恋の実、たべた?

午後野つばな

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 いつも家事をしてくれる徹にたまには飯でもおごってやろうと、仕事帰り、日下は徹と待ち合わせをしていた。
 思ったよりも仕事が早く終わり、新しくできた大型書店をのぞいてみる。時間を潰すだけのつもりが、ついあれこれと気になった本を積んでしまう。レジで会計をすませ、自宅までの配送を頼むと、いつの間にか約束の時間はとっくに過ぎていた。急いで待ち合わせ場所に向かうと、駅前の人混みに紛れて、徹が本を読んでいるのが見えた。一瞬足を止め、その姿に見とれてしまう。日下は我に返ると、徹に声をかけた。
「悪い、遅れた」
「衛さん」
 徹が日下に気がつき、顔を輝かせる。その瞬間、日下の心臓は小さく跳ねた。
「大丈夫、俺も少し前にきたところ。お仕事おつかれさま」
「あ、ああ……」
 徹が手にしていた本をリュックにしまう。日下は気を取り直すと、「何か食べたものはあるか?」と徹に訊ねた。
「そうだなあ、何でもいいけど、肉よりは魚の気分かな」
「魚か。前にいった江ノ島の店はどうだ? まかない丼が旨いって言っていたやつ。夜にはいったことがないだろう」
「ああ、いいね」
 それなら電車だと、改札口へ足を向けたときだった。
「衛」
 思いがけない相手から突然声をかけられて、日下は目を見開いた。緒方はこちらへやってくると、日下の隣にいる徹を見て、初めてその存在に気づいたという顔をした。
「彼は?」
「こんにちは。佐野です」
 日下が制止する間もなく、徹が緒方に挨拶してしまう。こうなっては仕方がない。日下は内心の動揺を抑えると、「緒方先生、甥の徹です。徹、仕事でお世話になっている緒方先生だ」とふたりを紹介した。
「ああ、彼が例の……。どうも初めまして。日下くんにはいつもお世話になっています。緒方です。きみには一度会ってみたかった」
「俺に?」
「緒方先生、きょうはどうなさったんですか?」
 緒方の言葉を徹が不審に思う前に、日下は慌てて緒方に訊ねる。
「さっきまで近くのカフェで担当と打ち合わせをしていたんだよ。似た人がいるなと思って見ていたら、本当にきみだったんで驚いたよ」
「そうですか。それは偶然ですね」
 日下にしてみたら、ひどくついてない偶然だった。
「それでは私たちはここで……」
 一刻も早くその場から去りたい日下の言葉を遮るように、
「そうだ、せっかくの機会だからこの後一緒に食事でもどうかな」
 と緒方に言われ、日下はいつものポーカーフェイスも忘れてぎょっとなる。
「いえ。それは……」
 いったいどういうつもりですかという日下の無言の訴えには気づかないようすで、緒方は穏やかな笑みを浮かべた。
「知り合いが近くで鎌倉野菜を使ったイタリアンをやっているんだが、なかなか評判でね。それとも、若い人はもっとがっつりしたものがいいかな?」
「いえ、俺は……」
 日下と緒方の関係を知らない徹が、ちらっと日下を見た。日下の仕事相手に、どうしたら失礼にあたらないか考えているようだ。そのようすを見て、日下は覚悟を決めた。今後仕事の上ではやりづらくなるだろうが、仕方ない。さすがにこれはルール違反だ。
「緒方先生――」
「衛さんがいいなら俺は構いませんよ」
「徹……」
 驚きに目を瞠った日下を徹が見る。自分をまっすぐに見る徹の瞳に、日下はわけもなく後ろめたい気持ちになった。
「それじゃあ決まりだ」
 朗らかなようすで徹を促し、店へと向かう緒方に、日下はもはや止める術を持たなかった。
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