13 / 85
1
8
しおりを挟む
そうすけはそう言うと、ふいっとそっぽを向いてどこかへ消えてしまった。
また知らぬ間に何かそうすけの気分を害することをしてしまったのかとさとりが心配する前に、思念のような微かな感情が聞こえてきた。
『……なんだよ、かわいいって。男相手にそんなふうに思うなんて、俺おかしいだろ。……でもなんかあいつ放っておけないんだよな』
さとりは大きく目を瞠った。そうすけのかわいい、という言葉がじわじわっと全身に伝わってきて、叫びだしたいほどにうれしい。それでもいきなり大声を出したら、そうすけに嫌がられるだろうという認識はさすがにあって、ぐうぐうと獣のようなうなり声を発して我慢をしていたら、いつの間にか戻ってきたそうすけに怪訝な顔をされてしまった。
「何やってんのお前……」
『やっぱ俺ちょっと早まったか……?』
「ほら、これバスタオルな。バスルームは向こうの奥だから。湯船に湯も張ってあるからゆっくりどうぞ」
白いふわふわのタオルを手渡されて、さとりはそうすけに案内された小さな部屋へと入る。風呂というものの存在はかろうじて知っていた。そこで人間は身体を洗うのだ。さとりは風呂に入ったことはなかったけれど、代わりにいつもは川の水で身体を洗っていた。どきどきしながら着ていた服を脱いで、「バスルーム」に入る。
このホースみたいなもので身体を洗うんだよな?
蛇口を捻ったとき、いきなり頭の上から細かい雨のようなものが大量に降ってきて、さとりは慌てた。
「……っ!」
声にならない悲鳴を上げ、あたふたと水を止めようとしたところで、濡れたタイルに足が滑った。
「……×○△■☆っ!」
ガラガラガッシャンという派手な音を立てて転んださとりの元に、そうすけが慌てたようすで飛び込んでくる。
「どうした大丈夫か!?」
『一体何事だ!?』
裸で浴室に転がっているさとりの上から、シャワーの水が降ってくる。
「……そーすけ。いたい……おでこ、あたま打った……」
打った頭を両手で押さえながら、さとりが涙目で見上げると、その目が合った。さとりは、普段は長い前髪で隠れている自分の顔が、いまは水に濡れて出ていることにも気づかなかった。何かに驚いたように目を見開き、言葉を失ったそうすけが、じっと自分を凝視している。
『きらきらした目が宝石みたいだ……』
そうすけの視線が舐めるようにさとりの頭から足の爪先までを走った。
「そーすけ?」
真っ赤な顔で絶句したそうすけが、ハッと我に返った。なぜか怒ったような表情でさとりから目をそらすと、洗面所に置いてあったバスタオルをつかみ、蛇口を閉めようとする。
「わっ、わ、わ、冷てっ! 冷てっ!」
『くそっ、なんで水なんだよ!』
それからさとりの身体をふんわりとバスタオルで包み込んでくれた。そうすけも頭から水をかぶり、濡れてしまっている。
「あー、くそっ」
『びしょ濡れだ』
そうすけから伝わってくる苛立ちの感情が、さとりの胸を刺す。
やっぱりおいらは疫病神だ。そうすけにとって、ろくなことがない。
さとりが内心で落ち込んでいると、そうすけの手がさとりの頭に触れた。
「頭、どこ打った? 見せてみろ」
『大丈夫か……?』
濡れた前髪をそっと指で掻き上げ、慎重にさとりのおでこの部分を探る。真剣な眼差しに、さとりは声もなくじっとそうすけを見つめた。
なんだか胸が苦しい。心臓が何かの病気になったみたいだ。
「ああ、たんこぶになってる」
『……よかった。大したことはなさそうだ』
そうすけがほっとしたように息を吐き出す。それとともに、張りつめていた空気が緩んだ気がした。
さとりの視線に気づいたそうすけがハッと目を見開く。それからなぜか嫌そうに顔をしかめると、さとりの頭から手を離した。
『そんな目でじっと見るな』
さとりは目を見開いた。そうすけが不機嫌そうな顔をしているのは、すべて自分のせいだと思った。
「ご、ごめん」
「……え?」
『こいつ、何謝ってる?』
さとりはそうすけから視線をそらすと、上がっていた前髪を下ろし、顔を隠した。そのとき、はっきりと言葉にならないくらいの微かな、けれどがっかりしたような思念が、そうすけから伝わってきた。
「じっと見てごめんなさい」
『……?』
そうすけが眉をひそめる。
今更手遅れかもしれないが、さとりは少しでもそうすけから嫌われたくはなかった。自分の顔を見ないでそれが叶うなら、顔を隠すことなど何でもないことだ。
うつむいて顔を上げようとしないさとりに、そうすけは諦めたようなため息を吐いた。
