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アルドはヒースの腕に繋がれていた鎖をあっさりと外すと、牢の外へとヒースを促した。支えがあるとはいえ、体力を消耗したヒースにとって、長い階段を上がるのはきつかった。途中、倒れている牢番を見つけた。
「少しだけ待っていてくれ」
ヒースはアルドの支えを離すと、ふらつく身体で牢番に近づいた。そっと首に触れ、脈があるのでほっとする。
「すまない、先をいこう」
壁に手をつきながら立ち上がると、アルドがじっと見ていた。冷めた視線は、だからお前は甘いんだと告げているようだった。アルドは無言で手を差し伸べると、ヒースの身体を支えてくれた。
朝日が東の空を金色に染めている。久しぶりに全身で感じる新鮮な空気、肌を撫でる風の心地よさ。ヒースはその美しさと眩しさに、何度も目を瞬く。
「見ろ、夜明けだ」
そこは高台にあるため、遠くの景色まで見渡すことができた。小さな町の建物のひとつひとつに朝日が当たり、壁面の片側を金色に染めていた。
「これからどこへいく? ヴェルン王国はどうだ? 港があるから魚介がうまいらしいぞ。――いや、あそこの王族はいま揉めているんだったな。だとしたら遠国のカサルのほうがいいか……」
一人話し続けるアルドの言っている意味がわからず、ヒースは戸惑うように彼を止めた。
「……待て。どこへいくとはどういう意味だ?」
アルドは口元に皮肉な笑みを浮かべた。
「いま仮に戦争が起こったらどうなると思う。この国は勝てると思うか?」
突然話題が変わったことに戸惑いながら、ヒースは「勝てるんじゃないのか。この国の軍事力の高さは有名だろう」と答えた。しかしアルドは肩を竦めると、あっさり「無理だろうな」とヒースの言葉を退けた。
「無理? それはどうして?」
アルドは「見ろよ」と、先ほどヒースが見とれたアウラ王都の町を見下ろした。
「この国はいまの王になってから、もう長いこと戦争をしていない。この国が軍事力で他国に勝ったのは遠い話だ。当然王都側もそれをわかっているさ。――この国は貧しい。一部の裕福層は別だけどな、国民は貧困に喘いでいる。浮浪児がいるのがいい証拠だ」
この国が貧しいということは、ヒースも気がついていた。王都をはじめて目にしたときにはわからなかったが、少しずつ実状を知るにつれて、この国の歪さが目に入るようになった。
裕福な貴族たちがいる一方で、きょうの飯も満足に食べることのできない暮らしを送る者がいる。誰もそれに異を唱えようとはしない。日々生きるのに精一杯で、他人を気遣うだけの余裕がないのだ。人々の目は、すべてを諦めたような色をしている。
「わからない……。なぜそんなことが起こるのだろう……。もっと何かできることはないのだろうか」
落ち込むヒースに、アルドは「そんな顔するな」と言った。
「やつらにとっては所詮他人事だからな。庶民の命なんて、貴族どもにとってはどうだっていいんだろう。庶民だってそうだ。自分たちさえよければ、目の前で浮浪児がのたれ死のうが構いやしない」
つまらなそうな顔で吐き捨てるアルドの言葉を、ヒースは否定することができない。
ハーブ入りの軟膏を渡したときに、驚いたように目を丸くしていたりんご売りの子どもの顔が忘れられない。ありがと、とうれしそうに笑ったあの子の顔が、いつまでもヒースの心の中に残っている。あのとき自分が何かをしていたら、その後悔はヒースの中で消えることはない。
自分だって彼らと変わらない。彼らを責める資格などない。だけど、それで本当にいいのだろうか? 無理だからと諦めてしまっていいのか?
