97 / 108
7
7-3
しおりを挟むやがて馬車が止まり、目的地に着いたことがわかった。
「着いたぞ」
ロープで縛られたまま馬車から降りると、ヒースは周囲を見渡した。
ここは……。
そこはアウラ王都の西の果てにある大地、通称”神々の棲む森”と呼ばれる神聖な土地だ。その名前は古来人々に信じられてきた、龍神伝説からついたと言われている。断崖絶壁にあるその場所は、アウラ王都でも神官や王族などが特別な儀式を行うとき以外、滅多に人が足を踏み入れることはない。
底が見えないほど深い崖の下を流れる川は、ヒースたちがいた村まで続いている。シュイと一緒に訪れたあの湖は、昔はこの川につながっていたとされるが、真偽のほどは定かではない。
「ここからは徒歩で移動する」
馬車から降りると、そこからは獣道になる。ゆっくりとした歩みとはいえ、ずっと地下牢に幽閉されていたヒースの身体にはきつかった。体力は落ち、少し歩いただけで心臓は破裂しそうなほど苦しい。
「くそっ、まだ先があるのかよ」
きつい経路に、若い兵士の一人が不満の声を漏らした。やがて視界が開けるように、目の前に広がる光景にヒースは息を呑んだ。
切り立った断崖の上に、白亜の神殿がそびえ立つ。澄んだ水の匂いがした。こんな場所に誰がいったいどうやってつくったのだろう。そのあまりの見事さに、ヒースは声もなくただ呆然と見とれることしかできない。
水の匂いは一歩踏み出すごとに強くなる。そのときヒースは神殿の中から出てくる数名の男たちの中に、ぐったりとしたようすのシュイを見つけた。
「シュイ……っ!」
はっと目を瞠り、シュイの元へと駆け寄ろうとしたヒースは、その場で兵士に取り押さえられる。地面に身体を押しつけられながら、ヒースは必死にシュイの名を呼んだ。
「シュイ! お前たち、シュイに何をした!」
マーリーン公たちの隣にいるシュイは、最後に会ったときよりも一回り小さくなった気がした。手には真新しい包帯が巻かれ、ヒースを見るその顔は血の気が引いたように憔悴しきっている。
「何をしたとはとんだ言いがかりですな。石さまがご自身を傷つけられたのですよ。何もなかったからよいものの、発見するのがあと一歩遅ければ危ないところでした。石さまが快適にお過ごしになれるよう我々が手を尽くしても、今度は護衛を唆して城から逃げ出そうとする始末。いやはや、まったく何をお考えになられているのか……」
「違う! お前たちがシュイにそこまでさせたんじゃないのか!?」
それは彼らだけでない、自分がシュイをそこまで追い詰めた。
――何をしても、おれがきっとヒースを助けるから。
あのとき、自分がシュイを止められていたら。ひどく思い詰めた目をしていたシュイを思い出し、ヒースは胸が張り裂けそうになった。フレデリックがシュイの護衛を外されたのも自分のせいだ。
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。
梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。
あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。
その時までは。
どうか、幸せになってね。
愛しい人。
さようなら。
余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました
結城芙由奈
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】
私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。
2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます
*「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
※2023年8月 書籍化
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました
結城芙由奈
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】
今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。
「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」
そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。
そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。
けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。
その真意を知った時、私は―。
※暫く鬱展開が続きます
※他サイトでも投稿中
旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます
結城芙由奈
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】
ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
娼館で元夫と再会しました
無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。
連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる