いしものがたり

午後野つばな

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 ヒースが地下牢に戻ってから、警備はますます厳重になった。逃げられないよう、戻ったときに折られた足の指が紫色に腫れ上がり、熱を持っている。
 そのとき、ざわざわと騒がしくなった。誰かがヒースのいる地下牢へと下りてくる。それも一人ではない、複数いるようだ。兵士たちは鍵を開けると、ヒースのいる牢へと入ってきた。
「立て」
 若い兵士に乱暴な仕草で鎖を引かれる。
「う……っ」
 けがした足に自分の体重がかかり、ヒースはバランスを崩すと、受け身が取れないまま石の床に強く胸を打ちつけた。
「……っ!」
「こいつ……!」
 先ほど鎖を引いた若い兵士が鞘に収まった剣を振り上げる。新たな痛みが襲ってくることを覚悟して、ヒースは床に転がったままとっさに身を縮める。だが、おそれていた痛みは襲ってこなかった。目を開けると、若い兵士の腕を三十代後半、顎髭を生やした碧眼の兵士がつかんでいた。
「不必要な拷問は必要ない」
「だけど……っ」
「フレデリックさまはそんなことを望んではいない」
 フレデリック? あいつの部下か?
 聞きなれた名前に、ヒースは彼らの会話に耳をすませる。
「そのフレデリックさまはこいつに会いにいった後でおかしくなって、石さまの護衛から外されたんじゃないか!」
 ヒースははっとなった。フレデリックがシュイの護衛を外された?
「フレデリックが石さまの護衛を外されたとはどういうことだ!? それが本当なら、いま石さまの傍には誰がいる!?」
「きさま……っ!」
 若い兵士はヒースの言葉にかっとなったようにつかまれた手を振り払うと、再び剣を振り上げた。
「やめろっ! フレデリックさまが降格されたとしてもお前の上司は誰だ!? その上司の命令に背く気か!? もういい、お前は表に出ていろ!」
 先ほどヒースへの暴力を止めた碧眼の兵士が、若い兵士を怒鳴りつけた。若い兵士は悔しさを滲ませながら、しかし上官の命令には逆らうこともせずに踵を返す。
「すまない、部下が失礼した」
 碧眼の兵士は謝罪の言葉を述べると、床に横たわるヒースを助け起こした。だが謝罪の言葉など、ヒースにはどうでもよかった。それよりもフレデリックがなぜシュイの護衛から外されたのか知りたい。
「教えてくれ! フレデリックはなぜシュイの護衛から外されたんだ!? いったい何があった!? 石さまは無事なのか!?」
 碧眼の兵士は手を止めると、ヒースの顔をじっと見た。
「なぜそんなことに興味を持つ?」
「それは……っ」
 言い掛けて、ヒースは口をつぐんだ。自分への暴力を止めてくれたからといって、この男が信用できるかはわからない。
「それは?」
 男の眼光はどんな些細な嘘も許さないように、ヒースを見据えていた。ヒースは気まずげに顔を背けた。だめだ、この男が信頼できるかわからない以上、何も漏らすことはできない。
 じっとりと冷や汗をかくヒースを男は眺めると、鎖を外し、後ろ手にロープで縛った。
「いくぞ」
 螺旋階段を上がり、地下牢を出て新鮮な外の空気にほっとしたのも束の間、馬車に乗せられる。
「いまからお前を別の場所に移送する」
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