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咎めるような日下の言葉に、緒方がしまった、という表情を浮かべた。そのまま違う話題へと移るが、なんとなくすっきりしないような微妙な空気が流れる。徹がこちらを見るのを、日下は気づかない振りをして、ウェイターにワインのお代わりを頼んだ。
花園画廊の日下は身体を使って作家を虜にしている。日高源が自分の作品を花園画廊の担当者以外には任せないのもそれが理由だと、一部関係者が自分のことをやっかみ混じりに噂していることを日下は知っている。
もちろんそれはデマにすぎず、そんな事実はどこにもない。中には勘違いをしておかしなモーションをかけてくる手合いもいるが、そんな相手をあしらうくらい、日下にとって大したことではなかった。日下は一度だって自分の身体を使って仕事を取ってきたことはない。
確かに日下のモラルは低く、セックスは好きだ。だけど仕事のために身体を使う必要がどこにあるのというのか。
そんな面倒なこと誰がするか。
日下が誰かと寝るとしたら、単純に自分がそうしたいと望んだからだ。もしそれで誰かが自分を見くびったとしても、そんなものどうだっていいし、そのことを逆手に取るくらいの強かさは持ち合わせていた。緒方がどんな意図でそんな話を持ち出したのかわからず、日下は警戒しつつも話を合わせる。
ようやくメインが運ばれてきた。あとはこれさえ食べ終えれば、この会も終了だ。ワインを飲みながら、日下がほっと気を抜きかけたときだった。
「きみは衛のことが好きなんだろう。もちろん、それは叔父だからという意味ではない。恋愛感情という意味でだ」
「緒方先生!」
すっと、自分の顔から血の気が引くのを日下は感じた。
「何があったのかは知りませんが、きょうのあなたは変だ。徹、その質問には答えないでいい」
日下は通りかかったウェイターに会計を頼んだ。いったい緒方がどういうつもりなのかはわからないが、こんな茶番はもうたくさんだった。
「食事の途中で申し訳ありませんが、これで失礼します。徹、帰るぞ」
なかなか戻らないウェイターに苛立ちを募らせながら、日下は膝の上のナプキンをテーブルに置いた。緒方は何も言わなかった。ただ何を考えているのかわからない瞳をしていた。その表情になぜか諦めのような色を見つけて、日下の胸がちくりと痛んだ。
なぜだ、なぜ僕が罪悪感のようなものを抱かなければいけない。悪いのは緒方のほうだろう。
「衛さん」
日下の手に、徹がそっと触れた。その温もりに、苛立っていた日下の気持ちがわずかに削がれる。
「あなたがどういうつもりでそんなことを訊ねるのかはわかりません。正直答える義理もありませんが、さっきの質問の答えならイエスです。俺は衛さんのことが好きだ」
「徹!」
思わず声を上げた日下を、徹が静かな目で見つめ返した。
花園画廊の日下は身体を使って作家を虜にしている。日高源が自分の作品を花園画廊の担当者以外には任せないのもそれが理由だと、一部関係者が自分のことをやっかみ混じりに噂していることを日下は知っている。
もちろんそれはデマにすぎず、そんな事実はどこにもない。中には勘違いをしておかしなモーションをかけてくる手合いもいるが、そんな相手をあしらうくらい、日下にとって大したことではなかった。日下は一度だって自分の身体を使って仕事を取ってきたことはない。
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日下が誰かと寝るとしたら、単純に自分がそうしたいと望んだからだ。もしそれで誰かが自分を見くびったとしても、そんなものどうだっていいし、そのことを逆手に取るくらいの強かさは持ち合わせていた。緒方がどんな意図でそんな話を持ち出したのかわからず、日下は警戒しつつも話を合わせる。
ようやくメインが運ばれてきた。あとはこれさえ食べ終えれば、この会も終了だ。ワインを飲みながら、日下がほっと気を抜きかけたときだった。
「きみは衛のことが好きなんだろう。もちろん、それは叔父だからという意味ではない。恋愛感情という意味でだ」
「緒方先生!」
すっと、自分の顔から血の気が引くのを日下は感じた。
「何があったのかは知りませんが、きょうのあなたは変だ。徹、その質問には答えないでいい」
日下は通りかかったウェイターに会計を頼んだ。いったい緒方がどういうつもりなのかはわからないが、こんな茶番はもうたくさんだった。
「食事の途中で申し訳ありませんが、これで失礼します。徹、帰るぞ」
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「衛さん」
日下の手に、徹がそっと触れた。その温もりに、苛立っていた日下の気持ちがわずかに削がれる。
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