いしものがたり

午後野つばな

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 やがて馬車が止まり、目的地に着いたことがわかった。
「着いたぞ」
 ロープで縛られたまま馬車から降りると、ヒースは周囲を見渡した。
 ここは……。
 そこはアウラ王都の西の果てにある大地、通称”神々の棲む森”と呼ばれる神聖な土地だ。その名前は古来人々に信じられてきた、龍神伝説からついたと言われている。断崖絶壁にあるその場所は、アウラ王都でも神官や王族などが特別な儀式を行うとき以外、滅多に人が足を踏み入れることはない。
 底が見えないほど深い崖の下を流れる川は、ヒースたちがいた村まで続いている。シュイと一緒に訪れたあの湖は、昔はこの川につながっていたとされるが、真偽のほどは定かではない。
「ここからは徒歩で移動する」
 馬車から降りると、そこからは獣道になる。ゆっくりとした歩みとはいえ、ずっと地下牢に幽閉されていたヒースの身体にはきつかった。体力は落ち、少し歩いただけで心臓は破裂しそうなほど苦しい。
「くそっ、まだ先があるのかよ」
 きつい経路に、若い兵士の一人が不満の声を漏らした。やがて視界が開けるように、目の前に広がる光景にヒースは息を呑んだ。
 切り立った断崖の上に、白亜の神殿がそびえ立つ。澄んだ水の匂いがした。こんな場所に誰がいったいどうやってつくったのだろう。そのあまりの見事さに、ヒースは声もなくただ呆然と見とれることしかできない。
 水の匂いは一歩踏み出すごとに強くなる。そのときヒースは神殿の中から出てくる数名の男たちの中に、ぐったりとしたようすのシュイを見つけた。
「シュイ……っ!」
 はっと目を瞠り、シュイの元へと駆け寄ろうとしたヒースは、その場で兵士に取り押さえられる。地面に身体を押しつけられながら、ヒースは必死にシュイの名を呼んだ。
「シュイ! お前たち、シュイに何をした!」
 マーリーン公たちの隣にいるシュイは、最後に会ったときよりも一回り小さくなった気がした。手には真新しい包帯が巻かれ、ヒースを見るその顔は血の気が引いたように憔悴しきっている。
「何をしたとはとんだ言いがかりですな。石さまがご自身を傷つけられたのですよ。何もなかったからよいものの、発見するのがあと一歩遅ければ危ないところでした。石さまが快適にお過ごしになれるよう我々が手を尽くしても、今度は護衛を唆して城から逃げ出そうとする始末。いやはや、まったく何をお考えになられているのか……」
「違う! お前たちがシュイにそこまでさせたんじゃないのか!?」
 それは彼らだけでない、自分がシュイをそこまで追い詰めた。
 ――何をしても、おれがきっとヒースを助けるから。
 あのとき、自分がシュイを止められていたら。ひどく思い詰めた目をしていたシュイを思い出し、ヒースは胸が張り裂けそうになった。フレデリックがシュイの護衛を外されたのも自分のせいだ。
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