いしものがたり

午後野つばな

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 声に出したつもりが、ちゃんと音になっているのかわからなかった。それに気がついたようにアルドが片方の眉を上げる。本人は気づいているのかわからないが、何か気にくわないことがあったときにする癖なのだろう。どこか人をおちょくったようなしぐさに、ヒースはふいに懐かしさを覚えた。
 なぜこの男がここにいるのかわからない。どうやって見張りがいるのをすり抜けたのかも。だけど、どこか人間離れしたこの男ならそれも可能な気がした。
「王都は……、いまどうなっている? シュイは……、石さまは、無事か?」
 身体を動かすたびに息が苦しかった。ヒューヒューと漏れるような息と共に、長い間まともに話をしていなかったせいで思うように声が出ないのが歯がゆかった。必死なようすで自分に話しかけるヒースを、アルドは無言で眺めている。その表情からは彼が何を考えているのかわからなかった。
「アルド。頼む……、知っていたら教えてくれ……!」
 手を伸ばし、震える手でアルドの上衣をつかむ。脂汗が滲み、起き上がるのさえつらかった。胸の奥に鋭い痛みが走り、ヒースは堪え切れずその場に嘔吐する。だが、つかんだ上衣は離さなかった。
 理由なんてものはない。ただ厳重に管理されたこの地下牢に、誰にも気づかれず忍び込むことのできるこの男なら、きっと知っていると確信があった。
 アルドは舌打ちした。面白くなさそうな顔で口を開く。
「あんたの大事な石さまならまだ生きているよ。自ら命を絶とうとして、失敗したんだ」
 シュイ……!
「なんてばかなことを……!」
 シュイが自ら命を絶とうとしたと聞いて、ヒースの顔からざっと血の気が引いた。
「それでシュイは? シュイのけがはひどいのか?」
 必死な形相で詰め寄るヒースの手をうるさそうに引きはがすと、アルドは冷たく言い放った。
「だから言っただろ、あの小僧ならまだ図太く生きてる。十分すぎるくらい傷の手当を受けて、いまは自ら命を絶てないよう厳重な見張りがついてるよ」
「そうか……」
 ヒースはほっとした。シュイは昔からけがをしても、人より早く治った。ちゃんとした手当を受けているのなら大丈夫だろう。
 アルドはそんなヒース見ると、袋の中から薬草と液体の入った容器を取り出した。
「……それは?」
「熱に効く薬草だ」
 それは雪蓮花だった。ヒースが驚いたように凝視していたからだろう、アルドは微かに眉を顰めると、その口元に皮肉な笑みを浮かべた。
「信じられなければ飲まなくていい。毒かもしれないしな」
「……いや、雪蓮花が効くのは知っている。昔、シュイと一緒に摘んだんだ」
 シュイの名前に、アルドははっきりと不快の表情を浮かべた。しかしそれ以上文句を言うことはなかった。
 アルドに背中を支えられながら、ヒースは薬草を水で流し込む。
「お前は……、やっぱりシュイのことが好きではないのだな」
 以前から薄々感じていたことをヒースが告げると、アルドはむっとした表情を浮かべながら何も答えなかった。子どもみたいなアルドのようすに、ヒースはこんなときなのにおかしさを覚えた。
「こんな辛気くさい場所にいると気が滅入っちまう。さっさとこんなとこ出るぞ」
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