玉ねぎを微塵切りにし、切っておいた鶏肉やその他の具材と合わせてフライパンに入れて炒めていく。ある程度火が通ったらトマト缶やコンソメ、ケチャップを投入してさらにしばし炒める。これがソースとなるのだ。上手く酸味を飛ばしていくために適度にかき混ぜる。
 ソースが煮えたらご飯を入れて、均一にソースが絡むよう切るようにしながら炒めていく。慌てず落ち着いて、気持ちに余裕をもって一つ一つのプロセスを処理していく。
 作っているのはチキンライス。作りたいのはオムライスだ。
 何故かと言えば、それは彼女が来るからに他ならない。
 彼女というのは何も付き合っている女性のこと、英語でいうところのガールフレンドではない。実際今日彼女が訪ねてくる理由は、失恋の傷を癒してほしいからだ。
 彼女との関係性は簡単にいってしまえば幼馴染、腐れ縁というやつだ。小中高大学とずっと同じで、今年二十歳なので人生の七割ぐらいは共に時間を過ごしている。だから二人の距離は近く、彼女は失恋する度に電話を掛けてきて、そして慰めてほしいと言ってくる。
 そういうときに決まって用意しておくのがオムライスだった。きっかけはなんだったか。今となってはよく覚えてないが、それでもいつの間にか随分とチキンライスを作るのは手慣れたものになっていた。
 でも、彼女の話を聞きながら焼くオムレツの方は、いつまでも慣れてはくれなかった。
 彼女の悲しんでいる声が、その中に見える見えない誰かへの愛情が、恋情が、いつもきれいなオムレツを作るのを邪魔してくる。彼女の口から聞く知らない誰かへの「好き」に心が平静じゃなくなる。
 彼女が好きだ。
 そんな感情を自覚したのはもう五年以上前からだった。
 フライパンの中の赤くなったものを適度にかき混ぜながら回想する。
 彼女との出会いを
 この思いの始まりを
 甘く苦しい、胸に刺さった棘との邂逅を



 彼女との出会いは小学校一年生、らしい。あまり古い記憶は持っていないのでその頃のことはあまり覚えてない。クラスは同じだったので一応会ってはいるはずだが、その時はまだ彼女を知らなかった。

 彼女を彼女と認識したのは、小学校三年生の頃だ。本を読んでいたら(たしか吸血鬼が出てくる内容だ。ヴァンパニーズが出てくる奴)、彼女が話しかけてきたのを今でも覚えている。
 彼女は笑顔で
 「友達になろうよ」
 と言ってきた。
 あまりのことに困惑し、声に出して「なんで?」と尋ねてしまったのは覚えてる。失礼だが、それぐらい意外なことだったし、彼女は住む世界が違う存在だった。
 よく笑い、よく泣き、よく怒り、そしてやっぱりよく笑う。感情と表情が一致した、良くも悪くも素直な存在、それが彼女だった。ひねくれ者で引っ込み思案な人間とは釣り合わないし、付き合わない。そんな意味を込めて発した「なんで?」に彼女は天真爛漫と呼ぶにふさわしい笑顔で
 「あなた、とっても面白そうだから。そしてとってもやさしそうだから」
 と、そう言った。ひねくれ者ゆえ素直に喜ばなかったが、悪い気がしてなかったことを思えば、あるいは、既に彼女を慕う心はこの胸にあったのかもしれない。
 彼女に引っ張られた結果、世界はずいぶん広がった。関わる人が増え、人と過ごす時間が増え、家に帰ってから母に学校の話をする時間が増えた。あと、笑顔が増えた、と言われる回数が増えた。自覚はなかった。ただ、たしかに本を読む時間は少し減った。でも不思議と嫌な気持ちはなかった。

