新世界

午後野つばな

文字の大きさ
上 下
38 / 47

38

しおりを挟む
 崇嗣さんが庇うようにマルの前に立った。その背中はいつ攻撃がきても備えられるよう、ぴんと張りつめている。
「例のやつを見つけたとボスに連絡しろ」
 リーダー格の男は背後にいる仲間に合図を送ると、ポケットから取り出した小型のナイフをパチンと開いた。
「あんときはずいぶん派手にやってくれたなあ。ずっと礼をしなきゃと思ってたんだ」
 男たちとの距離が、じり……、と狭まる。
「……マル」
 崇嗣さんが男たちには聞こえないよう、小さな声で囁いた。
「合図をしたら一気に反対側へ走るんだ。絶対に後ろを振り返るな。何があっても戻るなよ」
「そんなの駄目です……!」
 マルは懸命に頭を振った。崇嗣さんを置いて、自分だけ逃げるようなことはできない。
「マル!」
 鋭い声で叱責され、マルはびくりとなった。涙に濡れた目で、崇嗣さんを見る。
「お前がいると、俺は自由に動けない。だから頼む。――いけっ!」
 崇嗣さんが男のナイフを蹴り上げる。思い切り突き飛ばされて、マルはその場でたたらを踏んだ。崇嗣さんを置いてはいけないと心は叫ぶ。しかし、自分がいては崇嗣さんの妨げになるのだ。
 唇を噛みしめ、迷いを断ち切るように走り出した瞬間、背後から銃声が鳴り響いた。マルは鞭で打たれたようにその場に立ち竦んだ。
「いいか、次は本気で撃つぞ。それが嫌なら、おとなしくこっちへこい」
 男の銃口は崇嗣さんを狙っていた。思わず戻りかけたマルに、崇嗣さんが叫んだ。
「マル、いけ! いいから逃げるんだっ!」
 マルは頭を振った。そんなことできるはずがない。涙が頬を伝い落ちる。
「このばかが……っ!」
 崇嗣さんたちのほうへ足を進めるマルに、崇嗣さんが痛みを堪えるかのように表情を歪めた。男が振り下ろしたグリップが、崇嗣さんのこめかみに当たった。ガツッと鈍い音がして、崇嗣さんの身体が前へと傾く。
「崇嗣さん……っ!」
 崇嗣さんのこめかみにぬるりとした赤い液体を目にした瞬間、頭の中が真っ白になった。マルの身体の奥から何かとてつもない巨大なエネルギーが矢のように放出し、まっすぐに男に向かう。
「わああああぁー……っ!」
 ブレーカーがバチンと弾けたように、街中の電気がふつりと消えた。
 それは異様な光景だった。
 暗闇の中で銃を持っていた男が悲鳴を上げ、踊り狂うように身体を動かしていた。焼けるような臭い。男の臀部の辺りが激しく燃えている。
 やがて明かりが戻り始めると、呆然と立ち竦んでいた男の仲間が、ようやく火を消そうとした。
「な、何だ、一体何が起こってる!」
「とりあえず火を消せ! 早く!」
「お前、こいつに何したんだよ!?」
 自分たちに何が起きているのかわからないまま、男たちは慌てたようすで火を消している。その中で、崇嗣さんだけが信じられないものを目にした表情で、マルを見ていた。
「マル……?」
 よかった、無事だった……。
 マルは微笑んだ。そのまま崩れ落ちる。
「マル――……っ!」
 崇嗣さんが駆け寄ってくるのを、マルは薄れゆく意識の中で感じていた。
「マル! しっかりしろっ! マルっ! マル……っ!」
 ――私は大丈夫です。だからそんな顔をしないでください……。
 声に出したつもりが、ちゃんと音になっていたのかわからない。崇嗣さんに抱きしめられながら、マルは自分の身体の一部がショートしたように、プスプスと音を立てているのがわかった。全身が鉛のように重く、もう指の一本も動かせそうにない。
 崇嗣さん……。崇……嗣、さ……。
 視界が暗くなる。そしてついに、マルのすべての機能は停止した。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

肌が白くて女の子みたいに綺麗な先輩。本当におしっこするのか気になり過ぎて…?

こじらせた処女
BL
槍本シュン(やりもとしゅん)の所属している部活、機器操作部は2つ上の先輩、白井瑞稀(しらいみずき)しか居ない。 自分より身長の高い大男のはずなのに、足の先まで綺麗な先輩。彼が近くに来ると、何故か落ち着かない槍本は、これが何なのか分からないでいた。 ある日の冬、大雪で帰れなくなった槍本は、一人暮らしをしている白井の家に泊まることになる。帰り道、おしっこしたいと呟く白井に、本当にトイレするのかと何故か疑問に思ってしまい…?

壁穴奴隷No.19 麻袋の男

猫丸
BL
壁穴奴隷シリーズ・第二弾、壁穴奴隷No.19の男の話。 麻袋で顔を隠して働いていた壁穴奴隷19番、レオが誘拐されてしまった。彼の正体は、実は新王国の第二王子。変態的な性癖を持つ王子を連れ去った犯人の目的は? シンプルにドS(攻)✕ドM(受※ちょっとビッチ気味)の組合せ。 前編・後編+後日談の全3話 SM系で鞭多めです。ハッピーエンド。 ※壁穴奴隷シリーズのNo.18で使えなかった特殊性癖を含む内容です。地雷のある方はキーワードを確認してからお読みください。 ※No.18の話と世界観(設定)は一緒で、一部にNo.18の登場人物がでてきますが、No.19からお読みいただいても問題ありません。

欲情列車

ソラ
BL
無理やり、脅迫などの描写があります。 1話1話が短い為、1日に5話ずつの公開です。

侯爵令息セドリックの憂鬱な日

めちゅう
BL
 第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける——— ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。

彼の理想に

いちみやりょう
BL
あの人が見つめる先はいつも、優しそうに、幸せそうに笑う人だった。 人は違ってもそれだけは変わらなかった。 だから俺は、幸せそうに笑う努力をした。 優しくする努力をした。 本当はそんな人間なんかじゃないのに。 俺はあの人の恋人になりたい。 だけど、そんなことノンケのあの人に頼めないから。 心は冗談の中に隠して、少しでもあの人に近づけるようにって笑った。ずっとずっと。そうしてきた。

白雪王子と容赦のない七人ショタ!

ミクリ21
BL
男の白雪姫の魔改造した話です。

膀胱を虐められる男の子の話

煬帝
BL
常におしがま膀胱プレイ 男に監禁されアブノーマルなプレイにどんどんハマっていってしまうノーマルゲイの男の子の話 膀胱責め.尿道責め.おしっこ我慢.調教.SM.拘束.お仕置き.主従.首輪.軟禁(監禁含む)

処理中です...