いしものがたり

午後野つばな

文字の大きさ
上 下
82 / 108

6-4

しおりを挟む

 ピシャ……ンと、水の音が聞こえた。どこかに汚水がたまっているのだろう、ひどい臭いがした。だかそれもしばらくすると鼻が麻痺し、汚水の臭いなのかそれとも自分から臭っているのかわからなくなった。
 最後に痛めつけられたときにできた傷口が化膿し、熱を持っていた。激しい悪寒に全身を震わせながら、ヒースは必死に意識を保とうとする。
 あれからどれくらい時間が経っただろう。もうずっと長い間こうしている気も、反対にまだそれほど経っていない気もした。時間の感覚がおかしい。
 ヒースがこの牢に捕らえられ、しばらくのうちはましだった。どんな脅迫も説得もシュイには効かず、彼が新しい貴石を生み出すことは一度もなかった。次第に王都側に焦りの色が浮かびはじめたのはそれからだ。元よりヒースのことなどはどうでもよかったのだろう。ヒースに与えられる拷問は次第に熾烈さを増した。
 声は枯れ、その日が終わると治療を施された。古い傷が癒える間もなく、またすぐに新たな拷問が加えられる。いっそのこと殺してくれと願いたくなるほど、それは永遠と続くまさに地獄だった。
 しかしある日を境にようすが変わった。それまで一日と置かず拷問が加えられていたのに、ふつりとなくなったのだ。一日に一度、ほんの気持ちばかりの水と食料が与えられるだけで、ヒースが捕らえられているこの牢には誰も近寄らなくなった。はじめのころは何度もヒースの元へ訪れたシュイも、ここ数日姿を見ていない。
 こんなことをしても無駄だと、王都側が諦めたのならいい。だけどもしそうじゃないとしたら……。不安がヒースの胸をしめつけ、嫌なことばかりを想像してしまう。
 シュイ……。シュイは無事だろうか。俺がこうなったことを、自分のせいだと責めていないだろうか。
 最後に拷問を受けたときに、ヒースはひどい傷を負っていた。そのときできた傷に菌が入り、おそらくあまりよくない状態になっている。
 寒い……。
 ヒースは熱で朦朧としながら、鎖に繋がれたままの状態でうなだれている。そのとき、声が聞こえた。
 ――ヒース。
 ヒースが振り返ると、そこには懐かしい我が家があった。
 母さん……?
 母の隣で幼い妹が料理の手伝いをしている。祖父の横で、父が道具の手入れをしていた。
 父さん、じいちゃん……。
 じわりと涙が滲んだ。そんなヒースを見て、母は驚いた顔をすると、その手がやさしくヒースに触れた。導かれるまま、ヒースは家族の団欒に混じる。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

孕ませねばならん ~イケメン執事の監禁セックス~

あさとよる
恋愛
傷モノになれば、この婚約は無くなるはずだ。 最愛のお嬢様が嫁ぐのを阻止? 過保護イケメン執事の執着H♡

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈 
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません

abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。 後宮はいつでも女の戦いが絶えない。 安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。 「どうして、この人を愛していたのかしら?」 ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。 それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!? 「あの人に興味はありません。勝手になさい!」

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

想い出は珈琲の薫りとともに

玻璃美月
恋愛
 第7回ほっこり・じんわり大賞 奨励賞をいただきました。応援くださり、ありがとうございました。 ――珈琲が織りなす、家族の物語  バリスタとして働く桝田亜夜[ますだあや・25歳]は、短期留学していたローマのバルで、途方に暮れている二人の日本人男性に出会った。  ほんの少し手助けするつもりが、彼らから思いがけない頼み事をされる。それは、上司の婚約者になること。   亜夜は断りきれず、その上司だという穂積薫[ほづみかおる・33歳]に引き合わされると、数日間だけ薫の婚約者のふりをすることになった。それが終わりを迎えたとき、二人の間には情熱の火が灯っていた。   旅先の思い出として終わるはずだった関係は、二人を思いも寄らぬ運命の渦に巻き込んでいた。

処理中です...