 そのまま、彼女と過ごす時間は変わらぬまま中学に進学した。部活は同じではなかったが、クラスは三年間同じだった。ちなみに成績もお互い似たようなものだった。上等とまでは言えないが、一応常に平均点を引き上げる役目を二人とも担っていた。
 この頃から、彼女に恋愛相談されるようになっていった。最初は部活の先輩だった。かなりの美形でプレイも一流、加えて学業も上々というハイパー超人で、他の女子生徒は色めきだって、男子生徒は殺気だっていた。
 「あんなの反則だよな。俺らリア充になる可能性ゼロでしょ」
 そんなことをクラスメイトがぼやくほどに、実際その先輩は有名人でアイドルだった。
 「どうしよう、こんな気持ち初めて!これってやっぱり恋なのかな」
 頬を朱色に染めながら、興奮した様子で彼女は何度も先輩の魅力を語ってきた。やれ今日も天才的なゴールを決めただの。やれ今日はチームの喧嘩を収めただの。多分一日に三個ぐらいは軽く言われた。その度に薄く微笑み、そうなんだと返した。まだ自身の胸中を知ってはいなかったが、それでも彼女のそういった嬉々とした笑顔を見ると、心はざらつきを覚えていた。残念ながら、この先輩はマネージャーの先輩と付き合っていたらしい。告白するより前に失恋し、彼女はその日泣いていた。目を赤く腫らした彼女を見たときに自分の心が波打つのを感じた。そして助けたい、護りたいと思った。怖くて名前はつけられなかったけど、多分彼女への思いに友人としての好意とは似て非なるものが含まれていると、この頃から自覚はしていた。

 月日はあっという間に流れ、高校生になった。同じぐらいの学力だったから二人とも同じ高校に進学した。受験勉強はそこそこ大変だったけど、彼女と支えあいながらだったから苦ではなかった。
 女子高生となった彼女は、幼馴染から見ても魅力ある女子となっていた。女性というには可愛いすぎるというか、元気はつらつ過ぎた。見た目はだいぶ女性的となったが、精神性は昔のまま、純粋なままだった。
 JKとなった彼女は、ご多分に漏れず恋に恋するような乙女と化していた。恋愛相談の頻度は中学生の時以上になり、その分失恋の慰めの頻度も増えていた。
 正直彼女の何がそんなに不満なのだろうと思ったので、一度彼女の元カレに聞いてみたことがある。もちろん彼女には秘密で。返ってきた答えは
 「純粋すぎてなんか罪悪感がわく」
 とのことだった。確かにな、と苦笑した。流石にコウノトリやキャベツ畑を信じてはいないだろうが、でもサンタのことは本気で信じていそうだった。それぐらい無邪気だったし、その無邪気さはきっと、性的な部分を考える思春期における交際では色々と不都合を生み出す。
 この事を彼女に告げなかったのは、きっとエゴイズムだろう。純粋で、純情で、善意に満ちた彼女が好きだったから。そんなそのままの姿を壊したくなかったから。
 そう、この頃には自分の気持ちに気づいていた。というか、この恋心を認めていた。恋愛相談を重ねていく中で、彼女のいろいろな表情に触れたから。彼女の笑顔で暖かくなる胸が、彼女の泣き顔に痛くなる心臓が、とっくに彼女を選んでいた。

 充実した高校生活は光の早さで過ぎ去っていき、大学生になった。お互い地元の国立大学に通うことになった。お互い成績に少し余裕のある進学だったので、世間一般で噂されるほどの地獄は見なかった。もっとも好きな人の隣に立つための努力なら多分厭わずできたと思うが。
 大学生になってからは、高校時代よりは惚れっぽくなくなった。その代わり一人の人への愛情が深まっていき、今まで以上に深いお付き合いをするようになった。それを素直に喜ぶことができたかというと正直微妙だ。何せ相手がそのまま伴侶というか、将来のパートナーとなる可能性も考えられる。彼女を思う身としては、気が気でなかったというのが実情だ。
 
 彼女への思いは日増しに強くなった。自覚してからは特に。キャンパスですれ違ったときに見せる笑顔や、並んで歩くときにみえる横顔、ほっそりとした小さな手に透き通るように長いまつげ。そして、控えめに主張する胸部とほどよく肉付いた太もも。そのすべてに興奮し、高揚する。最後は若干変態っぽいというか、フェチが混じっているが気にしないでほしい。好きな人の身体に性的興奮を覚える。それの何がいけないというのか。それに別に誰のものでもいいというわけではない。彼女のものだから興奮するのだ。そこのところを履き違えないでもらいたい。誰に言っているのだろう。自分にか。



 回想の途中で冷静になりきれず脱線してしまうのはいつものことだ。センチな思いに長く浸れない自分に苦笑してしまう。彼女への片想いともずいぶん長く連れ添っている。自分が上手く扱いきれず、若干もて余しているというか、暴走させてしまっていることは重々承知している。拗らせてしまったなと少し反省。でも彼女にこの思いを伝えることはやはりできない。
 だって彼女は・・