「……それで、なんで水を使っていたんだ? いくら夏場だといっても風邪を引くだろう」
さとりはきょとんとした。そうすけに、何を言われているのかわからない。ぽかんとしたさとりの表情を見て、そうすけの顔がますます疑わしいものに変わった。眉間の皺がぐっと深くなる。
「……まさか、これまで一度も風呂に入ったことがないなんて言わないよな?」
口にしたそうすけ自身、そんなことはあり得ないと考えているようだった。
さとりは慌てて頭を振った。それを見て、そうすけがほっとした顔をした。
そうすけに訊かれたとおり、風呂に入るのは初めてだったけれど、いつもちゃんと体は洗っている。だから不潔ではないのだ、嫌いにならないでほしい。
また知らぬ間に何かそうすけの気分を害することをしてしまったのかとさとりが心配する前に、思念のような微かな感情が聞こえてきた。
『……なんだよ、かわいいって。男相手にそんなふうに思うなんて、俺おかしいだろ。……でもなんかあいつ放っておけないんだよな』
さとりは大きく目を瞠った。そうすけのかわいい、という言葉がじわじわっと全身に伝わってきて、叫びだしたいほどにうれしい。それでもいきなり大声を出したら、そうすけに嫌がられるだろうという認識はさすがにあって、ぐうぐうと獣のようなうなり声を発して我慢をしていたら、いつの間にか戻ってきたそうすけに怪訝な顔をされてしまった。
「何やってんのお前……」
『やっぱ俺ちょっと早まったか……?』
「ほら、これバスタオルな。バスルームは向こうの奥だから。湯船に湯も張ってあるからゆっくりどうぞ」
白いふわふわのタオルを手渡されて、さとりはそうすけに案内された小さな部屋へと入る。風呂というものの存在はかろうじて知っていた。そこで人間は身体を洗うのだ。さとりは風呂に入ったことはなかったけれど、代わりにいつもは川の水で身体を洗っていた。どきどきしながら着ていた服を脱いで、「バスルーム」に入る。
このホースみたいなもので身体を洗うんだよな?
蛇口を捻ったとき、いきなり頭の上から細かい雨のようなものが大量に降ってきて、さとりは慌てた。
「……っ!」
声にならない悲鳴を上げ、あたふたと水を止めようとしたところで、濡れたタイルに足が滑った。
「……×○△■☆っ!」
ガラガラガッシャンという派手な音を立てて転んださとりの元に、そうすけが慌てたようすで飛び込んでくる。
「どうした大丈夫か!?」
『一体何事だ!?』
裸で浴室に転がっているさとりの上から、シャワーの水が降ってくる。
「……そーすけ。いたい……おでこ、あたま打った……」
打った頭を両手で押さえながら、さとりが涙目で見上げると、その目が合った。さとりは、普段は長い前髪で隠れている自分の顔が、いまは水に濡れて出ていることにも気づかなかった。何かに驚いたように目を見開き、言葉を失ったそうすけが、じっと自分を凝視している。
『きらきらした目が宝石みたいだ……』
そうすけの視線が舐めるようにさとりの頭から足の爪先までを走った。
「そーすけ?」
真っ赤な顔で絶句したそうすけが、ハッと我に返った。なぜか怒ったような表情でさとりから目をそらすと、洗面所に置いてあったバスタオルをつかみ、蛇口を閉めようとする。
「わっ、わ、わ、冷てっ! 冷てっ!」
『くそっ、なんで水なんだよ!』
それからさとりの身体をふんわりとバスタオルで包み込んでくれた。そうすけも頭から水をかぶり、濡れてしまっている。
「あー、くそっ」
『びしょ濡れだ』
そうすけから伝わってくる苛立ちの感情が、さとりの胸を刺す。
やっぱりおいらは疫病神だ。そうすけにとって、ろくなことがない。
さとりが内心で落ち込んでいると、そうすけの手がさとりの頭に触れた。
「頭、どこ打った? 見せてみろ」
『大丈夫か……?』
濡れた前髪をそっと指で掻き上げ、慎重にさとりのおでこの部分を探る。真剣な眼差しに、さとりは声もなくじっとそうすけを見つめた。
なんだか胸が苦しい。心臓が何かの病気になったみたいだ。
「ああ、たんこぶになってる」
『……よかった。大したことはなさそうだ』
そうすけがほっとしたように息を吐き出す。それとともに、張りつめていた空気が緩んだ気がした。
さとりの視線に気づいたそうすけがハッと目を見開く。それからなぜか嫌そうに顔をしかめると、さとりの頭から手を離した。
『そんな目でじっと見るな』
さとりは目を見開いた。そうすけが不機嫌そうな顔をしているのは、すべて自分のせいだと思った。
「ご、ごめん」
「……え?」
『こいつ、何謝ってる?』
さとりはそうすけから視線をそらすと、上がっていた前髪を下ろし、顔を隠した。そのとき、はっきりと言葉にならないくらいの微かな、けれどがっかりしたような思念が、そうすけから伝わってきた。
「じっと見てごめんなさい」
『……?』
そうすけが眉をひそめる。
今更手遅れかもしれないが、さとりは少しでもそうすけから嫌われたくはなかった。自分の顔を見ないでそれが叶うなら、顔を隠すことなど何でもないことだ。
うつむいて顔を上げようとしないさとりに、そうすけは諦めたようなため息を吐いた。
「……それで、なんで水を使っていたんだ? いくら夏場だといっても風邪を引くだろう」
さとりはきょとんとした。そうすけに、何を言われているのかわからない。ぽかんとしたさとりの表情を見て、そうすけの顔がますます疑わしいものに変わった。眉間の皺がぐっと深くなる。
「……まさか、これまで一度も風呂に入ったことがないなんて言わないよな?」
口にしたそうすけ自身、そんなことはあり得ないと考えているようだった。
さとりは慌てて頭を振った。それを見て、そうすけがほっとした顔をした。
そうすけに訊かれたとおり、風呂に入るのは初めてだったけれど、いつもちゃんと体は洗っている。だから不潔ではないのだ、嫌いにならないでほしい。
0
お気に入りに追加
50
あなたにおすすめの小説
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜
きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員
Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。
そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。
初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。
甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。
第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。
※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり)
※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り
初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。
社畜だけど異世界では推し騎士の伴侶になってます⁈
めがねあざらし
BL
気がつくと、そこはゲーム『クレセント・ナイツ』の世界だった。
しかも俺は、推しキャラ・レイ=エヴァンスの“伴侶”になっていて……⁈
記憶喪失の俺に課されたのは、彼と共に“世界を救う鍵”として戦う使命。
しかし、レイとの誓いに隠された真実や、迫りくる敵の陰謀が俺たちを追い詰める――。
異世界で見つけた愛〜推し騎士との奇跡の絆!
推しとの距離が近すぎる、命懸けの異世界ラブファンタジー、ここに開幕!
【BL】国民的アイドルグループ内でBLなんて勘弁してください。
白猫
BL
国民的アイドルグループ【kasis】のメンバーである、片桐悠真(18)は悩んでいた。
最近どうも自分がおかしい。まさに悪い夢のようだ。ノーマルだったはずのこの自分が。
(同じグループにいる王子様系アイドルに恋をしてしまったかもしれないなんて……!)
(勘違いだよな? そうに決まってる!)
気のせいであることを確認しようとすればするほどドツボにハマっていき……。
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです
おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの)
BDSM要素はほぼ無し。
甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。
順次スケベパートも追加していきます
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる