いしものがたり

午後野つばな

文字の大きさ
上 下
90 / 108

6-12

しおりを挟む

 それから更に長いときが過ぎた。日の光が届かない地下牢にいると、一日が果てしなく長く、時間の感覚が曖昧になっていく。
 フレデリックは自分の頼みを聞いてくれただろうか。たとえ専属護衛とはいえ、フレデリックはもともと王都側の人間だ。その彼が自らの身を危険に晒してまで、シュイを守ってくれるだろうか。
 きりきりと心臓が痛んだ。こんなところで鎖に繋がれたまま、何もできない自分をヒースは呪った。
「くそ……っ」
 牢の中を、ネズミが走る。ネズミは冷たい石牢に横たわるヒースの顔のすぐ前までくると、黒い瞳でじっと見た。
「……お前、俺を食う気か……?」
 掠れた声で呟いたとたん、ヒースは咳き込んだ。胸に刺すような痛みが走る。ネズミはぱっと身を翻して逃げていった。
 冷たく固い石の床は、消耗したヒースの身体の熱を確実に奪い取ってゆく。薄い毛布に包まってがたがたと震えながら、ヒースは少しでも体力を温存しようとする。シュイの治療のおかげで化膿していた傷は治ったが、ひどく具合が悪かった。熱のせいなのか、それとも別の理由があるのか、咳をするたびに頭ががんがんと痛んだ。
 このままここで自分が死んだら、シュイがきっと悲しむ。そして自分のせいだと責めるだろう。そんなシュイは見たくない。だけど――。
 自分はここで死ぬかもしれない……。
 ヒースの脳裏に、少しずつ死というものが身近に迫りつつあった。できることならばもう一度外の新鮮な空気が吸いたい……。
 突如ヒースの中に、死にたくなんかないという強い思いが沸き上がる。このまま何もできず死んでいくのは嫌だ……! せめて、シュイだけは何としてでも助けたい……!
 からからと小石が転がる音が聞こえた。誰かがヒースのいるこの牢に近づいてくる。
 誰だ……?
 顔をうつむけながら、ヒースは全身でその人物を探ろうとする。ヒースははじめ、ついにそのときがきたのかと思った。その人物は牢に近づくと、がちゃがちゃと扉の鍵を外す音が聞こえた。それから鉄の扉がキィと軋む音も。その人物は、牢の中にまで入ってくる。
 ……?
 ヒースは顔を上げた。朦朧とする意識の中、懸命にピントを合わせようとしたヒースの視界がようやく焦点を結ぶ。それは牢番でも王室専用の兵士でもなく、この場にいるはずのない人物だった。その人物はヒースのすぐ側まで近づくと、ぴたりと立ち止まった。感情がいっさい窺えない緑青色の瞳が、冷たくヒースを見下ろしている。
「……アルド?」
 ここへくるまで当然見張りの兵士がいたはずだ。いったいどうやって……?
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。

梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。 あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。 その時までは。 どうか、幸せになってね。 愛しい人。 さようなら。

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈 
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈 
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます

結城芙由奈 
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】 ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

処理中です...