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しおりを挟む隣で眠る崇嗣さんを起こさないよう、マルは慎重にベッドから抜け出すと、寝室の扉を閉めた。
荷物は何もなかった。この家にいる間に、崇嗣さんに買ってもらった衣類や小物はどれもマルの宝物だったけれど、崇嗣さんの存在を匂わせるようなものは何ひとつ持って出るわけにはいかなかった。
マルはコートを羽織ると、几帳面に折り畳んだ衣類の上に、昼間何度も書き直した崇嗣さん宛の手紙を置いた。最後に襟元のてんとう虫の投影機を外して、それも重ねる。崇嗣さんへの手紙には、ただ元の場所に戻ることと、感謝の言葉だけを綴った。自分が見つかったことが世間に広まれば、崇嗣さんに危険が及ぶことはなくなるだろう。マルは最後にもう一度、寝室を振り返った。
どうか、いつまでも幸せでいてください。
明かりが消えた室内で、金色の目が光る。近づくと、ヴィオラが億劫そうに顔を上げた。
「いきます」
フードを深く被り、音を立てないよう家を出る。
初めてこの地区を訪れたときは、月明かりひとつない暗い夜だった。それまで命令に背いたことなど一度もなく、考えたことすらなかった。すべてが不安でたまらず、ヴィオラの話が本当かどうかもわからずに、また彼がどういう意図でそんなことを自分に言ったのかも想像できなかった。明らかな規約違反を犯しながら、彼が自分と身体を交換してくれるなんて信じていなかったように思う。それでもここにくる以外の選択肢はマルにはなかった。あの人に、崇嗣さんに会えるのなら。
施設に戻った後、自分の扱いがどうなるのかはわからない。何らかの処分が下されるのは間違いないが、ヴィオラのボディに関してだけを言えば、そのまますぐに廃棄処分ということにはならないだろう。おそらくは問題のある部分だけが取り出され、また商品として流通させることになるのだろう。マルはこの先どんな未来が自分を待っていたとしても、すべてを受け入れる覚悟はできていた。
「マル……っ!」
泣きたくなるほどに恋しい声が聞こえたそのとき、腕を掴まれ、抱きしめられていた。
「崇嗣さん……?」
どうして彼がここに……?
状況がつかめず呆然とするマルに、崇嗣さんが怒ったような顔で詰め寄る。
「何だあの手紙は!? なぜ黙っていなくなろうとした? 一体何を考えている?」
その顔に、これまで見たことのないほど追いつめられたものを感じて、マルの張りつめていた心がぷつんと弾けた。
「私は、崇嗣さんのそばにいてはいけないんです! 私と一緒にいるせいで、あなたに危険が及んでしまう! あなたを守りたいのに、私にできることはほかにないんです!」
崇嗣さんにちゃんと説明しなくてはと思うのに、順序立てて話すことができない。泣いていては話ができないのに、あふれる涙を止めることができない。
「そばにいてはいけないなど誰が決めた! 危険なんて何でもないんだよ、マル。お前がいない人生なんて、俺には考えられない。お前が俺を変えたんだ」
壊れそうなほどにきつく抱きしめられて、胸が震えた。きっともう二度と会えない。たとえ会えたとしても、そのときの自分には崇嗣さんがわからないかもしれない。そう覚悟していたはずなのに、崇嗣さんに抱きしめられると、たちまち心が弱くなってしまう。このまま離れたくないと、過ぎた望みを抱いてしまう。嫌だ、離れたくない。
「私もあなたと一緒にいたい……! ずっとそばにいたい……!」
ようやく本音を吐き出すことのできたマルに、崇嗣さんがほっと息を吐いた。家に帰ろう、と崇嗣さんが言ったときだった。
「カップルが見せつけてくれると思ったら、あんときのセクサロイドじゃねえか。随分と探したぜ」
それは以前絡んできた、アジア系のグループの男たちだった。あのときは三人だったが、今回は六人だ。男たちはにやにやと嫌らしい笑みを浮かべながら、マルたちに近づいてくる。
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