A町日進月歩(BL)

一条 しいな

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第五章 思い出

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 武藤は目を覚ました。気がつけば自分の部屋だった。いつの間にか戻ってきたのだろうかと考えていると祐樹からメールが届いた。
「今すぐテレビを見ろ」と書かれている。パソコンをテレビ代わりにする。地元のニュースがわかるサイトに行く。そこには動画つきのニュースがあった。
「行方不明者発見。山中。犯人はどこへ」
 詳しくは書いていないが、男の子がいた。竣雅(しゅんが)君が見つかった。と書かれている。それ以外の子供は死んでいた。殺されたのだろうか。
 そこまで読んだ武藤は動画を再生させる。そこには陽平がいた。怯えた顔をしていた。
 武藤はじっとしていた。白木はそれを眺めていた。
「白木はわかっていたのか」
「なにを言い出すやら」
 白木はなにも知らないと言いたいのだろう。武藤は迷っていた。これは正しいことだったのか。それとも違っていたのだろうか。自分が巻き込まなければきっと早く警察が見つけたのだ。そうしてあの子達はいびつながらも生きていく。
「おまえさ。余計なことを考えているだろう」
「えっ」
 まるで武藤の心を読んだように白木がいうので武藤は戸惑っていた。白木は武藤のことなどお見通しなのだろうか。多分彼ではないだろう。彼はあの世に行ったのだ。
「結局救えたのはあいつだけ。ほかの奴らはだめだ。生きていけない」
 なにが言いたいと武藤は白木を見ていた。白木が武藤を慰めているのかとようやく武藤は気がついた。それとも罪悪感を増長させるためかと武藤は見つめていた。
「怖いか」
「なにが」
「俺が」
 いきなり武藤の顔に白木の顔が近づいてきた。彼の白い髪がふわりと揺れる。短髪である。武藤はまじまじと白木を見た。彼の造形は美しいのかよくわからない。よくある顔だと思う。武藤よりかはマシな顔なのかもしれない。
「怖くない」
「ふうん。まあいいけど」
 そうしていきなり消えた。リュックを開けてみる、現実なのかもしれないと武藤は気がついた。食べかけのスティックチョコがあったからだ。武藤はむしょうに腹が空いたような気がしたから、それを食べていた。
 甘くて固いそれは、甘すぎるような気がした。武藤は祐樹に電話をかける。数回コールを聞いた。
『武藤。あれはなんだよ』
「俺にもわからない」
『わからないって。頼りねえ』
「俺がわかること。あれは異界だけのできごとじゃないな」
『それってさ。よくわからないんだが。説明しろ』
「二つの世界がリンクしあっていた。犯人は別にいるよ。そうしなければつじつまが合わない」
『おまえがいうつじつまってなんだよ』
 武藤は考えていた。どう言葉で表現しようかと。武藤は考えていると『どうせ、聞いてもわからないからいい。それよりさ。おまえ、大丈夫かよ』と心配された。
 武藤はカーテンを開けた。朝日が入ってくる。目を細めていると『なんかさ、様子がおかしいというべきか変だった』と祐樹が言った。武藤は言われたなと考えていた。
「おまえの気にしすぎだ。仕事終わったのか」
『終わってさ。朝のニュースを見たらこんな騒ぎで。この町も物騒になったとお袋とオヤジで話したわけだ』
「ありがとう。テレビは見ないからわからなかった」
『おう。じゃあな』
 あの子達をさらったのは異界の住人だろうか。異界の住人と決まったわけではない。しかし、なぜあの山の中にとどめとく。武藤の頭の中でいろんな疑問がぐるぐるとまわっていた。
 武藤はしばらく考えていたが、やめた。考えるのは警察である。メモに書いていく。起こったことをつらつらとそれをまとめて、レポートとして提出するしかない。
 暑かった部屋にはクーラーがついている。最初にさらったのは偶然だったのかとまた武藤は考えていた。
 エアコンの風は気持ちよく、また武藤は眠くなった。だから、横になった自分に気がつかなかった。


