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――どうだ、自分が何者かを思い出して、気が変わったか? 俺と一緒に世界を手に入れようという気になったか?
ヒースは微かに首を振った。
――いや、俺はいまのまま、ただのヒースでいい。
緑の龍は、ヒースがそう答えることをはじめからわかっていたように、片方の眉をひょいと持ち上げた。
――ふん……。相変わらず面白味のないやつだ。
それから何かに気づいたように、ヒースの手元に視線を落とした。
――その小僧も気づいたか。
新しい姿に生まれ変わったヒースの身体に、小さな手が触れた。シュイだ。シュイが気がついたのだ。
――……ヒース?
シュイの瞳はヒースを見て、驚いたように大きく見開かれた。
――シュイ……。
かつて自分が龍であったことなどヒース自身すっかり忘れていたのに、こんな姿をいきなり目にしたシュイが驚き、恐怖を感じないわけがない。だが、そんなヒースの不安は杞憂だった。シュイはぱちぱちっと瞬きをすると、ヒースが少しでも力を入れ間違えたら自分の身体などひとたまりもないであろうその指に、躊躇なく抱きついた。
――そうか、きみは龍だったんだね。なぜだかわからないけど、もうずっと知っていた気がするよ。
シュイは少しも怖がるようすもなく驚くヒースの顔を見ると、にこりと微笑んだ。ヒースは感動したように胸が詰まった。
――シュイ……。
――……ふん。まったくつまらねえ。
そのとき、すぐ側でそんな声が聞こえた。
――アルド。
身を翻し、そのままどこかへいこうするアルドを、ヒースは呼び止めた。
――どうして助けてくれた? 見捨てることもできたのに、何度も助けてくれただろう?
ヒースの問いかけにアルドは目を細めると、面白くなさそうにふんと息を漏らした。
――昔、その石が人間の世界に興味を持ったのは俺のせいだからだよ……。俺が唆したからだ。
――なぜそんなことをした?
はじめて知る事実に、ヒースは大きく目を瞠った。アルドはヒースの問いかけには答えなかった。しばらく考えるように沈黙した後、アルドが告げたのはヒースが訊ねたのとは別の言葉だ。
――その石を失い、本来の姿も忘れて何度人間の姿に転生しても、お前は記憶がないくせに、いつもその石を追い求めた。何度も何度も、そりゃあもうしつこいくらいにだ。今回はさすがに諦めたかと思ったが、何も変わりゃしねえ。お前が大切に思うのはいつもその石のことだ。たとえ自分の命がなくなろうともな。
――だから何度も助けてくれた……?
アルドが首を回し、ヒースを見る。その澄んだ翡翠の瞳に、深い眼差しに、ヒースは見覚えがあった。
遠い昔、ヒースがまだ生まれたての小さな青龍だったとき、その側には兄弟と思しき緑龍がいた。二匹の龍は一緒に育ったが、やがて成長するにしたがって、その関係は少しずつ変化していった。青龍に、兄弟の龍以外でもっと大事にする存在ができたからだ。――シュイだ。
――アルド、俺は……。
言い掛け、躊躇うようにヒースは口を閉じる。何を言っても言い訳になってしまう気がした。そして、きっとアルドはヒースの同情を何よりも好まない。
アルドはヒースの気持ちを見透かしたように目を細めると、大地に跪く人間たちを見下ろした。
――ふん。つまらねえ……。
ヒースは微かに首を振った。
――いや、俺はいまのまま、ただのヒースでいい。
緑の龍は、ヒースがそう答えることをはじめからわかっていたように、片方の眉をひょいと持ち上げた。
――ふん……。相変わらず面白味のないやつだ。
それから何かに気づいたように、ヒースの手元に視線を落とした。
――その小僧も気づいたか。
新しい姿に生まれ変わったヒースの身体に、小さな手が触れた。シュイだ。シュイが気がついたのだ。
――……ヒース?
シュイの瞳はヒースを見て、驚いたように大きく見開かれた。
――シュイ……。
かつて自分が龍であったことなどヒース自身すっかり忘れていたのに、こんな姿をいきなり目にしたシュイが驚き、恐怖を感じないわけがない。だが、そんなヒースの不安は杞憂だった。シュイはぱちぱちっと瞬きをすると、ヒースが少しでも力を入れ間違えたら自分の身体などひとたまりもないであろうその指に、躊躇なく抱きついた。
――そうか、きみは龍だったんだね。なぜだかわからないけど、もうずっと知っていた気がするよ。
シュイは少しも怖がるようすもなく驚くヒースの顔を見ると、にこりと微笑んだ。ヒースは感動したように胸が詰まった。
――シュイ……。
――……ふん。まったくつまらねえ。
そのとき、すぐ側でそんな声が聞こえた。
――アルド。
身を翻し、そのままどこかへいこうするアルドを、ヒースは呼び止めた。
――どうして助けてくれた? 見捨てることもできたのに、何度も助けてくれただろう?
ヒースの問いかけにアルドは目を細めると、面白くなさそうにふんと息を漏らした。
――昔、その石が人間の世界に興味を持ったのは俺のせいだからだよ……。俺が唆したからだ。
――なぜそんなことをした?
はじめて知る事実に、ヒースは大きく目を瞠った。アルドはヒースの問いかけには答えなかった。しばらく考えるように沈黙した後、アルドが告げたのはヒースが訊ねたのとは別の言葉だ。
――その石を失い、本来の姿も忘れて何度人間の姿に転生しても、お前は記憶がないくせに、いつもその石を追い求めた。何度も何度も、そりゃあもうしつこいくらいにだ。今回はさすがに諦めたかと思ったが、何も変わりゃしねえ。お前が大切に思うのはいつもその石のことだ。たとえ自分の命がなくなろうともな。
――だから何度も助けてくれた……?
アルドが首を回し、ヒースを見る。その澄んだ翡翠の瞳に、深い眼差しに、ヒースは見覚えがあった。
遠い昔、ヒースがまだ生まれたての小さな青龍だったとき、その側には兄弟と思しき緑龍がいた。二匹の龍は一緒に育ったが、やがて成長するにしたがって、その関係は少しずつ変化していった。青龍に、兄弟の龍以外でもっと大事にする存在ができたからだ。――シュイだ。
――アルド、俺は……。
言い掛け、躊躇うようにヒースは口を閉じる。何を言っても言い訳になってしまう気がした。そして、きっとアルドはヒースの同情を何よりも好まない。
アルドはヒースの気持ちを見透かしたように目を細めると、大地に跪く人間たちを見下ろした。
――ふん。つまらねえ……。
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