「本当にそれでいいのか……」
突然アルドはヒースの腕をつかむと、その顔をのぞき込むように見た。
「だったらお前がそんな国をつくればいい。こんなくだらない世界、ぶっ壊してやろうぜ」
アルドの言葉に、ヒースはぎょっとなったように目を見開く。
「いったい何を言っている?」
「お前がさっき言ったんじゃないか。こんな世界はおかしいって。お前と違って、俺はこの世界の人間がどうなろうと構わない。だけど正直俺は退屈しているんだ。少しばかりお前の戯れにつき合ってやってもいい」
アルドは城の石垣にひらりと飛び乗ると、両手を大きく広げた。朝日を背中に浴びて、アルドの身体が金色の光に包み込まれる。
「まずはくだらないこの世界を滅ぼしてやろうか。その後いくらでもお前の望む国を作り直したらいい」
まるで小さな子どもが気に入らないおもちゃを壊すように、アルドは平然とした顔で物騒なこと言う。眼下に町を見下ろすアルドの瞳はぎらぎらと輝いていた。アルドの言葉通り、破壊つくされた町の光景がその瞳に見えた気がして、ヒースは背筋が寒くなった。一瞬だけアルドならそんな不可能なことでも可能にできるよう考えてしまったからだ。
「少しだけ待っていてくれ」
ヒースはアルドの支えを離すと、ふらつく身体で牢番に近づいた。そっと首に触れ、脈があるのでほっとする。
「すまない、先をいこう」
壁に手をつきながら立ち上がると、アルドがじっと見ていた。冷めた視線は、だからお前は甘いんだと告げているようだった。アルドは無言で手を差し伸べると、ヒースの身体を支えてくれた。
朝日が東の空を金色に染めている。久しぶりに全身で感じる新鮮な空気、肌を撫でる風の心地よさ。ヒースはその美しさと眩しさに、何度も目を瞬く。
「見ろ、夜明けだ」
そこは高台にあるため、遠くの景色まで見渡すことができた。小さな町の建物のひとつひとつに朝日が当たり、壁面の片側を金色に染めていた。
「これからどこへいく? ヴェルン王国はどうだ? 港があるから魚介がうまいらしいぞ。――いや、あそこの王族はいま揉めているんだったな。だとしたら遠国のカサルのほうがいいか……」
一人話し続けるアルドの言っている意味がわからず、ヒースは戸惑うように彼を止めた。
「……待て。どこへいくとはどういう意味だ?」
アルドは口元に皮肉な笑みを浮かべた。
「いま仮に戦争が起こったらどうなると思う。この国は勝てると思うか?」
突然話題が変わったことに戸惑いながら、ヒースは「勝てるんじゃないのか。この国の軍事力の高さは有名だろう」と答えた。しかしアルドは肩を竦めると、あっさり「無理だろうな」とヒースの言葉を退けた。
「無理? それはどうして?」
アルドは「見ろよ」と、先ほどヒースが見とれたアウラ王都の町を見下ろした。
「この国はいまの王になってから、もう長いこと戦争をしていない。この国が軍事力で他国に勝ったのは遠い話だ。当然王都側もそれをわかっているさ。――この国は貧しい。一部の裕福層は別だけどな、国民は貧困に喘いでいる。浮浪児がいるのがいい証拠だ」
この国が貧しいということは、ヒースも気がついていた。王都をはじめて目にしたときにはわからなかったが、少しずつ実状を知るにつれて、この国の歪さが目に入るようになった。
裕福な貴族たちがいる一方で、きょうの飯も満足に食べることのできない暮らしを送る者がいる。誰もそれに異を唱えようとはしない。日々生きるのに精一杯で、他人を気遣うだけの余裕がないのだ。人々の目は、すべてを諦めたような色をしている。
「わからない……。なぜそんなことが起こるのだろう……。もっと何かできることはないのだろうか」
落ち込むヒースに、アルドは「そんな顔するな」と言った。
「やつらにとっては所詮他人事だからな。庶民の命なんて、貴族どもにとってはどうだっていいんだろう。庶民だってそうだ。自分たちさえよければ、目の前で浮浪児がのたれ死のうが構いやしない」
つまらなそうな顔で吐き捨てるアルドの言葉を、ヒースは否定することができない。
ハーブ入りの軟膏を渡したときに、驚いたように目を丸くしていたりんご売りの子どもの顔が忘れられない。ありがと、とうれしそうに笑ったあの子の顔が、いつまでもヒースの心の中に残っている。あのとき自分が何かをしていたら、その後悔はヒースの中で消えることはない。
自分だって彼らと変わらない。彼らを責める資格などない。だけど、それで本当にいいのだろうか? 無理だからと諦めてしまっていいのか?
「本当にそれでいいのか……」
突然アルドはヒースの腕をつかむと、その顔をのぞき込むように見た。
「だったらお前がそんな国をつくればいい。こんなくだらない世界、ぶっ壊してやろうぜ」
アルドの言葉に、ヒースはぎょっとなったように目を見開く。
「いったい何を言っている?」
「お前がさっき言ったんじゃないか。こんな世界はおかしいって。お前と違って、俺はこの世界の人間がどうなろうと構わない。だけど正直俺は退屈しているんだ。少しばかりお前の戯れにつき合ってやってもいい」
アルドは城の石垣にひらりと飛び乗ると、両手を大きく広げた。朝日を背中に浴びて、アルドの身体が金色の光に包み込まれる。
「まずはくだらないこの世界を滅ぼしてやろうか。その後いくらでもお前の望む国を作り直したらいい」
まるで小さな子どもが気に入らないおもちゃを壊すように、アルドは平然とした顔で物騒なこと言う。眼下に町を見下ろすアルドの瞳はぎらぎらと輝いていた。アルドの言葉通り、破壊つくされた町の光景がその瞳に見えた気がして、ヒースは背筋が寒くなった。一瞬だけアルドならそんな不可能なことでも可能にできるよう考えてしまったからだ。
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