 ポチ、ポチと呼ぶ声が聞こえる。それは自分の声か武藤には判断できなかった。ぼんやりと夢だなと思った。夢であることは確かだ。いつもの夢だ、ポチと呼ぶ、辺りは暗い。泣きそうな自分がいた。泣き出していたのかもしれない。
 心の寄りどころはポチと祐樹だった。狭い箱庭の中、武藤の自尊心は削られていた。それに気がつく大人はいない。武藤自身、自尊心と言う言葉を知らないが、自分がいらない生き物のように思えていた。
 自分が生きていることに対していいようのない不安がある。それを言葉に表現せず、武藤の表情で表現していた。
 救ってくれるのはポチと祐樹だった。祐樹はいじめっ子から武藤を守った。ガツンと言えとむちゃくちゃなことを言う。とりあえず、武藤はありがとうと言っていた。
 足で踏まれ、心をつぶされた。それから逃げる術を武藤は知らない。
 暗闇の中、ポチを探す。首輪が外れたらしい。ポチがどこかに行った。作為的に壊されたものではないとわかってもいじめっ子の顔が武藤には浮かんでいた。
「ポチ」
 懐中電灯の明かりだけか頼りだった。暗闇はまるで武藤を囲うようだった。
「わん」
 および腰の武藤はようやく笑っていた。
「祐樹」
「見つかったか。やっぱりおやつを持ってくればよかったかな」
「うーん。わからない。でも帰ろうよ」
「だめ。だってポチが一人で暗闇の中にいるんだぞ。かわいそうじゃないか」
 武藤は笑った。
「祐樹は優しいね」
「おまえさ。そこはカッコイイね、だろう。優しいなんてだめだ。今の時代はかっこいいだ」
「別に優しくてもいいんじゃないかな」
「おまえは優しすぎていじめられているけど」
 暗い顔をしている武藤を祐樹は罰が悪そうに見つめていた。
「俺に言われっぱなしだからいじめられるんだよ」
「うん。ごめん」
「謝るなよ。ここはガツンと。おまえにいじめられている奴の気持ちがわかるか、だろう」
 そんなことを言い出す祐樹に武藤は安心した。祐樹は優しいなと思った。
「探検がてら学校に行くか」
「えっ。だめだよ」
 あそこは怖い。とっさに武藤は思った。
「大丈夫。警備員に見つからなきゃ」
「祐樹。だめだよ」
「平気だって」
 ここで探そうと武藤は言った。仕方なく祐樹は同意する。
「やっぱり見当たらないな」
 うんと武藤は言った。
「おっ。祐樹じゃん。そこにいるのは武藤か」
 隣のクラスの男子がいた。男子は武藤を見てもバカにした顔をしなかった。かえって気の毒そうな顔をした。
「俺ら、学校に探検に行くんだけど」
 行くと祐樹が言った。

 武藤は目がさました。息はあがっているわけではないが、体にひやりとした汗が背中から流れた。武藤は長い髪を揺らして、首を振った。これから先がわかっている武藤はため息をついた。必死に考えないようにした。顔に手を当てる。ふっと武藤は苦笑いをもらした。
 何年経っても忘れることができない自分に情けなさを感じた。どれだけ時を積み重ねてもあの思い出が武藤を縛っていく。簡単には忘れない。
「ポチ?」
 振り返ると誰もいない。あまえている自分にひっそりと武藤はバカだなと言った。
 武藤は立ち上がり、夕飯を作ることにした。簡単なものだ。たいしたものではない。楽に作れるものである。そうして料理と言ったが、素麺を茹でたくらいだった。
 冷たい風に当たりながら、出汁がきいたつゆに浸して、ズルッと素麺をすする。それだけで夏である。不思議とこういうときは悪くないと武藤は考えていた。
『もしもし。隆太(りゅうた)?』
「はい。母さん」
『ああ。よかった。精神科にはちゃんと行っている』
『ええ。まあ』
「行っていないのね。わかっているわよ。あなたは、そうね」
『どう最近のA町は』
「物騒になったよ」
『そう。普通反対よ。親が電話をかけて子供の安否を確認するなんて。私も歳だし。あなたは全然電話をかけてこないし。それに』
「なに」
『まだうなされているの』
「いや、自分ではわからない」
『そう』
 じゃあ、また連絡すると母親は言ったのを聞いた武藤は苦笑した。精神科に通えば楽になるという幻想を抱いている。精神疾患ならば、武藤は喜んで行くだろう。しかし、たまに武藤は怖くなるときがある。本当は精神疾患ではないかと考えるときがある。
 祐樹は違うと言った。それを信じてみようと武藤は思った。
「相変わらずだな」
「白木」
「母親に電話に出るとおまえは迷う」
 はあ、と武藤はため息をついて素麺をすすっていた。半ば意地だった。武藤の気持ちをわかっているのか白木はあくびをした。
「くだらないな。人間なんて。親は一部みたいなことを言って子供なんて所詮己の欲を満たせばいいだけ。かわいければいい。いうことを聞けばいい。そうやって生かす以外ないんだな」
「おまえはどうなんだ」
「別に。どうもしない」
 白木はそう言っている。そういうのが理想的なのかもしれないと武藤は考えていた。白木とは違う考えであることに気がついた。
 母親だってつらかったのだ。どうしても普通の子にしたかったのだ。世間ではどう見えるか、どう感じるのか、白木にはわかっていない。ただ、白木は武藤に対して感じているのは憐れみかもしれない。
 親は子を守る。白木にはきっとそれがないのだろう。白木はただひたすら子は勝手に生み出されるものと感じているのかもしれない。
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