その声が聞きたい

午後野つばな

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プロローグ

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 慌てて岩の上から滑り降りてきたそうすけが、河原で膝を抱えて泣くさとりの背中をさする。
『どうしよう……。泣かないで。どこか痛いの? さとり?』
 おろおろとしたそうすけの気持ちが伝わってくるたびに、さとりはますます胸が苦しくなった。
「あっ、そうだ!」
 突然、そうすけは何かを思い出したように、手の中のものをさとりに向かって差し出した。
「これあげる!」
 そうすけの手のひらの上で、紫水晶がきらきらと輝いている。それは少年の宝物であったはずではないのか?
 涙に濡れた目でそうすけを見ると、少年は少しだけ赤くなった顔でぱちぱちとまばたきした。すぐにハッとなったように、ためらうさとりの手に石を握らせた。
「……いいの?」
「いいよ!」
 そうすけは怒ったような口調で言い放つと、恥ずかしそうにくしゃりと笑った。
 さとりは手のひらの石を見つめ、大切そうにぎゅっと胸の前で握りしめた。一度は止まった涙が、再び盛り上がる。
『ええ~っ、なんで~??』
 そうすけの無邪気な声がさとりの胸をあたためる。
 それからそうすけはさとりが泣き止むまでの長い時間を、辛抱強く背中をさすってくれた。
 夏休みが終わってそうすけが「東京」に帰ってからも、さとりはそうすけを待ち続けた。帰る前、また来年も会いにくるからと、そうすけが約束をしてくれたからだ。秋がきて、冬になり、野山に雪が降り積もった。さとりは少年との約束を待ち続けた。妖怪仲間たちはそんなさとりをバカにし、人間なんかを信じるなんて愚か者のすることだと、嘲笑った。そうして人間に焦がれるさとりは、妖怪たちの間からますます孤立した。けれどさとりはもう気にしなかった。そうすけとの約束を信じることが、さとりにとって唯一の希望だったからだ。そうすけとの約束を思い浮かべたときだけ、さとりの胸はあたたかくなった。
 春がきて、また夏がきた。
 そうすけはさとりとの約束を破らなかった。さとりにとって、そうすけといられることは、まさに夢のような時間だった。楽しい時間は飛ぶように過ぎていき、夏の終わり、また来年も会いにくるからと約束をした少年は、その次の年、さとりに会いにくることはなかった。
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