 ピーンポーン

 そう考えたところでインターホンが鳴った。時間的にも彼女だろう。キッチンの火を止め、玄関へと向かう。今回の相手は確か大学に入って二、三ヵ月で付き合い初めて、それからずっと続いていたので一年以上の関係だ。高校時代は半年たたずに振られてしまっていたことを考えるとかなりの長期間交際な訳だが、はてさてどの程度落ち込んでいるのやら。そんなことを考えながらドアノブに手をかけ、そしてドアを開けると

 「会いたかったよーーーーー!!!」

 目の前の彼女がとたん抱きついてきた。ガバッという勢いだ。ガバッという。思わず抱き締めて受け止める。そうすると自然彼女の温もりに全身で触れるわけで、ドキドキしてしまう。心臓が跳ね上がって、体温が上昇していく。耳にまで血液が勢いよく流れ込んでくるのを自覚する。
 まずい、このままではかなりまずい。小さいながらも彼女にも当然オッパイがある。そしてこの体勢ではその柔らかさが少々伝わってくる。というか、オッパイの感触よりむしろブラジャーの感触に興奮させられる。こんな固い布切れに欲情させられるとは悲しきかな。
 「ちょっ、ちょっ!離れて離れて!」
 彼女の背中を叩きながらホールドからの解放を求める。本格的にこのクリンチはヤバイ。こちらのテンポが完全に乱される。おそらく彼女との間に拳一個分のスペースはあるが、好きな相手に強烈なボディブローをかますほど阿呆ではない。
 「ヤーダーよー!甘えたいよー、寂しいよー、辛いよー」
 こちらの要望を完全に無視し、彼女は全力で甘え続けてきた。まあ確かに彼女は慰めてもらいにきたのだし、了承した身としてはこのぐらい受け入れてしかるべきなのだろうが、不意打ちに対応できるほどの器はない。半人前で申し訳ないが、出来ないものは出来ないのだ。もっとも彼女はこちらの気持ちには気づいていないので、多分純粋に幼馴染に甘えているだけなのだろうが。
 「ほらっ、ほらっ。もうチキンライスは出来てるから。あとオムレツ焼くだけだから。早く中に入っちゃって」
 そう言うと、彼女はようやく離れてくれた。助かる。これ以上くっつかれたら流石に平静は装えない。彼女を中に迎えながらようやくドアを閉める。幸いご近所さんには特に見られなかった。助かる。
 テーブルの椅子を引き、彼女を座らせてからキッチンへと向かう。フライパンにバターをひいてから卵を割り、オムレツの準備をする。今日こそ頑張ろうと思ったが既に心は荒波だ。敗北の予感を味わいつつ、深呼吸して気持ちを落ち着ける。
 「はぁー、私ってそんなに魅力ないのかな・・。それとも、魅力を上回るほどの欠点があるのかな・・・」
 卵をかき混ぜていると、彼女がそんな風にぼやく。さっき熱烈なハイテンションハグをかましてきたからあまり落ち込んでないのかと思ったが、どうやらやはり精神的にきているらしい。声に悲しみが滲みまくっていた。やっぱり素直だなと場に似つかわしくない感慨めいたものを覚える。
 「私、彼のこと好きだった。多分今まで付き合った人のなかで一番。こういうのは比べることじゃないのかもしれないけど、それでも彼のことが一番好きだったんだと思う」
 落ち込む彼女の言葉の中に含まれた「好き」の二文字に手が、脳が、心が震えた。こんなものは何度も味わったはずなのにいつまでたっても慣れはしない。だからオムレツも上達しない。
 卵を充分熱したフライパンに投入し、半熟状態を作るように箸でかき混ぜる。見た目が良くはないスクランブルエッグ擬きがフライパンのなかで広がる。後はこれを上手く端に寄せ、天地を変えて形を整えるだけ。ただそれだけだ。
 「へぇー、そんなにだったんだ」
 震えず言葉を返せたのだろうか。分からない。自分の声すら今は遠い。水の中で発した言葉のようにボコボコという要らない付属音に聴覚が支配される。
 ただ、今日もまたオムレツを作るのは失敗した。上手く裏返せなかったそれは、グチャグチャで不格好な半生の部分をいくらか晒し、テレビに出る見目麗しいオムレツとはいささか以上に異なるものとなった。綺麗じゃない部分が上手く隠しきれていない半月型の物体をなんとか取り繕い、皿に持ったチキンライスの上にのせる。
 結局今日も勝てなかったか。既に何度も味わった敗北の味を噛み締める。広がる苦さはどうにも上手く飲み下せなさそうだった。

 「うーん、美味しい!やっぱり美味しいよこれ!」
 口一杯にオムライスを頬張った彼女は笑顔でそう言った。オーバーなりアクションとその笑顔に若干嘘の色、誤魔化しの気配があるのがすぐに分かる。結局バレバレな彼女に愛しさを感じるのは愛故だろうか。
 「すごいよ、これだけ作れたらモテモテだね。料理できる人はモテるもんね」
 彼女は手放しで称賛を投下してくるが、嬉しいかと聞かれればそうでもない。なにせ彼女に作るためにオムライスは上達したのだ。それ以外に作れる料理も大抵は彼女の好物。思わず、君以外のために作る料理に意味はないよ、などと恥ずかしいことを考える。でも今更羞恥は湧いてこない。こんなものは何度も考えていることだ。嫌なことには慣れないが、色鮮やかなドキドキは味わえば時間と共に少しずつ風化していく。恥ずかしい台詞は跳弾性を失った心にぶつかってあえなく壊れてしまった。
 「ありがと、それで今回は何がダメだったの?」
 適当に礼を言いながら、彼女の話に話題を持っていく。覚悟は決めてある。惚気話もどんとこいだ。というか、むしろこのまま彼女から話始めさせる方が怖い。どんな爆弾が不意に投げ込まれるか分かったものじゃない。
 「えっと。今回はね、知っていると思うけど・・・」
 彼女はスプーンを一度止め、そしてポツポツと成り行きを話始めた。相手との出会い、どこに惹かれたのか、どんなデートをしてきたのか、彼女はつっかえつっかえながらも話していく。それに対しては必要以上に言葉を返さないでおく。上手く返せる自信もないし、何より彼女に必要なのは思い出、既に思い出と呼ぶべきものとなった記憶の数々を話ながら整理する時間だ。慰めや同情の言葉じゃない。それをよく知っているからあえて相槌にとどめる。
 「それでね、その時彼は私に・・・」
 楽しかった頃の話に宿る喜びが、辛かった時期を話すときに滲む悲しみが、言葉に隠れきれない彼女の感情が垣間見える度に、視線は自然下を向く。一年間彼女が累積してきた出来事。その数々に、知らない彼女の世界の存在を否応なく思い知らされる。その事に不快感を感じる自分にまた、憤りと醜さを覚えた。なんてわがままなんだろう
 「それで今日呼ばれて・・・『別れよう』って、『合わなかったんだよ』って・・」
 いよいよ別れ話に入った彼女の目に宿る雫が胸を塞ぐ。渦巻いた感情が言葉という形を求めて奔流する。
 誰だ。彼女を泣かせ、悲しませ、苦しませるのは一体誰だ
 知った答えを尚も問うのは解答が欲しいからじゃない。きっと、問うことで自分の弱さから目を背けているのだ。ただの現実逃避に他ならない。
 伝えたかった。君が好きだよと
 言いたかった。絶対に泣かせないと
 話したかった。そばにいるよと
 でも思いは思いのまま、口から出ずに胸に残る。だって彼女が涙を拭きながら、笑ってこう言うのだから。
 「こういうとき、持つべきものは素直に何でも話せる幼馴染だね」って、冗談目かしてそう言うのだから。
 彼女にとってはただの幼馴染。困ったときに助けてくれる一番の親友。頼りなる腐れ縁の相手。
 求めているのは思いを自由に吐き出せる場所で、求められているのはいつまでも変わらずにいることだ。
 そうだと知っているから気持ちは伝えられない。きっと、この気持ちを伝えても彼女は迷惑だろう。なにせ今まで姓対象とすら見ていなかった相手からの突然の告白である。確実に戸惑うし、下手すれば禍根を残しかねない。そうすればもうこうして話すこともないかもしれない。
 それは嫌だった。遠くて近いこの距離を失うことは、届かない気持ちを抱え続けることの数十倍は嫌だった。そして何より、そんな私情で彼女の憩いの場を壊してしまうのが嫌だった。
 彼女とは付き合えない。当然結婚もできない。いつまでもこうして話すことはできるけど、困ったときに肩を貸してあげることはできるけど、それでも特別な意味で隣に立つことは決して出来ない。出来ないものは出来ないのだ。
 「貴方に気がないんでしょ。だから一緒にいることは出来ても、一緒に生きることは出来ない」
 そんな風に話した女友達の言葉をふと思い出した。ずいぶん上手い言葉遊びだと、聞いたときは苦笑した。女友達は目を赤く腫らしていた。気持ちに応えられないと告げたあのときの苦さ、心苦しさもあってよく覚えている。
 「一生一緒に生きられない人の側にいることに、一体なんの意味があるの」
 そんな詰問もされた。意地悪というか、性悪だと分かっていても曖昧に微笑むことしかできなかった。答えなんて持ち合わせてはいなかったのだから。
 「ありがと、ちょっと落ちついた。っていうかすこし頭回るようになった」
 話すことで元カレへの思いを手離せたのか、彼女はいくらか吹っ切れたような顔をしていた。けれど所々に散りばめられた悲しみの残滓が、全回復でないことを雄弁に語っている。これはもう少しかかりそうだなと考え、週末にでもどこかに遊びに行く計画を頭の中で立てる。某ネズミの国のようなテーマパークよりは、ウィンドウショッピングを楽しめる場所の方がいいだろう。衝動買いし過ぎない程度で楽しめるデパートや百貨店、複合ショッピングセンターをいくつかリストアップする。
 そんな風に腕組みしながら彼女慰め計画を立案していると、彼女がこちらを下から覗き込んできた。上目遣いがどこか蠱惑的で、あどけなさを残したオトナの魅力にとりつかれそうになる。
 「優しさに甘えっぱなしだし、実際いつも私の悩み聞いてくれるのは助かるけどさ、ゆうちゃんも私に困ったときは相談していいんだよ」
 どうやら彼女はこちらもなにか悩みごとを抱えているとポージングから判断したらしく、そして心配してくれたらしい。気持ちは大変嬉しいが、馬鹿正直に、君を癒す方法を探している、なんて言えるわけがなく答えにつまる。
 「別に・・、特に困ってないよ。勉強に関しても、私生活に関しても」
 ちょっとつっけんどんに返してしまうが、これでも結構努力したので許してほしい。視線を横にそらしながら、続く質問を避ける。
 この返答は予想していたのか、彼女は目の前で苦笑いしていた。それから、
 「困ってない、ってことはないでしょ。ゆうちゃん年齢イコール恋人いない歴だし。少なくとも色恋沙汰の話一切聞かないもん」
 そう続けてくる。図星だった。昔はそもそもそういうことに興味がなかったし、思春期に入ってからは彼女一筋だったのだから、確かに色恋沙汰が表立って人生で語られることは今までなかった。
 「告白とかも結構されてるんじゃないの。ゆうちゃん家庭的だし、モテるでしょ。何で一個もオーケーしないの?」
 これもまた図星だった。理由はまちまちだが、確かにいくらかされたことはある。でも全部お断りさせてもらっている。本人の前でその理由を言うのは普通に拷問だし、何よりも彼女を傷つけかねない。
 だから、誤魔化すためにまたつっけんどんな返しをしてしまう。ひねくれ者はいつまでもひねくれたままだ。大概変わらない。
 「別に・・、告白されてもそんなに嬉しくなかったし、相手のこと好きだったわけでもないから」
 本当のことは言わなかったが、嘘も言わなかった。回避の選択肢をとったことは事実だ。正解かは分からないが、多分この解答は現状維持に繋がる。
 どうやら返した答えは彼女にはいささか納得行かないようだったが、それでも理解はしてくれたらしい。でもからかうような口調でこんなことを言ってくる。
 「まあ、ゆうちゃんはしっかりしてるから私の心配なんて必要ないかもだけど。でも、墓場まで持って行かないように気を付けなよ」と。
 ハハハとは乾いた笑いで返した。持っていきたくはないが、この実らない片思いを続ける限り、忠告は聞き入れられそうもない。
 彼女も冗談のつもりで言ったので笑う。二人して笑った。私の笑顔は若干ひきつっていたかもしれないが、それでも笑う。笑う。笑う。彼女に笑っていてほしいから、笑う。
 笑いながら、また女友達の言葉を思い出した。あの言葉遊びがあまりにドンピシャな表現で、それが面白くて本当に笑う。笑うと彼女よりもやや隆起した胸元がわずかに揺れる。ブラジャーは今日も仕事に精を出してくれているらしい。


 ああたしかに、
 彼女を近くで見守ることはできるけど
 彼女を笑顔にすることはできるけど
 彼女の涙を減らせるけど
 彼女の側にいつまでもいれるけど


 私は彼女のパートナーにはなれない。相棒にはなれても、絶対にパートナーにはなれない。
 

 私では、彼女と共に生きられない。
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